第016房 皇帝フェデラー (2005/01/02)
全豪・全仏・全英・全米のグランドスラム4戦中3つ取ることをリトルスラムと呼ぶ。1988年のビランデル以来実に16年ぶりの快挙が2004年に達成された。そのリトルスラムという言葉の意味を教えてくれたのは2004年のATP年間最終ランキングNo1、ロジャー・フェデラーである。
全仏を除く全豪・全英・全米のタイトルを奪取。これでグランドスラムの決勝は生涯4度進出しその全てに勝利している。GS決勝4戦全勝無敗は史上初だ。グランドスラムだけではない。最終戦のマスターズ・カップを全勝で連覇。年間で11大会に優勝。年間通算80試合で74勝6敗、エントリーランキングトップ10プレーヤーに対しては23戦全勝無敗。2004年一年間で大会の決勝戦に進んだ場合の勝率はなんと100パーセント。2004年の9月には史上最短で年間最終ランキングNo1を決めた。
サンプラスが引退し、アガシには静かに黄昏が近づいている。王座を継ぐものは誰なのか。80年代生まれの男たちがしのぎを削る戦国時代の男子テニス界。その群雄割拠の2004年ATPを完璧なまでのテニスで制覇したのがロジャー・フェデラーである
2003年のNo1ロディックも復活してきたヒューイットもサフィンも彼にはかなわなかった。クレーの双璧モヤとコリアも、天敵ナルバンディアンとヘンマンも、アガシの老獪なテニスでさえもフェデラーにはかなわなかった。
自ら「私のテニスは美しい」と言って憚らない完璧なまでのテニス。2003年までのコーチであるピーター・ルンドブレンと昨年末に別れて、コーチ抜きでここまでのテニスを完成させた。その進化を止めないテニスに関しては、2003年のウィンブルドンでの活躍で詳しくフェデラーのテニスについて語ったが、2004年に入ってフェデラーはさらに進化させている。
2003年のウィンブルドンで優勝した時、サービスゲームではまだサーブ&ボレーが主体だった。しかし、今ではサービスゲームでもネットダッシュはあまりしない。バックのスライスもフォアのムーンボールも使う回数が減った。スキあらばいきなりフラットでボールを叩き込み、相手を圧倒してしまう。ネットに出てトドメをさすが、そこにいたるまでに勝負が決まってしまうことが多くなった。サーブとストロークがそれだけ見事なのだ。サーブもストロークも打つ前にしっかり肩が入っており、コースが全く読めない。ストレート・クロス・逆クロス、自由自在である。しかもワイドへ打つときの角度が凄い。真横に飛んでいく。リターンも去年はブロックリターンが多かったが、今年に入ってからアガシのごとくスイングしてサーブを叩くことが多くなった。バックは片手にもかかわらずである。そして守備力が明らかに増している。TV解説者の多くが指摘しているが、フォアだけでなく、片手打ちバックハンドでフェデラーほど素晴しいランニングショットを打つ選手はいない。苦しい体勢からライジングで信じられないほどいいところに返球していく。微動だにしない安定したメンタル。怪我らしい怪我をしたことがないタフなフィジカル。切れることのない未曾有のスタミナ。大事な試合では途切れることのない集中力。たまに大会前半で明らかな集中力不足で負けてしまうのも愛嬌だ。
フェデラーの強さはサービスゲームのキープ力にある。ブレイクポイントを握られたら集中力を高めてピンチをしのぐ、6-0でセットを取るのも6-6でタイブレークを取るのも同じこと、サーブをキープしている限り負けることはないのがテニス。そして、相手のサーブを破るチャンスを握ると、このときも集中力を高めて一気に奪う。
普通、格下の選手に対してトップ選手は最初から相手を圧倒して一気に押切るのが勝ちパターンだ。だが、フェデラーは50〜80の力でサービスゲームをキープし続け、ブレイクポイントやタイブレークで100の力を出してピンチをしのぎ、チャンスをモノにする。そこには王者の余裕すら感じられる。
またフェデラーは相手の力を利用したカウンターショットが上手い。そのことが攻守にわたる強さの理由でもある。ストローク戦になったときフェデラーが構えている位置は普通構えている位置より一歩ベースラインに近い。ライジングでボールを捌いているので返球のタイミングがフェデラーの方が早く、そのことがラリーでフェデラーが主導権を握っている原因になっている。ライジングで拾うと打点が低いので強打というわけには行かない、相手の球威を利用してカウンター気味に打つので、ゆるい球を打つ相手にはライジングのラリーで主導権を握るというわけには行かない。相手の強打をフェデラーは上手く利用しているといえよう。サーブもストロークも角度が厳しいのはフェデラーの方だ。TV中継の視点では良く分かるのだが対戦相手の方が若干甘い、ストレートとクロス、センターとワイドの角度の差が大きくて、メリハリをつけているのはフェデラーだ。また肩をしっかり入れてボールをひきつけているフェデラーのショットはコースが読みにくい。逆に強打でありながら体が開き気味の最近の選手は打つ方向に胸が向き易いので、フェデラーの目にはコースが読みやすい相手なのかもしれない。フェデラーが逆をつかれるシーンというのはほとんど見られなかった。
しかしいったい何なんだこの強さは。スピード・パワー・テクニック、あらゆる点でフェデラーが超一流である所は異論がないだろうが、それ以上に凄いのはメンタルだ。まったく迷いがない。悩まない。揺らがない。崩れない。攻めていても、攻められていても変わらない。持っている力がずば抜けているだけでなく、その力を常に100%発揮できている。
大学のセンター試験や自動車免許の試験でおなじみのマークシート試験、このマークシートで同じ番号が続くと、自分の回答に不安が出てきて「自分では正しいと思っているが、実は間違えているのではないか、こんなに同じ番号が続くはずがない」と考えてしまい、自分では正しいと思っている回答を違う番号に変更した経験はないだろうか。如空はそんなことは日常茶飯事だ。しかし、フェデラーなら、そんな状況でも自分の判断を信じて、決して回答を書き換えたりしないだろう。
自惚れとは「自分にない力があると思い込むこと」であり、自信とは「自分の力を信じること」という。まさに今のフェデラーを支えているのはゆるぎなき自信、微動だにしない自信である。
フェデラーにもピンチなる場面はある。しかし、彼は崩れない。あきらめない。苦しい状況が続くと「このポイントは捨てて次のポイントからがんばろう、このゲームは捨てて、次のゲームでがんばろう。このセットは捨てて、この試合は捨てて、この大会は捨てて、このシーズンは捨てて、次からがんばろう」と、いい訳を心の中で作ってあきらめてしまう。そんことはフェデラーにはないのだろうか。リセットして仕切り直したいと誰もが思う場面で、フェデラーはその状況から逃げずに、耐えて、しのいで、チャンスを呼び込み、モノにして最後に必ず勝つ。強い。本当に強い。
追うより追われるほうが精神的に辛いものだ。特にポイントを積み重ねていくテニスという競技ではなおのことだ。リードすることも大変だが、リードを守って勝ちきることはもっと苦しい。それを黙々とやってのけるフェデラーは強い。
とにかく凄い。今年の彼のテニスの素晴しさは、いくら言葉を並べても語りきれない。文句なしの王者である。いや王者では役不足だ、王をさらに従える皇帝の称号こそ彼にはふさわしい。しかもフェデラーはまだ23歳だ。これからさらに強くなる。皇帝が長期政権を維持するためには、モチベーションを維持していくことが重要だ。女子のセレナ・ウィリアムズもエナンHも頂点に上り詰めた時点でモチベーションを低下させてしまっている。しかし、フェデラーにはその心配はないだろう。同世代の選手ではもはや誰も彼を止められないかもしれない。フェデラーが自ら歩みを止めるまで。