第二房 「テニスボールの回転の話」(2004/07/22)
ボールの回転について、ダブルスのコーチいわく
「トップスピンとアンダースピン(ストロークにおけるスライス)を比較すると、それほど弾道の高さに違いがないのであればバウンド後高く弾むのはアンダースピンの方である。トップスピンショットが高く弾むのは軌道が高く、高いところから落ちてくるから高く弾むのである。サーブでもストロークでもネットすれすれの軌道でボールが来ればバウンド後高く弾むのはトップスピンでなくアンダースピンの方である。」
とのお話があった。
この話にはもう少し説明が必要であると如空は考える。
「順回転(トップスピン)はバウンド時点でボールを前に推進させる働きをするが、バウンドするまでの空中では順回転はボールを減速させボールの落下を早める働きをする。つまり、トップスピンではボールはバウンド直前までは減速して落下するが、バウンド後、順回転で地面を蹴るのでボールが前方向に一旦加速する。弾みが増したように見える理由はこれで、いや見えるのでなく実際前方に跳ねているのではあるが、上方向に弾む力はボールの弾力によること大なので、高くキックさせようとすると、回転だけでなく、軌道の高さが必要なのである。
逆回転(アンダースピン)は揚力が生じるので、回転がない状態よりも落下が遅れる、遠くへ真っ直ぐ飛ぶ、そしてある時点でストンと力尽きたように重力によって落ちる。逆回転のボールがバウンドすると地面を蹴る力、つまり上に跳ねる力が回転によって生じる。ボールの弾力も手伝って前方向よりも上方向に行く力が順回転の場合より多くなる。だからネットすれすれの軌道で来るボールは順回転より逆回転のボールの方が高く弾む。」
と如空は考えている。
もちろんコーチの言うことは正しい。トップスピンショットもキックサーブもネットの上を高く通して、そこから落とすことが高く弾ませるコツであることは事実だろう。
付け加えるならば、順回転はバウンド後も順回転だが、逆回転は打球のスピードと回転量により、バウンド後順回転になるもの、無回転になるもの、そして逆回転のままのものとに分かれる。いわゆる「バウンド後止まるスライス」と「バウンド後滑ってくるスライス」の違いはこのあたりに秘密があると考えているが真実は如何に。
ちなみに野球でピッチャーが投げる球種において、ストレートは逆回転(アンダースピン)で、フォークボールはフラット、ドロップ(落ちるカーブ)が順回転(トップスピン)になる。フォークボールが落ちるのは実際には逆回転のストレートより無回転のフォークボールの方が早く落ちる為、ストレートに比べて「落ちるように見える」だけで、ストレートも落ちているのである。
このことはフラットサーブを考えるとき重要になる。よく「フラットサーブは真っ直ぐ飛ぶので、2m以上の長身でなければネットを越えてサービスラインの内側に入れる事は出来ない。だから身長の低いものはフラットサーブを打てない。回転をかけなければいけない」という意見を聞くことがある。しかし、フラットサーブは野球のフォークボールなのである。つまり空気抵抗と重力で必ず落ちる。回転をかけなくても山ボールの軌道を描くのだ。200キロオーバーのサーブならともかく、庶民レベルのフラットサーブはフォークボールのごとく落ちる。
初心者にサーブを教えるとき、下手に回転をかけることを教えるより、「フラットはフォークボール、落ちる」ことを教えて、その軌跡を意識させてサーブさせた方が確率は良くなると思う。
もちろん、サーブのスピードが上がってくれば回転をかけたほうがコントロールが良くなることは確かだが。
回転の話、もう少し詳しく述べる。
「フラットサーブは野球のフォークボール」というたとえは誤解を生むかも知れない。
アンダースピンのボールに比べて無回転のボールはより速く落ちるので、フォークボールは落ちるように「見える」だけらしい。(詳しくは「魔球の正体」をお読みください)ようはフラットサーブもその軌跡は一直線でなく山ボールだということを言いたかった。
野球のフォークボールは真っ直ぐ飛行するボールが突然直角に下に急降下するイメージがあるが、実際は違う。フォークボールは逆回転のストレートに比べて減速が早い、つまりストレートに比べて急ブレーキがかかったようになって落下するので、急に下に落ちるように見えるだけで、ストレートもフォークボールも山ボールであることに変わりはない。テニスのサーブもスライス・スピン・フラットどれも山の傾きの大小こそあれ山ボールだ。もちろん、一定の速度を越えればほとんど直線といってよい状況になるだろうが、それは選手レベルの話だと思う。
もう一つ、野球のピッチングと区別して考えなければならない条件としてバウンドすることが挙げられる。テニスボールは適度に弾力があるので、スマッシュのごとく地面に叩きつけられれば、ボールは変形して大きな弾力を生む。バウンドしたら地面との摩擦で減速するだけだと思ってしまうが、回転の量と叩きつけられたときの運動エネルギーによってはバウンドする直前の速度よりバウンド後の速度の方が加速されている場合もあるかもしれない(特にいわゆる高速フラットサーブなど)。野球においては「手元で伸びてくるボール」とは、打者の予測したスピードより減速が少ないボールのことで、実際、手元で早くなるボールはありえないとされている。しかし、テニスのサーブの場合はバウンドの条件によっては本当に再加速されたボールがありうるかもしれない。しかし、如空はそれを実証するすべを知らない。
ちなみに「科学の目で見たテニスレッスン2」に興味深い話が掲載されている。
1979年のウィンブルドンチャンピオンでビッグサーバーとして知られたロコス・ターナーのサービスの速度をインパクト直後・ネット上・ベースラインで計測した結果
インパクト直後 243km
ネット上 136km
ベースライン 80km
とリターン時点で速度は1/3に減速していることがわかった。
ウィークエンドプレーヤーでサーブが早いと言われる人が大体130km台と言われる。上記の実験の結果から「サーブの速度はリターン時点で1/3に減速する。」という仮説立ててみると愛好家のビックサーブ130kmはリターンの手元で40km強にまで減速していることになる。実際は初速度が遅いと空気抵抗やバウンドの衝撃も変わるのでこの仮説は正しいとはいえないが、速度が半減するくらい減速しているのは事実のような気がする。これもまた如空はそれを実証するすべを知らない。あくまで素人テニス愛好家の仮説である。
回転の話、続く。
ボールが順回転することを「ドライブ」と言う。前進する車の車輪と同じ回転方向のことだ。サッカーにおけるドライブシュートやバレーボールにおけるドライブサーブは順回転をかけてボールを落とす。テニスの世界では「スピン」とは順回転で「スライス」とは逆回転(サーブでは横回転)のことだが、言葉の定義にこだわるならばそれは正しくない。「スピン」とは方向に関係なく回転していることを意味するだけだし、スライスは「切るように打つ」と言う意味が正しい。だから、ボールの回転を表現するならば、順回転ならば「トップスピン」か「ドライブ」、逆回転は「アンダースピン」か「バックスピン」が正確な言い方なのだろう。
テニスでの言葉の使い方でさらに独特なのは「トップスピン」と「ドライブ」の使い分けで、トップスピンは回転量の多い順回転、ドライブは回転量の少ない順回転として無意識に使い分けられているような感じがある。このあたりテニス経験の浅い人は戸惑う部分がある。
さらにドライブは「フラットドライブ・ショット」という言葉もある。ストロークにおいてどフラット、つまり無回転にボールを打つショットはほとんどない。フラットストロークと呼ばれるショットのほとんどは軽く順回転がかかっているので、フラットでないという意味で「フラットドライブ」と言われているようだ。
この「トップスピン」と「フラットドライブ」は明らかに打ち分けられているところがある。ラケットを打点より低いところから入れて上に振り上げる過程でボールを捉えて順回転量の多いショットを打つのが「トップスピン」。ラケットを打点と同じ高さに後ろから入れてレベルスイングでボールをヒット、ヒット時の最後の一押しでボールを上に押し上げて少なめの順回転をかけるのが「フラットドライブ」だと考えている。「フラットドライブ」のスイングは飛行機が滑走路で離陸するように、ラケットが水平にボールに入って来てボールを捉えてから上に振り上げるスイングになるのだろう。トップスピンがコントロール重視、フラットドライブがスピード重視(弾道が低い)事は言うまでもない。
日本でなじみの深いコーチ(現日本デ杯チーム・スーパーバイザー)ボブ・ブレッド氏がとある雑誌の記事で「日本のジュニアはムーンボールばかり打っている。真っ直ぐ飛んでベースラインでストンと落ちるエッグボールを打たなければならない」と語っていた。
エッグボールとは卵(エッグ)の形の軌跡をたどるボールのこと。卵は上がとんがっていて、下は丸まっている。卵を横にして頭のとんがったところが打点、お尻の丸まったところがバウンド点の軌跡が「エッグボール」の軌跡というわけだ。
これはただ単に「トップスピン」だけでなく「フラットドライブ」も打てなきゃ駄目だよという意味ではないかと如空は考えている。
回転の話、さらに続く。
ストロークに「フラットドライブ・ショット」があるように、サーブにも「フラットドライブサーブ」がある。
テニスのサーブでは無回転でスピード重視の「フラットサーブ」、斜め横回転でボールがカーブする「スライスサーブ」、斜め縦回転でコントロール重視の「スピンサーブ」の三種類が基本で、スピンサーブに高さを与えてボールがバウンド後高く弾むサーブを特に「キックサーブ」と呼ぶ。
さてフラットサーブを打つとき、インパクトの瞬間ラケットをさらに上に押し上げゆるいドライブ回転をかけて、完全な無回転(フラット)よりコントロール性を良くしたサーブを「フラットドライブサーブ」と呼ぶらしい。コツはラケットを縦方向に使って順回転(ドライブ)をかけていること。スピンサーブでもスライスサーブでも回転をかけるときラケットを横(右利きならラケットの右エッジから左エッジ)方向にボールを転がしで回転をかける。フラットドライブではラケットを縦方向、つまりヘッド(トップ)から根元(スロート部)方向にボールを転がし縦方向の順回転をかけるのだ。回転量は少ない(ほんの微量)だが無回転よりコントロール、つまりネットを越えサービスエリアに入る確率は高くなる。もちろん、確率と引き換えにスピードはやや落ちる。回転系のサーブが打てないフラットサーブオンリーの人はセカンドサーブとして試してみるといい。スマッシュでのコントロールの向上にもお薦めである。
ちなみに人によってはスライスサーブをさらに球種を2種類持っている人もいる。
野球のカーブのようにドローンと大きくゆっくり曲がるスライスサーブと、野球のスライダーのようにストレートに近いスピードで直進し手元で小さく横にスライドする高速スライスサーブの2種類。
これらの話は「テニス上達ブック」に詳しい。
回転の話、まだ続く。
サーブには所謂「羽子板サーブ」というものがある。
女性愛好家に良く見られるサーブで、正月の古い女の子の遊びの「羽根突き」に使う木製のラケットが羽子板と呼ばれ、そのフォームが羽根突きに似ているので羽子板サーブと呼ばれるが、今時の子供や若い人は羽子板も羽根突きも知らないので意味を知らずにこの言葉を使っているのではないだろうか。
このテニス技術書にも紹介されることもなく、テニススクールのコーチが教えることもない、公式のテニス界ではその存在を完全に無視され黙殺されているこのサーブが、なぜ全国の女性テニス愛好家の間に蔓延しているのか。それは羽子板サーブが非常に省力化された「アンダースピンサーブ」だからだ。
ある位置からフラットボールを打ったとしよう。そのフラットボールと同じ方向に同じ力でトップスピンボールとアンダースピンボールを打つとどうなるか。トップスピンはフラットボールの着地点より手前で落ち、逆にアンダースピンはフラットより遠くに飛ぶ。フラットボールと同じ着地点にバウンドさせようとするとトップスピンはフラットより強く打たなければならないし(あるいは高く打つ)、アンダースピンはフラットよりもゆるく(あるいは低く)打たなければならない。
つまり力がなくても遠くに打てるのがアンダースピンショットなのだ。
緊張すれば体幹部分が固まり、手打ちになる。その状況でもボールを飛ばせる。しかも女性は男性より肩が弱いのでオーバーヘッドスイング自体が困難な非力な人もいる。そういう人にとってアンダースピンサーブはラケット面のストリング弾力を使ってチョンとボールをはじくだけでネットを越えてサービスエリアに入ってくれる。フォアハンドストロークの厚いグリップで顔の前でハエを叩くように打つ。そうすれば少ない動作でサーブが入る。こんなに頼りになるサーブもないだろう。しかもゆるく打てばドロップショットになり、強く打てば持ち上げるのに困難な深いスライスショットになるのだからリターン側では意外と厄介なサーブだ。
しかし、コーチも指導者も上級者もこのサーブを認めない。これだけ広く普及している技術であるのに「悪いサーブ」と決め付ける。確かに、上達するにつれてサーブもスピードアップさせ、球種を増やすためには薄いグリップでフラットサーブか斜め回転系のサーブを身に着けなければならないだろうが、薄いグリップのサーブはストロークやボレーに比べて、身につけるまでに時間がかかる。大人になってからテニスを始めた人がテニスを嫌いにならずに試合を楽しむためには、いかに簡単にサーブを身に着けるかにかかっているといっても良い。世の中には一生「ママさんテニス」の初中級クラスで十分という人もいる。そういう人のためにも羽子板サーブはもっと認められてもいいと思う。
戻る