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2008年テニス界10大ニュース その四
イバノビッチ 全仏優勝

 

如空がプロテニスを観戦し始めたのは1999年からである。今年でちょうど10年たったことになる。この間のグランドスラムにおける女子シングルスの優勝者を振り返ってみよう。
年:全豪優勝者・全仏優勝者・全英優勝者・全米優勝者で表記すると

1999 ヒンギス グラフ ダベンポート セリーナ
2000 ダベンポート ピアス ビーナス ビーナス
2001 カプリアティ カプリアティ ビーナス ビーナス
2002 カプリアティ セレナ セレナ セレナ
2003 セレナ エナン セレナ エナン
2004 エナン ミスキナ シャラポワ クズネツォワ
2005 セレナ エナン ビーナス クライシュテルス
2006 モーレスモ エナン モーレスモ シャラポワ
2007 セレナ エナン ビーナス エナン
2008 シャラポワ イバノビッチ ビーナス セレナ

となる。これを優勝者の国籍別に見るとUSA21回、ベルギー7回、ロシア5回、フランス3回、スイス・ドイツ・セルビアがそれぞれ1回づつである。スイ スとドイツは最初の1999年全豪ヒンギスと全仏グラフによるカウントだから、2000年以降は見事に米・白・露・仏の4大強国に支配された10年間だっ た。2008年全仏でようやく米・白・露・仏以外の国籍を持つグランドスラムタイトルホルダーが現れた。それがセルビアのアナ・イバノビッチである。

2007年の全仏で決勝まで進むが、エナンに初優勝を阻止された。そして、今年年頭、全豪で決勝まで進出するが、今度はシャラポワに阻止された。そして 2008年全仏決勝、サフィーナを相手にストレートで勝利し、三度目の挑戦でようやくグランドスラム初タイトルを手にした。

イバノビッチは全仏タイトルを取ると同時にWTAツアーのエントリーランキングでもNo1となった。直前に引退したエナンが自身のポイントの即時抹消を WTAに依頼し、それが受け入れられたため、突然巨大な壁が取り除かれたような状態にツアーはなっていた。そのチャンスをイバノビッチはつかみ、女王の座 に着く、まさにエナンから女王の座を受け継ぐ美しき継承者に見えた。

だが残念ながらイバノビッチはNo1を維持できず、今年の後半は失速気味であった。イバノビッチの成績を見て面白いと思うのは、彼女自体のプレースタイ ル、つまり低い弾道のフラットドライブ主体の早い展開のテニスは、どちらかというと早いサーフェイスであるハードの全米や芝の全英などに適しいていると思 うのだが、実際はクレーの全仏で実績を上げているところである。彼女の早い展開の攻撃は、早い切り替えしを受けてしまい、それが彼女のディフェンスを振り 切ってしまうところがあるように見受けられる。ここを改善していかないと、速いサーフェイスでのビックタイトルは難しいかもしれない。

それでもWTAでは久しぶりに見せた新勢力の台頭である。その象徴とも言うべきイバノビッチの全仏初優勝にここから拍手を送りたい。


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