テニスのお寺  電脳網庭球寺

 

山門

講堂

夢殿

僧房

経蔵

宝蔵

回廊

 

夢殿

 

 

 

2006テニス界10大ニュース その八
ロディックにコナーズが、マレーにギルバートがそれぞれコーチに就任、結果を出す。

 

ある程度実績を出している選手に対して、コーチが代わったからと言って、すぐには結果が出ないものだと個人的には思っている。試合中のコーチングが許されないていない今のプロテニスの世界ではなおのことだ。だがギルバートは違った。彼はアガシとの契約が切れた後2003年にアメリカ期待の星だったロディックのコーチに就任、いきなりロディックをウィンブルドンSFまで勝ち進めさせ、北米のハードコートシーズンを負け知らずで主要な大会を連破、ついに初のグランドスラムタイトルを全米で奪取させることに成功した。それだけでなく、2003年の年末、年間最終ランキングNo1にまでロディックを押し上げた。「ギルバートはいったいロディックに何を教えたのだ」と人々はその偉業に驚嘆の声を上げ、ギルバート・マジックと称えた。

その後、ギルバートはロディックの元を去る。色々とロディック陣営の面々といざこざがあったらしいが、あのままギルバートがロディックのコーチをしていれば、その後のロディックはどんなキャリアを経ただろうとついつい想像してしまう。

そのギルバートが今年になって、今度はイギリス期待の星、アンディ・マレーのコーチに就任したのだった。イギリスは長らくヘンマン以降の選手が育たずに失望感が漂っていた。そこに久しぶりに大器の予感をさせる熱い男マレーが現れ、世界は徐々にその資質に期待し始めていた。その矢先のギルバートのコーチ就任のニュースである。「ギルバート・マジックの再来なるか」と興味半分の視線を全身に受けて、マレーとギルバートのコンビは真夏の北米大陸ハードコートシーズンにのぞんだ。ワシントンのレッグ・メーソン・テニス・クラシックでいきなり決勝に進む。決勝で曲者クレメンに敗れ初タイトルは逃すが、手ごたえは十分だったろう。

マスターズシリーズMS第六戦トロント大会で準決勝まで勝ち進み、その翌週、MS第七戦シンシティナティ大会二回戦でなんとフェデラーに勝ってしまった。マレーは今年、ナダル以外でフェデラーに勝った唯一の選手なのである。これからどんな活躍を見せてくれるのか。ギルバート・マジックの新たなる成果を見てみたいものだ。

ところでシンシナティ大会でフェデラーを破ったマレーを止めたのは、ギルバートに去られたロディックだった。ロディックはその直前に伝説の男ジミー・コナーズをコーチに迎えた。そして今度は「コナーズ・マジック」を体現して見せたのだった。彼は決勝まで勝ち進み、かつて全米を征した時の決勝の再現である、フェレーロとの一戦を見事なテニスで締めくくり、久しぶりに大きな大会での優勝を果たした。そして全米でフェデラーの待つ決勝へと進んだ。勝てはしなかった。だが希望の持てる内容だった。少なくても今までのような力をもてあましながらも上手くいかずにすねている子供のようなテニスではなかった。困難な仕事をやり遂げるべく、黙々と自分のやるべきことをやる。そういう大人の男のテニスだった。そしてツアー最終戦マスターズカップのラウンドロビン、ついにロディックはATPに君臨する圧倒的強者、自らを自信を徹底的に打ち砕いてくれた男、ロジャー・フェデラーからマッチポイントを握るとこまで追い込んだ。後一本、後一ポイントでフェデラーを倒せる。だがその強い思いは彼の最大の武器であるサーブの手元を狂わせ、ダブルフォールトで貴重なチャンスを逃がして逆転を許し、ロディックは対フェデラー戦連敗記録を更新して終わった。

フェデラーは警戒感を強めていることだろ。かつてサフィンもナダルもこのようにして接戦の末、敗れはしても「フェデラーは手の届くところにいる」と自信を深め、そしてついには打倒フェデラーを成し遂げたのだった。次の再戦では徹底的に叩いて、その目覚め始めた自信を再び叩き潰しておかなければ厄介なことになる。そう思ったことだろう。

だが、自信とは人を変えるもだと、ロディックを見ていてつくづく思う。ロディックのテニスを見る限り、去年からのスランプの時期と今年夏からの快進撃の時期を見比べて、技術的に何が変わったという部分はほとんど見当たらない。ただミスを減らし、攻めるべきときは攻め、やるべきことただひたすらやっているだけである。やるべきことすれば結果は必ず出ることを信じているからこそ取れる態度である。「自分自身を信じる強さ」を与えたのはコナーズであろう。いったいロディックにどんな言葉をかけたのだろうか。その言葉をどう信用させ、信じさせることができたのだろうか。とにもかくにもコーチの力量というものの大きさを見せ付けられた出来事だった。

今年は他にもフェデラーが全仏を制覇し生涯グランドスラムを達成するための精神的サポートにトニー・ローチをパートタイムながらコーチとして迎え、クレーシーズンをナダル以外の相手には無敵の状態を作り出すことに成功したが、クレーの上での打倒ナダルは果たせなかった。また沈んでいたサフィンに息を吹き込み、生き返らせたピーター・ルンドブレンがサフィンのコーチの職を去った。去年の打倒フェデラーの末の全豪制覇のはルンドブレンなしでは為しえなかっただろう。だが、ルンドブレンをもってしてもサフィンを長期にわたってメンタルで安定させることはできなかったということだろうか。それだけに今年のギルバートとコナーズが果たした仕事は賞賛して有り余る業績といえる。コーチの存在感の大きさをまざまざと見せ付けられた一年であった。


戻る