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2006テニス界10大ニュース その七
ヒンギス現役復帰

 

1999年全仏オープン男女決勝でそれぞれ生涯グランドスラムの達成をかけた戦いが繰り広げられていた。男子のアガシは2セットダウンからの大逆転で四大大会制覇をなし遂げ、29歳からの第二の黄金期をそれ以後迎えることになる。一方女子の決勝では既にグランドスラムを達成していたグラフがまだ二十歳にもなっていない、アガシとグラフから見ればちょうど10歳年下の新女王である彼女を,奈落のそこに突き落としていた。観客たちと共に。その後彼女はグランドスラムの準決勝にも決勝にもに何度も進むが、ことごとくパワーテニスの前に敗れ続け、それ以後グランドスラムタイトルを取ることはなかった。やがて足の故障を理由に若くして引退してしまった。直接の理由は足首の故障であるが、それは言い訳でしかない。根本的な理由はウィリアムズ姉妹・ダベンポート・カプリアティといったアメリカ勢のパワーテニスに前に自分のテニスを展開することができなくなり、勝つ自信を失って、挫折した末の引退だった。心を挫かれて、自信を砕かれて、そしてまだ十分に若い彼女はコートを去っていった
その彼女がコートに帰ってきた。ヒンギスがコートに帰ってきたのだった。

復帰直後こそ、苦しい展開を余儀なくされたが、「自分の庭」とまでかつては言っていた得意の全豪のサーフェイスで、彼女の才能は再び開花する。初戦ズボナレワ戦で相手を前後左右に振り回してオープンコートにウィナーを叩きこむヒンギスのテニスが展開された。ヒンギスのテニスがかえってきたのだ。ブランクなどものともせずQFまで勝ち進む。QFはエントリーランキングNo1経験者にしてグランドスラムタイトルホルダーである「女王」達の一人クライシュテルスであった。さすがにクライシュテルスには勝てないだろうと思ってみていたが、何の何の、負けはしたがフルセットの好勝負であった。パワーテニスに対抗する準備を十分にして彼女はコートに戻ってきていたのだった。

圧巻はその一週間後の東レパンパシフィックオープン準決勝対シャラポワ戦である。ここでヒンギスは最高のパフォーマンスを展開して「女王」の一人であるシャラポワを一蹴したのだった。あれは実に見事な、すばらしいテニスだった。東レは決勝でディメンティエワにまさかの敗退を喫して優勝を逃したが、その後ティアT大会ローマで優勝。その実力は十分トップクラスにあることを示し、最終戦のツアー選手権への出場権でもあるエリート8の一人になった。

後半はやや失速気味で、本人ももう少し勝てるはずと悩んでいるようだ。如空はヒンギスのファンであるが、冷静に見るに今のヒンギスがエナンとクライシュテウルス、あるいは今年後半に自信をつけたモーレスとシャラポワに勝つには、もう一つ何かがかけているかのように思える。それは技術面やフィジカルの面ももちろんあるが、最後まで勝ちきる勝利への執着心のようなものが最後にものを結いう場面で発揮されていないところにあるかのように思える。

自信を打ち砕かれた形で引退したヒンギスが、モチベーションをここまで高めてツアーに戻ってきたことはそれ自体が脅威である。自信を回復しつつあることも喜ばしいことだ。それですぐに打倒ベルギー勢と行かないところが現実の厳しいところである。だが、一度挫折から再び挑戦することを選んだ彼女の心はもう簡単にくじけたりはすまい。今度こそ、最後まで貫き通すことだろう。失った何かを完全に取り戻すことは難しいかもしれないが、今度は途中下車はすまい。納得いくまで最後までやりとおすだろう。あの見事な自分のテニスを発揮しながら。


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