第三房 フェデラーのオールラウンドプレイ (2004/06/14)
スイスのロジャー・フェデラーの存在はテニス雑誌やインターネット上の記事で結構知ってはいた。しかし、ポストサンプラスと評されるその類比ないオールラウンドプレイを実際に観戦することは2003年のウィンブルドン準決勝までなかった。一度フレンチオープンの地上波中継で2ゲームほど見たが、そのときは対戦相手のコレチャに押し捲られていたので、さほど印象に残らなかった。2001年のウィンブルドン4回戦で芝の王者サンプラスのウィンブルドンでの5連覇を止めた、今では伝説となっているそのフルセットの名勝負もNHKはハイビジョンでの中継であり、BS・地上波では放送してくれなかった。
2003年も一週目で放送予定があったのだが、なぜかこの年、日本女子が4人も本戦入りして勝ち進んだので、そちらに放送カードを取られてしまい、準決勝までフェデラーの試合を見ることは出来なかった。準決勝の相手はアンディ・ロディック、コーチにアガシの師として有名なブラッド・ギルバートを迎え入れ、本気でグランドスラムを取りに来ている恐れを知らないアメリカのライジング・スター。対戦直前の時点でフェデラーは足腰に少し故障を抱えており、事前の予想はロディック有利の評判の中でセミファイナルは行われた。
そして、世界はフェデラーの完璧なまでのオールラウンドプレイを見ることになる。
試合開始直後から、楽にサービスゲームをキープするフェデラーとキープに苦労するロディックの差は明らかだった。試合内容でフェデラーが押しながらもゲーム数は互角のまま、タイブレークに突入。この当たりからフェデラーがペースを上げてくる。
攻めが速い。ストロークはスイングスピードが速い上にライジングで捕らえているので、ボールのスピード以上に速く感じる。そして少しでもボールが浅くなればフォアからネットに一気にアプローチ、ネットへの詰めも早い。一発で決まらなくても連続攻撃で確実にトドメを射す。とにかく攻められる前に攻めるという姿勢が貫かれている。相手のビッグサーブはブロックリターンながらもしっかり沈めて返し、エースを取らせないばかりかサービスから攻めさせない。逆にリラックスしたモーションから打ち出されるフェデラーのサーブはスピードこそ200kmオーバーのサーブではないが、コースが素晴しい。際どいオンラインで何度もチョークの白煙を上げさせた。この時点で現役最速サーバーのロディック相手にサービスエースの数でロディックを2倍以上上回っているのだ。相手がストロークでペースを握ってもバックハンドスライスでのチェンジオブペースで切り返す。ネットへのアプローチで相手に沈んだナイスパスを放たれてもまったく動じない。何気ないローボレー・ハーフボレーで返球、しかも相手のいないところへしっかりと返されている。ネットでパスを抜かれるシーンをほとんど見ることがない。
セットポイントこそ先にロディックが握るが、そこをしのいで逆転、第一セットを取ったのはフェデラーだった。そして、その後ロデッィクがフェデラーをリードすることは二度となかった。
ロディック自身の調子は決して悪いものではなかった。しかしこの日のフェデラーは完璧だった。
第二セットでついにロディックのサービスゲームをブレイクすると更にフェデラーはペースを上げる。セットポイントでのラリー、決してストローク戦で打ち負けているわけでないロディックを左右に振り回し、ようやく来た短いボールをほとんどハーフボレーと言ってもいいくらいの超ライジングのフォアハンドトップスピンでフェデラーは決めた。会場の観衆も、TVの解説者も驚嘆と賞賛の声をひたすら上げ続けるだけだった。
第3セットも完璧な内容。大きくワイドに振られたボールをサンプラスのようにファアのランニングショットからショートクロスに切り返し、ついにマッチポイントを握る。ロディックも何度かジュースにしてしのぐがフェデラーの攻撃的テニスは最高潮を向かえ、ロディックを攻めきり、男子スイス人選手としては初のグランドスラム決勝進出を決める。
一方的な流れのストレートで終わる試合というものは退屈なものだ。しかし、この試合は後にその録画を何度も見るが何度見ても飽きない。それはロディックが自滅したわけでなく、自分なりのいいテニスをしながらそれを大きく上回る素晴しいテニスをフェデラーが展開したからだ。相手がロディックであったからこそ逆にフェデラーの秘められた才能が一気に開花したのかもしれない。(DVDはこちら)
しかもフェデラーにとってこれが生涯最高のプレイというわけではなかった。翌日も好調のフィリポーシス相手に完璧なテニスを披露し、フェデラーは芝の王者の称号を得る。
フェデラーのフットワークは流れるようだ。膝が柔らかく、走っても重心が上下しない。まるでアイスホッケーの選手が氷の上をすべるように移動する。フォアハンドのフットワークなど昔のインベーダーゲームのように横にスライド移動して打点に入っているようだ。
今時のトッププレーヤーにしては薄めのフォアハンドのグリップだが、横振りのスイングでもしっかり肩を回し、鞭のように撓らせて前に大きく振り出している。高い打点で打ちこめばほぼ間違いなくウィナーになる。スイングスピードが速くとても美しいスイングだ。
バックハンドが薄いグリップの片手打ちであることは昔からの古いテニスファンを喜ばしている。この手のバックハンドは古くて通用しないと言われていたからだ。しかし、フェデラーは回転量の多いスライスと打点に顔を残して腰をあまり回さない肩で引き上げるシャープなトップスピンをうまく使い分け、相手を翻弄する。これに回り込みの強力なフォアがあるのでフェデラーはベースラインでとても強力な存在だ。
強力なストロークに加え、オールラウンダーの証であるネットへの攻め、詰めの確かさ、これが実に素晴しい。ウィンブルドンではサーブ&ボレーをかなり多用したが、ステイバックすることも多い。アプローチショットは意外なことにバックハンドスライスのキャリオカステップで前に出るのではなく、フォアでハードヒットして前に出るスタイルが主体だ。そしてネットではとにかくボールを返す。どんな難しいボールでも、何度でも打ち返して決める。
サンプラスと比較され、サービスが弱いと評されるフェデラーだが、あの素晴しいサーブのどこが弱いというのだろう。サーブはスピードではない、コースと回転だ。そして何よりサービスゲームのキープにどれだけ貢献するかだ。ウィンブルドンの準決勝・決勝でロディック・フィリポーシスというビックサーバーと対戦しながら相手を上回るエースを量産、しかもサーブ&ボレーも有効でファーストサーブが入るとほとんど相手にポイントを取らせない。SF・F共に一度もサービスゲームを破られることはなかった。サービスでフェデラーを超える選手はいても、サービスゲームのキープ力でフェデラーを上回る選手はそういるものではない。
フェデラーのテニスの美しさは一発のショットで決まるかどうかではなく、流れるような連続攻撃にある。展開が速い、攻められる前に攻める、攻められても切り返し攻め返す。何度でも攻め寄せて相手を押切る。接戦でなく一方的な試合内容であっても見ているだけで面白い、そんな素晴しいテニスを展開するのがフェデラーだ。
多少、集中力にムラがあり、いつでもどんなときでも完璧なテニスを展開するというわけにはいかないので、その完成度の高いテニスのわりにまだよく取りこぼしをしてまう試合が多いフェデラーだが、それも愛嬌のうち。サーフェイスの違いを気にさせない、ビッグサーブとストローク一辺倒のテニス界に風穴を開けてくれる、そしてNo1を手にできる存在がフェデラーだ。これからもその素晴しいプレイを大いにコート上で繰り広げて欲しい。
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