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空の如く(2005/05/06)

 

とある人から私のHN(ハンドルネーム)である「河内房如空」の由来について聞かれた。よく考えたらプロフィールにもそのことには触れていなかった。別に大層な意味があるわけではない。

HPの名前を「テニスのお寺 電脳網庭球寺」としたことでやはり管理人の名前は坊さんのような名前がよいと勝手に考えたことが始まり。平家物語に出てくる「武蔵坊弁慶」や「常陸坊海尊」のような平安末期の天台宗系の僧の名前のスタイルにした。単にその方が格好良さそうだったからである。

「河内房」というのは私が大阪府の河内の国出身であることにちなんでつけた。

「如空」という名の僧は歴史上、有名なところで3人ほどいるらしい。一番有名なのは真言宗密教の開祖弘法大使空海で、空海は生涯何度か名を変えている。幼名は真魚、その後、無空、教海、如空と名を変遷し最後に空海となったと伝えられる。そのほか浄土宗鎮西歴代の如空、石山本願寺一向宗の中興の祖蓮如の第十一子如空、など日本の仏教史上、高名な僧の名として知られているらしい。

しかし、そんなことは「如空」の名をHNに使うようになるまで知らなかった。知らずに私が勝手につけた。意味は読んで字のごとく、「空の如き」という意味である。コートの上で、「無の境地」に至れるようにという願いが込められている。子供の頃見た時代劇TVドラマ「影の軍団」で千葉真一演じる主人公、伊賀の服部半蔵が各話の最後、相手のボスキャラと対決するとき、「わが身既に鉄なり、わが心既に空なり、天魔覆滅」という決め台詞を決めてから斬り合いに入る。それが子供心にとてつもなくカッコ良く、映像と台詞が鮮明に残っている。戦いに臨む直前は半蔵のごとくクールにクレバーに、冷静沈着にして大胆不敵、「無の境地」に心を至らせて戦いに臨むものだと信じていいた。余計な事は考えない、目の前の一ポイント、一プレイにのみ集中する。過去も未来も関係ない、今そこにある一プレイに集中する。まさにその心は「空の如くあれ」である。

いまだにそんな境地には遼に及ばない。完全に名前負けしている。「如空」でなく「遼空」の方が今は似合っている。如空になれる日はいつおとづれるのか。