テニスのお寺  電脳網庭球寺

 

山門

講堂

夢殿

僧房

経蔵

宝蔵

回廊

 

夢殿

 

 

 

 

第041房 クライシュテルスの長い夜が明けるとき (2006/01/08)

 

2005年 テニス界10大ニュース その7
クライシュテルス全米で初のグランドスラムタイトル取得。

この5年間、「無冠の女王」といえばベルギーのキム・クライシュテルスのことだった。2001年全仏オープンSFでエナンを突破し、決勝で当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったカプリアティ相手にファイナル12-10の大接戦を繰り広げるが敗退、その後もグランドスラム大会に次ぐ格付けのティアT大会や最終戦のツアー選手権で優勝を飾り、エントリーランキングNo1にもなるがグランドスラムだけは取れていなかった。そして2004年は左手首の故障が悪化し手術をしなくてはならない状況で、8ヶ月の戦線離脱をし、ランキングまで大きく落としてしまった。それが2005年に入った段階の状況だった。

今年のキムの復活劇は春のティアT大会、インディアナウェルズとマイアミの連覇で始まる。

インディアンウェルズでクライシュテルスはいきなりエンジン全開、ダベンポートも待つ決勝戦まで一気に突き進んだ。この新鮮なファイナルの組み合わせを、期待した人はいても、冷静に予想した人は少なかっただろう。キムはここで復活の狼煙を高々と上げて世間にその健在振りをアピールする絶好の機会を得た。第二シードモーレスモが途中で敗退するという幸運にも恵まれたが、SFでディメンティエワを64 62 ときれいにストレートで下して実力は決して衰えていないことを示している。対するダベンポートはコート上の粘りでは文句無しにNo1であるシャラポワをなんと60 60と1ゲームも与えずに退けた。しかし、年頭の東レ決勝ではダベンポートが怪我をしていたが万全のシャラポワにフルセットまで喰らいついた。そして今回万全の体制で臨んだのはダベンポートの方で、シャラポワは一ゲームも取れていなかった。シャラポワ贔屓の報道に常に接しているので少し曇りめがねで見ているところがあったのだろうか。地味なNo1ダベンポートの力というものは、実はわれわれが想像しているよりはるかに上のところにあるのかもしれない。キム・クライシュテルスはこの地味なNo1に復帰戦の成功をかけて挑む。
久々にその姿を見せたキム・クラシュテルスはSFでディメンティエワと対戦。ディメンティエワの調子が特別悪かったわけでもなく、クライシュテルスの調子が特別良かったわけでもない。なんとなくしまりのない試合でいつの間にかクライシュテルスが勝っていた。
さて噂の串団子、英訳するとダブルベーグルと呼ばれる60 60のパーフェクト・マッチをしたダベンポートは絶好調。シャラポワは特別調子が悪かったわけではないが、いつも全身から発せられている覇気がなかった。体力的にも連戦続きで疲れていたろうが、それ以上に精神的に疲れ果てていた様子だ。強いハートが最強の武器であるシャラポワにとってその精神力が衰えているということはガソリンの切れた車と同じだ。そこに「シャラポワとは長いラリーをしてはいけない。サーブとリターンで圧倒すればよいのだ」ということに気付き始めているNo1リンジーの強打が襲う。本当になす術のない試合だった。
そして決勝、クライシュテルスのクライシュテルスらしいテニスが戻ってきたのは第一セット4ゲームをダベンポートに連取されてからの6ゲーム連取による逆転劇からだ。
その容姿の好みは別にして、ヒンギス引退後のWTAにおいて如空が最もそのテニスを愛しているのはベルギーのキム・クライシュテルスのテニスである。あの小気味の良いぶんぶん回るバックハンド、薄いグリップから脇を開けて高い打点を強打する独特のフォアハンド。体操選手のように開脚してスライスで返球するあの体の柔らかさ。勝負どころで見せる凄まじいファイティングスピット。女子テニスの理想とその完成形はセリーナ・ウィリアムズとこのキム・クライシュテルスに体現されているといえよう。サーブもリターンもとにかくぽんぽんボールを入れてきて試合のテンポが良い。見ていて本当に気持ちが良い。如空的な視点で最も理想的なテニスをする女子選手であるキム・クライシュテルスが帰ってきた。
相手が絶好調のダベンポートであったことがますます、彼女の素晴しさを際立たせる。すきあらば引き付けてどかーんと来る大砲でエースを取るベテラン、ダベンポート。第一セットを6ゲーム連取されたくらいでは崩れない。温厚な彼女が審判に噛み付くほどのミスジャッジが続く不利な状況にもめげずに、第二セットを6-4で取り返す。
が、崩れないのはクライシュテルスも同じだ。テンポの良い強打のみが注目されるが、キムは相手を振り回してオープンコートを作るのが上手い。ボールが左右のベースラインとサイドラインのコーナーに丁寧に落とされて相手はコートの外に追い出される。そしてボールの出所がわからないフォアとバックのストローク、クロスと思えば逆クロス、逆クロスと思えばクロスと薄いグリップで強打できることの最大の利点、引き付けてコースを隠しての角度をつけたショットでウィナーを取る。これはダベンポートや男子のフェデラーの武器でもあり、相手は逆を突かれて動けない。ストロークウィナーが最も美しく決まる攻撃でもある。
最終セットは62、好調ダベンポートに対してストローク戦で打ち勝っての堂々の優勝である。素晴しい。久しぶりにWTAを見てみようという気にさせるテニスだった。

続くマイアミ大会は第一シードモーレスモ、第二シードシャラポワ、第三シードSウィリアムズ、第四シードディメンティエワである。インディアンウェルズで復帰したクライシュテルスに続き、この大会ではエナン・H・アーデンが復帰した。しかもシャラポワの山にいる。この二人は順当に行けばQFであたる。どちらも真価が問われる試合になる。

SFでクライシュテルスはモーレスモを 61 60 と串団子の一歩手前まで追い詰めて圧勝。世界ランクNo2相手に強い強い。グランドスラムタイトルを取れていないNo1経験者、モーレスモとクライシュテルスの無冠の女王同士の対決であったわけだが、キムの9ゲーム連取を含む圧勝で終わった。一方的な試合内容だが、キムの小気味よいテニスをGAORAの中継で堪能できてなかなか見ていて楽しかった。GAORA中継の解説は数日後に披露宴を控えている沢松奈生子だったが、沢松氏はクライシュテルスを「ドイツ車のようなテニス」と評していた。アウトバーンで100キロオーバーの高速走行でもほとんどぶれを感じず、静かに安定しているベンツやBMWの重厚堅実なイメージと重なるのだそうだ。実は如空も同じような感想を持っている。フットワークが良いにもかかわらず、腰が落ちていて、肩と腰がぶんぶん回ってハードヒットを左右に打ち分ける。ドイツ車という表現もよいが、第二次世界大戦時のドイツの重戦車のイメージにも似ている。

反対の山はエナンHアーデンを破ったシャラポワと妹セリーナを破ったヴィーナスがSFで対決、シャラポワに軍配が上がった。ティアTでベスト4に進出できるところまでヴィーナスが来た。ヴィーナスはかつてのハードヒット一辺倒のテニスだけでなく、力を抜いてボールの配球でポイントを取るテニスも出来るようになっている。第二セットの最後のゲームはディースが延々と続く激しい内容になった。角度のあるクロスの激しい打ち合いが続く。どちらもなかなかストレートに切り返せない。最後はメンタルの勝負になった。最後にはヴィーナスのショットがラインを割り、疲れ果てたシャラポワ心からの叫び声を放つとコートに膝をついてへたり込んだ。シャラポワは相変わらずハートが強い。シャラポワのテニスはあまり好きではないが、あの勝利への飢え、ボールに対する執着心には深く尊敬する。

これで決勝はシャラポワ対クライシュテルスとなった。もし、シャラポワが勝てば彼女はこの大会でウィリアムズ姉妹とベルギー勢を撃破することになる。セリーナは直接対決していないが、彼女に勝ったビーナスに勝ったのだから同じことだ。2002〜2003年にかけての4強に「もうあなた達の戻る場所はないのよ」と言わんばかりのこの勢い。2005年、WTAのプリンセスは文句なしにマリア・シャラポワであった。キムはここでシャラポワを止めて見せなければならなかった。ここで負ければセリーナの如く後々引きずることになるだろうからだ。

GAORAで1ヶ月後にこのナスダック100オープン女子決勝の録画中継をしていた。あのシャラポワがラリーでキム・クライシュテルスの攻撃を防ぎきれずに敗れていく様が放送されていた。
「あの娘とは長いラリーをしてはいけない」とは対シャラポワ戦略を語る現No1ダベンポートの弁である。パワーサーブ・パワーリターンで圧倒して、早め早めに大砲を撃ってシャラポワのディフェンスを無効にしてしまう、という作戦でシャラポワに対する勝ち方をダベンポートは覚え始めている。ウィリアムズ姉妹はシャラポワに対して、圧倒できる大砲を持ちながらも長いラリーに付き合わされ、いつも最後に神がかり的なシャラポワのコートカバーとカウンターショットの前に大事なポイントを落とし、流れを彼女につかまれて敗北していく。ストローク戦で長いラリーをしてシャラポワに勝つことはダベンポートでもウィリアムズでも難しいのだ。その長いラリーで、キム・クライシュテルスはシャラポワからウィナーを取る。シャラポワのコートカバーを振り切りストロークでエースを取る。ショットの威力はリンジーや姉妹の方が上だろうが、コントロールと角度、ライジングでの切り返しの速さ、何よりその配球の見事さでクライシュテルスはリンジーや姉妹が勝てないストローク戦でのシャラポワに勝った。試合全体を見てもクライシュテルスは余裕の勝利であった。
キムは、この前の週にダベンポートを下し、この大会ではモーレスモを下した。そしてシャラポワをも倒す。みな特に調子が悪かった訳ではない。クライシュテルスが強いのだ。結果だけでは事実上のWTANo1といいたいところだ。しかし、エナンがいる。エナンもキムと同じこの時期に復活してきた。絶頂期のウィリアムズすら止めうる力の持ち主クライシュテルス、その唯一の天敵がエナン。二人の直接対決はそう遠くない頃に行われるだろう。その行方は大きく今後のWTA勢力地図を左右することになる。
 
WTAチャールストンの大会ではエナンが優勝した。QFでダベンポート、SFでゴルビン、決勝でディメンティエワと難敵を下しての価値ある勝利である。これでキム・クライシュテルスに続きジャスティーヌ・エナンも復活を遂げた。クライシュテルスとエナン、ベルギー勢として何かと一括りにされる二人だが、プライベートでは世間で言われているほど仲がよい訳でもなく、かといって悪い訳でもなく、ただの同じ国籍の選手としてお互いをとらえているだけらしい。しかし、この二人には国籍だけではない繋がりというか因縁のようなものを感じる。
同じ時期にベルギーでジュニアの強化選手となり、ツアーで台頭してきたのも同じ頃、グランドスラムの決勝まで進出したときも同じ時期、その後3回も続けてグランドスラムの決勝で対戦し、共にNo1を経験し、同じ時期にスランプに陥り、そして今年、同じ時期に復活を果たした。面白いのはそれぞれのイベントで時期が重なってもまったく同時に二人が活躍する訳でなく、タイミングが少しずつ、ずれていることである。
スポーツライターの記事などでよく「月と太陽」と比喩されるこの二人。そのもって生まれた性格や生い立ちはキムが太陽でエナンが月であろう。しかし、後から上ってきた太陽の輝きが夜の女王である月の明かりを霞めて消し去ってしまうように、常に先をいく年下のキムはいまだにグランドスラムのタイトルに恵まれず、後を追う年上のエナンは常に最後にキムを越える。少し遅れて片方の光がもう片方の輝きを奪ってしまう。そのテニス選手としてのキャリアではキムが月でエナンが太陽になってしまっている。お互いがどれだけ相手のことを意識しているかはわからないが、意識の有無にかかわらず、天は二人にそういう宿命を与えたようだ。
キムの復活の光をエナンの輝きが再び打ち消すのか。最後の勝者は一人だ。そこにウィリアムズもロシア勢もダベンポートとモーレスモも絡んでくるはずだが、なぜかベルギーの二人はいつも他の強者の存在はかかわりなく、お互いを最大のライバルとして頂上を競い合うことになる。そういう宿命にあるのならば、今年もまた一昨年のごとくキムとエナンの年になるのかもしれない。2005年の春にはそんな予感をさせてWTAはツアーを進行させていった。

だが、予想通りにツアーは進行しなかった。まだ復活したばかりのクライシュテルスはシードが低く、全仏、全英では早いラウンドでWTAのお局様、No1ダベンポートに当たり、その行く手を阻まれた。その間にエナンは全仏を、ヴィーナスはウィンブルドンを取り、年頭に全豪を取ったセリーナと共にライバルの女王様たちは復活を果たし、それにふさわしい結果を手に入れた。しかし、キムも同じように復活したにもかかわらず、相変わらずGSタイトルは取れずに無冠の女王のままだった。
キムはなぜ大事なところで勝てないのか。ダベンポートに対してだけではなく、エナンに対しても、ウィリアムズに対してもいつもそうだ。ティアTクラスの大会では勝利するのになぜかグランドスラムの本戦で当たると勝てない。ダベンポートさえ突破すれば優勝はほぼ手に入れたも同じ状況だったろうに。

キム・クライシュテルスはGS無冠のNo1経験者であることにより、「メンタルが弱い」「勝負師に徹し切れないやさしい性格があだとなっている」といわれ続けてきた。そういわれても仕方ない結果が彼女にはあった。繰り返し言われ続けているのはGS決勝対エナン戦の3連敗である。キムはGS決勝に4度進出し、4連敗している。最初の2001年全仏決勝カプリアティ戦は敗退こそしたが、その大接戦はクライシュテルスの評価を高めた。問題はその後の2003年全仏決勝、同年全米決勝、翌2004年全豪決勝である。相手は3回連続で同じベルギーのジャスティーヌ・エナン・Hである。対戦成績で勝ち越し、けして苦手にしているわけでなかったエナンに対し、クライシュテルスはいいところなく3戦ともストレートで敗れ去ってしまう。ここでエナンは対クライシュテルスのために特別な対策を採ったわけでもなければいつも以上に特別調子が良かったわけではない。しかも決勝にいたる過程で接戦が多く体力を消耗していたのはエナンのほうである。にもかかわらず、怪我をしたわけでもないのにキムはいつもどおりのテニスができずにエナンの前にストレートで敗退していった。多くの人がここで「キムはメンタルが弱い」という烙印を押した。
もう一つ、良く話題に上るのが2003年全豪SFの対セリーナ・ウィリアムズ戦ファイナルセット5-1でリードしていたところから逆転を許したことである。当時生涯グランドスラムに驀進中のS・ウィリアムズは天下無敵WTA最強の存在だった。まともにセリーナと打ち合って互角に戦える選手は姉ヴィーナス以外では出てこないと思われていた。そこにキムが正攻法のテニスでセリーナと互角にやり合ったのだ。この試合はウィリアムズ姉妹の君臨する時代に唯一対抗できる選手はキム・クライシュテルスだと世間に知らしめる試合になっていたとしてもおかしくない試合だった。しかし、4ゲームのリードを取り後勝利まで1ゲームという状況まで追い詰めながらそこからセリーナが6ゲーム連取で終ってみれば7-5でキムが敗退という結果に終った。このことはキムの大一番でも勝負弱さを露呈した結果と見る向きが多かった。

キムは決してメンタルの弱い選手ではない。ただ勝負に際して大事なものがかけている。それは試合の流れを変える力だ。クライシュテルスは相手を上回るテニスをして圧倒するのが勝ちパターンで、一度リードされると逆転勝ちは少ない。キム相手に試合中リードできる選手など世界でも数えるほどしかいないのでその経験が少ないのだ。ウィリアムズ姉妹はお互いを練習相手として絶えず自分と同じレベルのテニスをする相手が身近にいた。そしてエナンはキムと似たような環境で育ったが、その過程はキムよりも苦しく、また自身がスロースターターだったこともあって結構接戦が多く、その接戦を制して強くなってきた。ツアーに出るようになっても大きな大会でウィリアムズ・ダベンポート・カプリアティなどと死闘を繰り広げ、その中から懸命に活路を見出そうとして、負けそうな試合を何度もひっくり返してきた。ゆえにキムに比べてエナンは喧嘩上手というか駆け引き上手というか、相手が良いテニスをしてリードされていてもそこから粘り、相手を崩し、自分に流れを引き寄せる手段を身をもって知っている。だがキムのテニスは一本調子で試合の流れ自体のチェンジオブペースをしない。そのために相手に流れが行ってしまうと、それを自分に呼び戻すことが出来ずに信じられない負け方をするのだ。彼女に必要なのは接戦で相手に向いた流れを自分に引き戻し、負け試合を逆転で勝ち取る経験だ。その差がGSタイトルのかかった大事なところで差になって現れているのだと如空は考えている。

そしてキムになくてウィリアムズ姉妹やエナンにあるものである「接戦で試合の流れを変える力」、それを強烈にもっているがWTAのプリンセス、マリア・シャラポワである。彼女は全米オープン直後にエントリーランキングNo1になっていた。全米オープンの第一シードはついにダベンポートをしのいでエントリーランキングNo1となったマリア・シャラポワであった。キムがツアーで活躍し始めて5年近くたった。ヒンギスのNo1陥落後、この5年間で何人の女王が生まれたのだろう。年間最終ランキングだけでなく一時的なエントリーランキングのNo1も含めると、ヴィーナスとセリーナのウィリアムズ姉妹とエナンとクライシュテルス。そしてダベンポートとモーレスモである。カプリアティも一時的にNo1になっていただろうか。とにかくこの6・7人がこの数年のWTAのトップだった。それ以上とそれ以下では雲泥の差があった。しかしエナンもウィリアムズも好調だった年の翌年に不調になってしまうのでATPのフェデラーのような圧倒的強者という存在が生まれにくい状況でもある。だがこの女王たちとそれ以外の差が大きいことはいまだに変りはない。去年ロシア旋風が吹き荒れても如空はそれをさめた目で見ていた。たとえグランドスラムタイトルをとっても、ロシア勢と呼ばれる彼女たちのテニスが前出のWTAの女王たちにはかなわないレベルであることが如空の目には見てとれていたからだ。現に今年はセリーナ、エナン、ヴィーナスの前に復活を許してしまった。これで全米をクライシュテルスがとればロシア勢など完全に第二勢力になってしまう。そんななか、シャラポワがNo1になった。彼女はその生涯キャリアではウィンブルドンを一つ取っているので十分No1にふさわしい戦績であるといえるが、今年はGSを取れていない。このことが今年後半、年間最終ランキングNo1を決める戦いのなかで彼女の評価に大きく影響を与えることになる。No1でなければGSを今年とっていないことなど問題にされないだろうが、No1であるとそうはいかない。最終ランキングでNo1となるときGSを取っているかどうかは彼女の評価に大きくかかわる。ヒンギスもダベンポートもそれで苦しんだ。今年残されたGSはあと全米のみ。ここがシャラポワの正念場になる。

そのシャラポワとクライシュテルスが全米ではトップハーフに入った。二人はSFで対戦する。
フェデラーとおそろいと言うわけではないだろうが、男子の第一シードと同じナイキのブルーのウェアにイエローのサンバイザーで現れた女子の第一シード・シャラポワは一回戦ダニーリドゥに 61 61 二回戦ランドリアンテフィ 61 60 と圧倒した。シャラポワは武器だったバックハンドに加え、フォアハンドが急激に良くなっている。強打と言うわけではないが振りが鋭くシャープになっている。肩を入れて引き付けて打つのでコースが読みづらい。一度ラリーが始まると完全に主導権を握ってしまう。4セットして3ゲーム落としただけ。人が地位を作るのか、地位が人を作っているのか。とにもかくにも堂々とした第一シードぶりであった。

全米女子シングルスは4回戦で衝撃が走った。エナンがダウン。ピエルスが 63 64 でエナンを下す。今年の全仏決勝の再現だったこのカード、2セットとも1ブレーク差で逃げ切り、ピエルス会心のテニスだろう。そしてヴィーナス・ウィリアムズが 76 (5) 62 でセリーナ・ウィリアムズを下した。姉妹がグランドスラムで対戦すること8回、後半は全て決勝である。その二人が約一年間のスランプを経て全米の4回戦で9回目の対決に臨んだ。序盤、セリーナがリードするが、途中でエンジンのかかったヴィーナスが一気に追いつき、TBを征すると、第二セットは圧倒して終わった。2セリーナが生涯グランドスラムを達成した頃の二人のテニスを比較すれば「ヴィーナスはセリーナに二度と勝てないのではないだろうか」とさえ思われた。良くぞここまでもどってきた、ヴィーナス。セリーナは若干調子を落としていたが、それでもここ数年の対戦成績を見てこの結果を見ると、ヴィーナスの復調ぶりが伺えると言うものだ。フォアに問題があると言われていた最近のヴィーナスだが、そのフォアもこの大会では素晴らしく振りぬけている。

そのヴィーナスにクライシュテルスはQFで激突した。クライシュテルスが 46 75 61 でV・ウィリアムズに逆転勝ちをしたのである。第二セット5−5になったところでキムの負けが8割がた決まったと思った。前述のごとくキムは接戦で自分に流れを引き寄せられず、流れを変えることが出来なかったからだ。これまでは。しかし、ここでキムはヴィーナスと壮絶な打撃戦の末、何度も主導権の取り合いを繰り返し、そして最後に自分に来た流れをしっかりと引き寄せたまま押し切った。自らの負けパターンを覆した。彼女は接戦で流れを変えたのだった。グランドスラムで勝てない不の連鎖を断ち切るだけの力をようやく身につけたと言えるだろうか。

一方でシャラポワもQFで苦戦していた。75 46 64 でペトロワに辛勝である。がっぷっりと四つに組むとはこのことだろう。ここまでドローに恵まれたシャラポワであったが、いきなりQF敗退の危機であった。去年雲霞のごとく出てきたロシア勢の中でトップランカーとして生き残るのはシャラポワとクズネツォワの二人だけだろうと思っていたが、このペトロワは大きな大会で地味にいいところまで勝ち残っている。負け試合も圧倒されることなく、いつもきわどい接戦だ。面構えもちょっとやそっとのピンチでではびくともしないふてぶてしい表情をいつもしている。なんとなくフェデラーに顔が似ていると思うのは如空だけだろうか。しかし、最後に勝ったのはシャラポワである。格下に圧倒するだけでなく、接戦になればなるほどに燃え上がる炎の女、第一シードマリア・シャラポワ、流れを何が何でも自分に引き寄せるその力に、クライシュテルスは対抗しなくてはならない。

一方の山ではリンジーダウン、メアリーダウン、去年のトップ2が揃ってQFで敗退してしまっていた。代わりに上がってきているのはピエルスとディメンティエワである。エナンもいない、ウィリアムズ姉妹もダベンポートもいないグランドスラムのベスト4である。ここでクライシュテルスは負けるわけには行かない。だが、その前にクライシュテルスが待たない力を持つプリンセス、シャラポワが立ちふさがった。

実はここまで3戦3連敗でシャラポワは一度もキムに勝てていない。そして立ち上がり調子も悪かった。第一セットシャラポワはサービスゲームを一つもキープできずに終った。セカンドサーブではポイントすら取れなかった。6-2でキムが取った。
第二セットシャラポワのサーブがようやく調子を取り戻した。去年、ロングラリーとバックハンドの強打だけが武器だったシャラポワは今では鋭いサーブとリターンに強化されたフォアハンドを加えグランドスラムで第一シードを張るにふさわしい見事なテニスをするようになっていた。競り合いの中、それでも5-6で0-40、クライシュテルスのマッチポイントが3つ来た。ライン際の際どいボールが続くロングラリーが続く。このままクライシュテルスが押し切るかのように見えた。しかし、そこで誰もが予想だにしなかったドロップショットをシャラポワが繰り出す。それが決まる。流れが変った。シャラポワが追いついた。TBを取って76シャラポワがセットオールに持ち込んだ。「かわいいだけの女の子ではありません」とWOWOW実況の岩佐氏が語るとおり、シャラポワのこの「試合の流れを変える力」は恐ろしい。これで多くのトップ選手が喰われてきた。キムはこの美しいだけでなく恐ろしい喧嘩上手な相手を倒さなくてはならなった。

第三セット、第一ゲーム、シャラポワの最初のサービルゲームをクライシュテルスが破る。4−0でキムが突き放す。「流れを変えさせない」というキムの強い決意が伺える内容だった。しかし、シャラポワはサービスを一つ取ると次のリターンゲームを攻める攻める。2-4になる。ここでキムまたブレークで5-2、決まるかと思えばシャラポワがまたもやドロップショットを連続して仕掛けて5-3に持ち込む。二人の激しい主導権争い。最後にそれをキムは制した。ファイナル6-3で見事に勝利。試合の流れを何度も取られたがそれを取り返して自分に流れを持ってくることが出来たからこそ勝利できたのだ。QF対ヴィーナス戦、SF対シャラポワ戦で「試合の流れをあける力」を学び、身につけたことをクライシュテルスは示したのだった。

そして決勝ではディメンティエワをこれまたフルセットで振り切ってきたピエルスを 63 61 で圧倒、悲願のグランドスラムタイトルをつかんだのだった。決勝のピエルスは全仏決勝の時とは違い、高い打点からのハードヒットに冴えがあり、かなり手ごわい相手だった。それを打ち合いを挑み、見事にストレートで一蹴、素晴らしい。
2001年の全仏決勝でカプリアティにフルセットマッチ、ファイナル12-10の死闘を見たとき、ヒンギスの替わりにウィリアムズやダベンポート・カプリアティなどのアメリカパワーテニスを打ち破るのはキム・クライシュテルスだと確信した。そして、その実力はエントリーランキングNo1になり、2003全仏・全米2004全豪と決勝に進んだことにより証明された。しかし、グランドスラム決勝の舞台、3度挑みどれも届かなかった。実力だけでは勝者にはなれない。運も味方につけるものが勝つ。実力がありながらも不運なめぐり合わせで結果を出せずにいるものは、その重圧に耐え切れず、やがて自滅していく。左手首の故障で戦線を離脱し、復帰に時間をかけている間に婚約者ヒューイットと破局してしまった。このとき、このままキムは終わってしまうのではないかと思った。かつてヒンギスがグランドスラムを取れなくなって自ら退いていったように。

しかし、クライシュテルスは戻って来た。そして、チャンスを掴みながらも4度破れた夢をついに実現させた。5度目の挑戦でキム・クライシュテルスはグランドスラムタイトルを手にしたのだ。長きにわたったこの生みの苦しみは、強くなるための成長の糧となったはずだ。様々な紆余曲折を経ながらも、最後まで自らの意思を持続させ、貫き通した彼女の精神に賞賛の拍手を送りたい。

そしてついにWTAは4人の女王が並び立つ時が来た。

2005年全豪優勝 セリーナ・ウィリアムズ
2005年全仏優勝 ジスティーヌ・エナン・アーデン
2005年全英優勝 ヴィーナス・ウィリアムズ
2005年全米優勝 キム・クライシュテルス

2002年にセリーナがグランドスラムを4連勝したとき、ウィリアムズ姉妹は現時点での男子のフェデラーのごとき存在になるのではないかと誰もが予想したはずだ。しかし、ベルギーの二人がウィリアムズを倒す力を示し始めると、四強で覇権を争うことになると感じた。そしてその争いを制するのは誰かと注目を注いだ。しかし、4人は4人とも揃って2004年に失速し、ロシア勢の台頭、GS無冠のダベンポート・モーレスモの1・2フィニッシュを許す結果となってしまった。
個性的であり、かつ試合に勝つ強さを持つもの同士の激しい熱戦を見たい。そう思っていたが、ヒンギス引退後のWTAでは、誰かが圧勝して、対抗馬は出場しない・勝ち進まないという、盛り上がりに欠ける大会が続いていたかのように思える。女子テニス全体のレベル自体は向上しているのに、好試合・名勝負と呼べる対戦が男子に比べて極端に少ないように思われた。去年までは。

今年は違う。セリーナが、エナンが、ヴィーナスが、そしてキムが帰ってきた。強い女王達が帰ってきた。そして強者同士が激しく競い合い、タイトルを奪い合う。それを見たかったのだ。これでこそWTAだ。
忘れてはならないのはこの4人の女王の復活への道程の全てにシャラポワが絡んでいると言う事実である。特にセリーナは全豪SF、ヴィーナスは全英SFでシャラポワと死闘を繰り広げ、それによって失っていた心の牙をよみがえらせてもらった。シャラポワのファイティングスピリット、直向なテニスへの姿勢、飽くなき勝利への飢えがウィリアムズの心の中に眠っていたライオンハートを再び目覚めさせた。エナンとキムもまた少なからずシャラポワからの影響を受けている。そのシャラポワは今年GS無冠の状態で再びダベンポートとのNo1交代を果たす。彼女もまた打倒ウィリアムズ、打倒ベルギー勢の筆頭としてこれからのWTAを牽引していくことだろう。
そしてグランドスラムタイトルを手にしたキムにはまだやるべき課題が残っている。年間最終ランキングNo1の達成、そしてグランドスラムでの打倒エナンを果たすべく、これかも牙を磨きつづけなければならない。

繰り返すが、ヒンギスの時代が終わった後、女子テニス界はテニスのレベル自体は向上しつつも試合内容と言う意味で面白味を失っていた。それはグランドスラム大会でのクライシュテルスの受難の時期でもあった。今年になってようやく好カード・名勝負がいくつも実現するという、期待された内容のWTAになりつつある。そしてそのことを象徴するかのごとくクライシュテルスがグランドスラム初優勝を決めた。
クライシュテルスを包んでいた闇はWTAを覆っていた闇でもあった。長い、長い夜がようやく明けた。夜明けの訪れを世界中に告げる全米女子シングルス決勝戦であった。




戻る