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第072房 ベルギーの月と太陽  エナンとクライシュテルス(2007/12/15)

 


キム・クライシュテルスとジスティーヌ・エナン、ベルギー勢として何かと一括りにされた二人だが、プライベートでは世間で言われているほど仲がよい訳でもなく、かといって悪い訳でもなく、ただの同じ国籍の選手としてお互いをとらえているだけだったらしい。しかし、この二人には国籍だけではない繋がりというか因縁のようなものを感じる。

同じ時期にベルギーでジュニアの強化選手となり、ツアーで台頭してきたのも同じ頃、グランドスラムの決勝まで進出したときも同じ時期、その後3回も続けてグランドスラムの決勝で対戦し、共にNo1を経験し、同じ時期にスランプに陥り、そして今年、同じ時期に復活を果たした。面白いのはそれぞれのイベントで時期が重なってもまったく同時に二人が活躍する訳でなく、タイミングが少しずつ、ずれていることである。

スポーツライターの記事などでよく「月と太陽」と比喩されるこの二人。そのもって生まれた性格や生い立ちを比較すれば、恵まれた環境で育ったキムが太陽で、不幸な環境の下で育ったエナンが月であろう。しかし、後から上ってきた太陽の輝きが夜の女王である月の明かりを霞めて消し去ってしまうように、常に先をいく年下のキムは2005年の全米までグランドスラムのタイトルに恵まれず、後を追う年上のエナンは常に最後にキムを越える。エナンが先にGSタイトルを取り、対戦成績でもクライシュテルスを上回ると、キムはエナンのいないときだけ優勝する選手になってしまった。少し遅れて片方の光がもう片方の輝きを奪ってしまう。「エナンという太陽のいない夜だけ輝く月のクライシュテルス」そのテニス選手としてのキャリアではキムが月でエナンが太陽になってしまっていた。お互いがどれだけ相手のことを意識しているかはわからないが、意識の有無にかかわらず、天は二人にそういう宿命を与えたようだ。
そして月のままクライシュテルスは引退しまった。残念である。
エナンは2006年後半から結婚生活で不幸があり、2007年年頭の全豪を欠場した。第5のグランドスラムともいわれるインディアンウェルズ大会も欠場した。だが2007年3月のインディアンウェルズ大会女子4回戦でその時点のWTAエントリーランキングNo1マリア・シャラポワがズボナレワに敗れた。シャラポワはインディアンウェルズでは去年の優勝者である。エントリーランキングでは守らなければならないポイントが多いことになる。この敗退により、シャラポワの伸び悩んでいたポイントは大きく削減されてしまい、ついに翌週WTAツアー・エントリーランキングNo1の座から陥落することになった。そして、去年すべてのグランドスラムと最終戦ツアー選手権で決勝に進出したエナンが女王の座に戻った。シャラポワは苦しい。去年の全米優勝で壁を突破したかのように思えたのだが、実際には新たなる壁に突き当たってしまっているようだ。逆にエナンは試練を乗り越える度にさらに強さを増していく選手だ。コートの上でも、コートの外でも、彼女に振りかかる試練はそのたびに彼女を強くする。今度の覇権は今までのような短命政権でなく、長期にわたる本格的な覇権として磐石さを増して行くのではないだろうか。エナンの覇権の品格がどれほどのものか。それは今年の段階では未知数で想定の範囲を超えはしない。だが磐石なる予感はひしひしと伝わってくる。
全仏では失セット0優勝で3連覇を決めた。決勝で対戦相手のイバノビッチにやや緊張が見られたが、基本的にはエナンのテニスに対抗しきれずに振り切られた結果だった。イバノビッチだけではない。SFのヤンコビッチも、QFのセリーナ・ウィリアムズも、エナンが自分のテニスをすることを阻止することが出来なった。エナンが自分のテニスをコートの上で展開している限り、誰もエナンを止められない。彼女のテニスがWTAの誰よりも大会レベルで安定している充実期に入ったことを示している。
全米も取ったエナンは、2007年シーズンWTA年間最終ランキングNo1を最終戦を待たずに10月で確定した。なんとも静かなNo1確定だった。

エナンにとって今年2007年と去年2006年とどちらが充実したシーズンだっただろうか。
去年は4大大会全てに決勝進出、しかし優勝は全仏だけ。フェドカップもベルギーチームで決勝まで行くがそこで敗退。NO1争いは最終戦ツアー選手権までもつれた。
今年は全豪を欠場、全英もSF敗退であるが、全仏・全米を優勝し、今季9勝を既に上げ、10月初旬に年間No1を確定させた。そして2007年の女王として乗り込んだツアー選手権でも優勝して最終戦を連覇で終えた。
どちらの年もそれぞれに波があり、波の様子も様々だが、総じて最後に落ち着くべき所に落ち着いているという点ではどちらも充実していたのかもしれない。
同国の戦友キム・クライシュテルスは、グランドスラムで打倒エナンを2001年以降果たすことなく、結婚生活を選んで、引退して行った。夜明け前の白んだ空に霞んで、沈む前に月が空からその存在が消えていくようにクライシュテルスは消えていった。そして、燦然と強い光で空を染め上げて太陽が昇るように、エナンは女王の座にまた君臨した。明けない夜はない、必ず日は昇る。沈んでも、沈んでも、翌日には必ずまた日は昇る、何度でも。大いなる太陽となってエナンはその強さを発揮した。願わくば、当分は沈まぬ太陽となって、生涯グランドスラムに突き進んで欲しいものである。


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