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第一房 アガシのシンプル・テニス  (2004/05/11)

1999年の全仏オープン男子シングルス決勝、2セットダウンから逆転優勝したアンドレ・アガシの姿を私は今でも脳裏に強烈に焼きつけている。


当時私はまだテニスを始めたばかりで、プロテニスについてもそれほど興味がなかった。だからアガシがこの全仏のタイトルを取れば生涯グランドスラムを達成することも、全仏の決勝には過去2度連続で進出しながら敗退していることも、女優ブルック・シールズとの結婚生活が破局し離婚してしまったことも、ATPランキングのトップに上り詰めた後100位以下にまで落ち、そこからまた這い上がってきていたことも私はこの時点では知らなかった。
私は判官贔屓な性格だから、TVで初めて見るグランドスラムの男子シングルス決勝では当初、アガシの対戦相手アンドレイ・メドベデフを応援していた。私の応援のおかげではないだろうがゲームはメドベデフ優勢のまま進み、アガシは2セット連取(1-6、2-6)された。そして運命の第3セット。相手のビックサーブと自分のミスでほとんどゲームを取れていなかったアガシはようやく落ち着きを取り戻し、6-4でセットを一つ取り返す。TV中継は日曜日の深夜を過ぎ、月曜日の早朝にかかる。翌日仕事を控えている私は、「早く終わってくれ」と決着を引き伸ばしたアガシを恨んだ。しかし、第4セット以降、徐々に私はアガシのプレイに引かれていった。


リズムの良いアップテンポなライジングショットの打ち合い、シンプルでスイングスピードの速いフォアとバック、相手を左右に振りオープンコートに叩き込むシンプルな戦術、コート内に飛び込んでコンパクトなテイクバックからハードヒットするリターン、テンポ良く打ち込むサーブ、脈動感あふれる心地よいフットワーク……まさに見ているものを魅了するテニスだった。
第4セットを6-3で取り、波に乗るアガシは最終セットも5-3とリードし、リターンゲームながらマッチポイントを握る。しかし、メドベデフはココで脅威の粘りを見せ、幾度ものジュースを乗り切りサービスキープに成功する。5-4、マッチポイントを取り切れなかったアガシ、これで勢いは変わるかと思われたが、最後のサーブ・イン・フォー・ザ・チャンピョンシップでアガシは素晴しい集中力を見せ、ポイントを淡々と積み重ね、40-15でマッチポイントを迎えた。メドベデフのリターンがベースラインを超えアウトとわかった瞬間、アガシはラケットを放り投げコーチであるブラッド・ギルバート他スタッフ達のいる観客席に両手を挙げて答えた。メドベデフがアガシのコートにまで入ってきてアガシをたたえた。アガシは泣いていた。TVで解説をしていた松岡修造氏も泣いていた。その後アガシの優勝シーンを何度見ることになるが、アガシが涙を見せたのはこのときだけだった。


この勝利はアガシを大きく飛躍させた。その後全英・全米・全豪とグランドスラム4大会を連続して決勝に進出、しかも全英決勝でこそサンプラスに敗れたものの、全米ではマーチン、全豪ではカフェルニコフをそれぞれ破り優勝している。(その後グランドスラムではさらに全豪を2つ取る。)また、この全仏優勝の際、前日女子シングルスで優勝したグラフと交際するキッカケを得てやがって結婚することになる。
「人は29歳で大きな転機を迎え、そこで行動を起こさなければ平凡な人生を送る」という話を本で読んだことがあるが、まさに29歳のこの全仏優勝がアガシの大きな転機になったことは間違いない。そして私もまた、この直後、仕事上大きな転機を迎えるが、私もまたアガシと同じ、このとき29歳だった。

 

テニスを知れば知るほどアガシのテニスの素晴しさに感動する。
実にシンプルでかつ合理的だ。シンプルでありながら見る人を惹きつけ、飽きさせることがない。

バックハンドは両手打ちの選手の中でもっとも美しい。ラケット面をボールのコースにセットするだけのシンプルなテイクバック。腰を回すと同時に立っていたヘッドが一旦落ち、そこから凄い勢いで右肩まで振り上げられるスイング。ボールをヒットするときもフォロースルーするときも両手の肘は伸びたまま、おそらく肘は脱力され、スイングスピードにより遠心力がかかってきれいに伸ばされるのだろう、「小さなテイクバック・大きなフォロースルー」を絵に描いたようなスイングである。
一見ゴルフスイングのようで、高い打点は打ちにくそうだが、アガシはライジング気味にボールを捕らえるのでバックの打点は低くてよいのだ。高い打点をハードヒットするときはフォアに回り込んでいる。ここら辺も変に完璧主義でなく、自分の持っている技術を有効に活用しようという合理的なスタイルがよい。
スライスショットはあまり美しいとは言いがたいスイングだが、アガシはそもそもスライスを他の選手ほどは使わない。2000年のウィンブルドン準決勝でラフターと対戦したとき、バックのクロスの打ち合いでラフターがスライスとトップスピンを交互に打ち分けてくるのに対してアガシが両手打ちのバックハンドスピンで淡々と打ち返した。あの揺るぎのない安定したバックハンドは実に素晴しかった。
ちなみに私はもともとバックハンドが片手打ちだったが、アガシのバックハンドに憧れ、二年後には両手打ちに変更しまう。

フォアハンドも素晴しい。両手を伸ばして体の横の壁へ手を付くように差し出す独特のテイクバックは如何なるときも崩れない。そこからバック同様ラケット面をボールのコースにセットするとそこから上体を鋭く回してボールを打ち出す。
顔の高さの打点を無理なくフラットで打ち抜き、低い打点では軸を傾けワイパースイングでスピンをかける。
いまどきのプロテニス界では薄い方になるだろうアガシのフォアのグリップは、極圧厚グリップの他のベースラインプレヤーの比べて、器用なほどに様々な打点でのヒットを確実なものにしているのだろう。

ハードヒッターとして知られるアガシだが、対戦相手は「大砲のようなショットがドカンドカンと来る」感じでなく「機関銃のようにダダダダと打ってくる」印象を受けるそうだ。これはアガシのプレイスタイルがスライスやムーンボールをあまり使わず、ライジングからの速いテンポのラリーで相手を動かしオープンコートを作ってそこにウィナーを打ち込むスタイルからだろう。
実にシンプルなゲームプランだ。しかし、シンプルであるがゆえにゆるぎない強さを持っているのだと思う。
基本的にベースラインプレーヤーだが相手のボールが短くなれば一気にネットにつめる。男子選手にしてはドライブボレーの多い選手だ。特にバックのドライブボレーは男子ではアガシくらいしか見たことがない。

アガシの代名詞とも言うべきリターンの素晴しさは、解説自体が難しい。200キロオーバーのサーブでさえ、コートの中に入りライジングでしかもスイングして打ち返す様はまさに芸術である。

サーブはあまり球種やスピード・コースにバリエーションはなく、フォームもストロークとは違い、美しいとは言いがたい。
しかし、アガシはスピンサーブをワイドに打ち込み、相手をコートの外に追い出しオープンコートに打ち込むシンプルなサービスゲームを淡々と続ける。そしてここぞというときにセンターへ高速サーブを打ち込む。ビッグサーバーではないがサービスゲームの安定感は抜群である。
アガシはサーブを打つのにあまり時間を使わない選手だ。ポイント間の時間をかけないだけでなく、サーブのモーションも早い。クイックサーブというわけではないが構えてから打つまでが異常に早いのだ。
小気味よいテンポで進めるアガシのゲームは見ている観客も小気味良くさせてくれる。

普通選手はキャリアを重ねるごとに技が増えていくものだが。アガシを見ていると逆に余計なものが削り取られてどんどんテニスがシンプルになってきているような気がする。そして、シンプルであればあるほど強くなっていくようだ。
サンプラスを始め同世代の選手たちが引退していく中、一人気を吐くベテラン、アガシ。私と同年齢だけに彼への思いは深い。もう引退までの時間はそれほど残されていないだろう。ほとんど完璧の域まで高められた彼のシンプル・テニスを出来るだけ長く見ていたいものだと思う。

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