青が散る テニス名場面集 その一
「テニスそのものは、燎平よりも金子の方が数段優っていた。ただ、金子はどうにも足が遅かった。それはテニス選手としては決定的な弱みであった。燎平は逆に足が速かったので、金子の打ってくるボールを、ただやみくもに拾いまくって、ミスしないように返していれば五分にわたりあえるのだった。」
フットワークは最大の武器。これがテニス。特にシングルスでは技術よりまずコート中を走り回れるかということが大きい。テクニシャンやハードヒッターがシコラーにいなされるシーンを如空は何度も見ている。
「慌てても、焦っても、マッチポイントは近づいてこなかった。取ったり取られたりしながら、たんたんと積み重ねるしかないのだった。営々と近づいていくしかないのだった。」
テニス部が活動を始めて半年、燎平が知ったこと、それがこの言葉。燎平はこのポイントを「積み重ねていく執念のようなものが、物事の対処する姿勢の中に生じ」自分が半年で変わったと言っている。
「『一流になるには、変則的なテニスでは限界があるけど、オーソドックスな素直なテニスは逆に三流の壁が越えられへん。・・・・・・俺の言うとおりにしたら二流の上になれるで』
『二流の上て、どんなテニスやねん?』
『一見、無茶苦茶でヘタクソに見えるけど、試合になったら、なかなか負けよれへん、そんなテニスのことやなぁ』」
ニヒルな皮肉屋、貝谷朝海の登場である。彼は独特のテニス理論を持っている。曰く「二流の上は一流の下よりも強い」である。変則でもそれに徹して磨きをかければそれはそれで強くなる。「力いっぱい変則に徹したら、それはそれで正統やと言うことや」と貝谷は言い切っている。草トーでもプロの世界でも、この理論を体現している人はいる。とても奥深い言葉である。
「本当に判ってきたのは、ボールの打ち方だけでなく、試合の勝ち方だった。勝つためには、勝つための方法があったが、燎平は自分の打つ球が、派手な威力はなくても確実にコートに入っていく自信を得たことで、それを会得したのだった。」
二回生になった燎平はストロークをフォアバック共に両手打ちに改造する。回転主体のストロークを手に入れるためだ。やがてフォアは片手、バックは両手になり、スピン・スライス共にスピードは落ちるがその代わりに安定を手に入れた。そして、そこで初めて戦術・戦略・メンタルの大切さを知る。ストロークの安定が如何に大事かを物語る。
「強いということと、上手いということは、別の次元のことであった。勝負に関する限り下手だから弱いといえないところがあった。下手なくせに、なかなか負けてくれない相手がいた・・・・」
勝負は技術だけは決まらない。
「どんな大会でも、三回戦ぐらいになると、ボールの飛び方がそれまでの試合とは違って見えるようになるのだが、それは選手の力量がある一定のレベルを超えてくるためであることに燎平は気づいた。」
テニスは対戦スポーツなのでよいテニスをするためには一定以上のレベルの相手を必要とする。両者の間に極端なレベル差があると上級者側のテニスもおかしくなってしまう。テニスが安定するのはやはり草トーのトーナメントではベスト4くらいからだろう。
「『君のボール、おもしろいよ。初めは面くらって、タイミングが狂っちゃった。もう二、三年したら、強い選手になるよ。ネットプレーをうんと練習するんだな。』それから、と滝口は言葉をついで『テニスはサーブだ』と言った。」
関西選手権で三回戦に進出した燎平が対戦したのは社会人の滝口選手。燎平は試合開始すぐに格が違うと悟る。燎平はなす術もなく敗北。試合後会話を交わす燎平と滝口。滝口は試合の途中、燎平が持久戦に持ち込もうとして止めたことを指摘し、粘るならとことん粘れと語る。どんな選手でも必ず調子が悪くなる瞬間が来る、「それを待つんだ。待っている間に、強くなっていくんだよ。」と。そして最後に上記のアドバイスをする。この「テニスはサーブだ」という一言は、後に燎平がサーブの特訓のすえ、ビックサーブを手に入れるきっかけとなる。敗戦を成長の糧に出来るような対戦相手との交流が素晴しい。
「燎平は自分の我慢強さが楽しかったし、苦痛やら疲労やらに耐えることが心地よかった。」
練習後、十キロのランニングをやり始めたテニス部。おかげで新入部員が3人辞めたが、燎平たちは徐々に体力を手に入れつつある。体育会はこうでなければ。
「彼は毎日、練習の始まる一時間前にコートにやって来て、一人でバケツに十杯のボールを打ちつづけたのであった。」
入学当初、燎平と互角だった金子はこの時期燎平に5回に3回は勝てるようになっていた。それは長身を生かした高い打点のスピンサーブを手に入れたからだ。それがオンラインで打たれて燎平はリターンで手一杯になる。黙々と一人でサーブの練習に打ち込む金子。学生の特権だなあ、そんなにテニスに打ち込める環境がうらやましい。その情熱がうらやましい。
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