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小さな奇跡(2004/11/14)

 

中学でも高校でも、1500m走で早い連中はバスケ部かテニス部だった。野球部でもサッカー部でもラグビー部でもなくバスケとテニスだった。如空の学校だけのことかと思ったが、周囲に聞いてみると他でもそういう学校が結構あった。この前パンクを修理してもらったバイク屋のオヤジもそういっていた。テニスはそれだけしんどいスポーツだということだ。とにかくコート中を走り回らなければならない。

テニスでは、ボールがネットを越してコート内に入れなければならない。このことがテニスをとても難しくしている。真っ直ぐに飛ばせない、遠くに飛ばせない、思いっ切り打てない。回転をかけてボールをコントロールしなければならない。ゴルフの打ち放しや野球のバッティングのようなカルタシスを感じることはない。

テニスは、試合が出来るようになるまでに時間のかかるスポーツだ。サーブ・リターン・ストローク・ボレーを一通り出来ないと試合にならない。フォアハンドだけでラリーが出来るようになるのにも一回や二回テニスをしただけではうまくいかない。ましてやサーブやスマッシュなどのオーベーヘッドスイングショットは習得がとても難しい。スクールに数年通っても打てない人もいる。

ゲームとセットを取るためにはポイントを積み重ねなければならない。相手と2ポイント以上離して4ポイント以上獲得なければゲームが取れないし、2ゲーム以上離して6ないし7ゲーム取らなければならない。タイブレークになっても2ポイント以上離して7ゲーム以上を取らなければならない。そして、テニスはミスが即失点になるスポーツだ。リードしてから逃げ切ることは出来ない。ポイントを守るだけでも駄目だし、タイムアップもない。勝利に必要なポイントをとりきることが必要だ。それだけに、テニスは自滅が起こりやすいスポーツだ。

70年代〜80年代に青春を過した人たちは、テニスをしているというと「女の子がいっぱいいるでしょう」という。しかし現代、コートに若い女の子とはほとんどいない。今時日の当たるところに女の子は出てこないのだ。ならインドアコートにいるかというとそうではない。テニスは流行じゃないし、何せしんどいしストレスがたまる。女の子がいないので、出会いを求める若い男の子もいない。コートはゴルフやカラオケボックスのような社交場でなく、男女ともテニスオタクたちの修行の場になっている。

テニスは対戦スポーツだ。相手を必要とする。そして一球ごとに相手とボールを打ち合うスポーツだ。それだけに、テニスを楽しむためには相手側にもある程度の技量を必要とする。技量に差がありすぎるとテニスにならない。そして男と女、若者と老人ではプレイスタイルがかなり違う。違うタイプの相手とのテニスはなかなかかみ合わない。テニスは老若男女誰でも楽しめるスポーツだが、老若男女誰とでも楽しめるスポーツではない。

テニスは孤独なスポーツだ。一人で黙々とプレイする。だから常に自分の気持ちを言葉に出さないと気がすまない人、常に人とコミュニケーションをとっていたい人には不向きなスポーツだ。ダブルスはコンビプレーだがペアとプレイ中目を合わせる事はないし、試合中の会話も作戦意図の確認であったりして所謂コミュニケーションというわけでない。一度自信を失い、落ち込んだ人を救うことは難しく、ペアは無力だ。落ち込んだ人は自力で復活するしかないのだ。テニスは厳しい。

草野球・草ラグビー・草サッカー・ママさんバレー、どれも試合では審判が付くのに草テニスではほとんどがセルフジャッジで行う。テニスをしている人で、生涯一度も審判付きの試合をしたことがないという人がほとんどではないだろうか。プレイだけでなく審判もしなくてはならない。このことが初心者には試合を憂鬱にさせる。

大人になってからテニスを始めた人が、テニスを好きになり、テニスを面白さに目覚め、テニスを続けるようになるのは非常に難しいことだ。ほとんど奇跡に近い。
如空はそんな奇跡の一つだ。とても小さな奇跡だが、そんな小さな奇跡をもっと増やすべく、この奇跡を伝えていこう。