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フェデラーのガリア戦記2006 (全仏2006スペシャルエディション)

 

2006年05月28日 フェデラーのガリア戦記2006 坂の上の雲

一年前、全仏男子シングルス準決勝で予想された対戦カードは世界中の注目を集め、期待通りに実現し、その結果は偉大なる記録の達成を阻止しただけでなく、ATPにおけるトップ選手たちの力関係に大きな影響を与えた。それ以後、勢力地図は塗り替えられたが、それでもATPに君臨する皇帝の座は揺らぐことはなかった。今年のヨーロッパクレーのシーズンが始まるまでは。
ロジャー・フェデラーが生涯グランドスラムの達成と年間グランドスラムの可能性を拡大させるべく、今年もガリア(フランス)の地に乗り込んできた。しかし、ここに至る道のりも、これからの道のりも、共に去年より厳しいものとなった。フェデラーが全仏オープンのタイトルを取るための最大の障壁、ラファエル・ナダルの存在は対戦を経るごとにその大きさと重みを増しつつある。この2人がこの全仏の決勝で当たることは去年の後半からずっと予想され続け、確実視されてきた。フェデラーにポイントで圧倒的大差をつけられているとはいえ、ナダルがこの一年で稼ぎ上げたATPランキングポイントは過去の歴代No1選手たちのポイントを上回るものであり、クレーコートだけでなく、年間を通じてナダルがATPツアーNo2であることは今や歴然たる事実である。エントリーランキングのNo1とNo2がグランドスラムに出場すればシード1・2となり、決勝でしかその対戦はありえない。対戦成績6戦5勝1敗、ナダルは全ての対戦でフェデラーから2セット以上を奪っている。ヘンマンもナルバンディアンも対フェデラーの対戦成績は勝ち越しているが、それはフェデラーがNo1になる前に稼いだ勝ち星を換算してのことである。フェデラーがNo1になりATPに君臨する圧倒的強者になってから大きく勝ち越している選手は世界で唯一ナダルだけである。
去年の全仏SFでは1-3でフェデラーは負けた。雨により進行が遅れた上に直前のプエルタ対ダビデンコが白熱のフルセットマッチを行ったため、試合開始が大幅に遅れた。2005年MSマイアミ決勝での大苦戦から始まった対ナダルへの意識過剰、サウスポーからのトップスピンにまだ完全にアジャストしていないためと思われるフォアハンドの回り込みの際のミス多発、日没順延を予想して集中力を最後に切らしていたという油断もあっただろう。言い訳は多々あるだろうがフェデラーは負けた。
そして2人の再戦はその後のグランドスラムでもマスターズシリーズでも実現しなかった。
ところが今年全豪が終わり、春のアメリカハードコートシーズン突入しようかという直前のドバイ決勝で2人はいきなりぶつかった。第一セットは2-6フェデラーが取った。しかし、第二・第三セットは6-4でナダルが取った。ベストオブ3セットマッチ、ナダルがハードコートでフェデラーを破った瞬間であった。
そしてヨーロッパクレーコートシーズン突入、MSモンテカルロ決勝で2人は5度目の激突、3-1でナダルの勝利、フェデラーはナダルの前に封じ込められた。もう言い訳はない。ナダルはフェデラーに対して完全に優位に立った。挑戦者となったフェデラーはナダル対策に万全の体制を整え、MSローマの決勝に挑む。対ナダル戦略は功を奏し、フェデラー優位で試合は進む、しかし、ナダルは崩れない。フェデラーに喰らいつき、脅威の粘りとカウンターショットが奇跡を何度も生む。その反抗の前に崩れたのはフェデラーのほうだった。最後にナダルのフォアハンドの連続強打は優位にあったフェデラーを文字通り「押し戻し」、力でねじ伏せた。5時間を超える激闘を制したのはまたもやナダルだった。
ナダルとフェデラーの距離はモンテカルロの時点よりローマの時点の方が縮まっている。戦術・技術・パワー・体力面では実はクレーの上でも両者は互角なのかもしれない。しかし、勝利を重ねる度にナダルの中で大きく強くなっていくもの、同時に敗戦を重ねるごとにフェデラーの中で揺らぎ失われていくもの、それは「自信」である。
如空はATPにおいてグランドスラムタイトルホルダーにしてエントリーランキングNo1経験者を「王」と呼ぶ。如空の知る限り現役選手の中で「王」はアガシ、モヤ、サフィン、クエルテン、ヒューイット、フェレーロ、ロディックの7人である。しかし、ロディックの後を受けて現在までNo1を維持し続けるフェデラーは彼ら「王」と同列に語るにはあまりにも強すぎる。全盛期のサンプラスでさえ、これほど圧倒的ではなかった。2004年の全米オープン決勝でヒューイットに圧勝してリトルスラム(年間グランドスラム3勝)を達成したとき、如空はその圧倒的強者の出現を前にして「王」という称号は役不足と感じ、勝手に「皇帝」という称号を与えて、今日までフェデラーを皇帝と呼んできた。
その皇帝の強さを支えている基盤は何か。如空は2004年のマスターズカップ決勝で再びヒューイットに圧勝して優勝したフェデラーに対して次のように述べている。
「・・・・・・しかしいったい何なんだこの強さは。スピード・パワー・テクニック、あらゆる点でフェデラーが超一流である所は異論がないだろうが、それ以上に凄いのはメンタルだ。まったく迷いがない。悩まない。揺らがない。崩れない。攻めていても、攻められていても変わらない。持っている力がずば抜けているだけでなく、その力を常に100%発揮できている。
大学のセンター試験や自動車免許の試験でおなじみのマークシート試験、このマークシートで同じ番号が続くと、自分の回答に不安が出てきて「自分では正しいと思っているが、実は間違えているのではないか、こんなに同じ番号が続くはずがない」と考えてしまい、自分では正しいと思っている回答を違う番号に変更した経験はないだろうか。如空はそんなことは日常茶飯事だ。しかし、フェデラーなら、そんな状況でも自分の判断を信じて、決して回答を書き換えたりしないだろう。
自惚れとは「自分にない力があると思い込むこと」であり、自信とは「自分の力を信じること」という。まさに今のフェデラーを支えているのはゆるぎなき「自信」、微動だにしない「自信」である。
フェデラーにもピンチなる場面はある。しかし、彼は崩れない。あきらめない。苦しい状況が続くと「このポイントは捨てて次のポイントからがんばろう、このゲームは捨てて、次のゲームでがんばろう。このセットは捨てて、この試合は捨てて、この大会は捨てて、このシーズンは捨てて、次からがんばろう」と、いい訳を心の中で作ってあきらめてしまう。そんなことはフェデラーにはないのだろうか。リセットして仕切り直したいと誰もが思う場面で、フェデラーはその状況から逃げずに、耐えて、しのいで、チャンスを呼び込み、モノにして最後に必ず勝つ。強い。本当に強い。
追うより追われるほうが精神的に辛いものだ。特にポイントを積み重ねていくテニスという競技ではなおのことだ。リードすることも大変だが、リードを守って勝ちきることはもっと苦しい。それを黙々とやってのけるフェデラーは強い。」と
今年の全豪オープンはフェデラーにとって優勝こそすれ厳しい大会だった。4回戦対ハース戦、QF対ダビデンコ戦、SF対キーファー戦、そしてファイナルの対バクダティス戦とどれもセットを落とし、相手を圧倒することが出来ず、苦しい第二週であった。ロディック・ヒューイット・アガシ・サフィン・ナダルなどのビックネームが相手ではない。そこでこれだけ競る試合になるというところにATPツアー全体のレベルの底上げが感じられる。決勝に進む確率が100パーセントに近いフェデラーはそれだけ多くの試合に出場し、それだけ多くの選手の目に触れ、対戦し、研究される。ツアー全体がフェデラーとの距離を詰めてきているのだ。それでも勝ちきった。それはフェデラーが自らの勝利を信じて揺らがなかった「自信」があってのことだろう。だから崩れなかった。
そのフェデラーの強さを支えていたもの、皇帝の「自信」が今揺らいでいる。
少なくてもMSローマ決勝の試合内容を見る限り如空にはそう見える。攻めるべきときに攻め切れなかった。彼が築き上げ、自ら「美しい」と自画自賛するテニス、それをやりきれなかった。自分を信じることが出来なかった。自信が揺らいだのだ。

「メンタルが強い」のはプロのテニス選手としては当たり前のことだ。だが、精神的に強いか弱いかとは別に、人間の性格は大きく「楽天家」と「悲観論者」に別れる。果たしてフェデラーは楽天家だろうか。ウィンブルドンでは優勝の度に泣いている。今年は全豪でも優勝したとき泣いた。如空はフェデラーが「悲観論者」だと思っている。確かめる術はない。単なる如空の憶測である。
恐怖とは想像力だ。「悪いことが起こるのではないか」と想像してしまう。それは性格であり、もって生まれた宿命であり、外的要素で変えられるものではない。楽天家が考えもつかない悪い予想をついつい想像してしまう。それが恐怖であり、恐怖が悲観論者を支配する。しかし、悲観論者が精神的に弱いわけではない。「悲観的に計画して楽観的に行動せよ」とはよく言われることである。悲観的な予想が実現してしまわないように、危機を予測し、それを回避する術を考え、その手段を身につける。あらゆる準備をやりきって勝負に臨む。何が起こっても大丈夫、十分に準備した。その思いが心の奥底からわきあがる悪い想像、恐怖を封じ込め、最後まで自分のプランが正しいことを信じて貫き通す。それが恐怖に打ち勝つ術だから。それが「自信」なのだ。勝利のあと、悪い想像が実現しなかったことに対する安堵の涙を流すことは決して弱さを見せることでもなければ恥じることでもないのだ。
皇帝よ、どうか自らを信じて貫いて欲しい。私はあなたを「皇帝」と呼び、あなたが自らを信じる強さを尊敬し、誇らかに仰ぎ見てきた。そのことを失望させないで欲しい。あなたが強い存在であったればこそ、あなたを負かしたサフィンやナダルやナルバンディアンが光り輝くのだ。ロディックもヒューイットもあなたに勝てない悔しさに身を焦がすことがあってもけして恥じてはいないはずだ。あなたは常に自らが美しいと自画自賛するテニスをやり通して、前のみを見つめて歩き、コートの上で輝いているべきだ。消極的姿勢や相手のミスを待つことなどが皇帝のテニスになりうるか。比類なき覇気と攻めの姿勢こそが皇帝の真価なのだ。
司馬遼太郎が日露戦争を描いた大河小説の題名は「坂の上の雲」である。なぜ「坂の上の雲」という題名なのかは小説を読んだだけではわからない。それは単行本第一巻のあとがきを読んではじめて理解できる。司馬氏は明治が歴史の教科書で教えられているような暗いだけの時代ではなかったという。これほど楽天的な時代はなかったと。明治日本を作ったのは幸福な楽天家たちだったと。その楽天家たちが自ら作り上げた近代国家をもって大国ロシアとの戦争という途方もない大仕事にかかる姿をこの小説で書こうと思ったと。そして「楽天家たちはそのような時代人としての体質で、前のみを見つめながら歩く。登って行く坂の上の青い天にもし、いちだの白い雲が輝いているとすれば、それのみを見つめて坂を上ってゆくであろう。」と
けっして楽天家ではないだろう、皇帝ロジャー・フェデラー。おそらくは悲観論者であろうこの「皇帝」が自ら作り上げたテニスで生涯グランドスラム達成という大仕事に取り掛かる。彼の前途は決して平坦でなく坂道を登っていくかのように多くの困難が待ち受けるだろう。そして坂を登りつめた先に待つであろう決勝の相手ナダルはフェデラーの今までのテニスキャリアにおいて最大の障壁として立ちふさがるだろう。いま、フェデラーに必要なのは「自らを信じる」事だ。全仏タイトルという坂の上の雲を目指してフェデラーがゆく。その過程を今年も「フェデラーのガリア戦記」として書き記そうと思う。結末がどうなるかはまだわからない。

 

2006年05月29日 フェデラーのガリア戦記2006 第一回戦

ドローではフランスの曲者クレメンと当たる予定だったが、突如クレメンが欠場を表明。左太ももを痛めたらしい。替わりに皇帝の初戦の相手に選ばれたのはハルトフィルド。見たことも聞いたこともないない選手だ。
フェデラー 75 76 62 ハルトフィルド
ストレートだが、第一第二セットは大苦戦じゃないか。WOWOWアナログの放送は第三セット途中からの放送だったので、フェデラーが圧倒する場面しか映像で見られなかった。解説によるとバルトフィルトのストロークが当たりに当たっていたらしい。それでもセットを落とさず第三セットは堂々の横綱相撲、良い出だしではないだろうか。
ところで、今年から全仏は開会日程を全14日から全15日と一日伸ばし、日曜日開幕を実施した。フェデラーはその記念すべきグランドスラム初の日曜日開催の初日に登場したわけだが、本人はいたくご不満のようである。この日曜日は休みたかった、第一週の二日に一度の試合ペースが崩れるのはイヤだと多方面に働きかけたが、彼の願いはかなえられなかった。二回戦は二日後である。調子を崩さず言ってもらいものだ。

 

2006年06月02日 フェデラーのガリア戦記2006 第二回戦

2006全仏二回戦 フェデラー 61 64 63 ファーラ
見事な横綱相撲で押し切った。雨の中断なぞ、モノとはしない。一回戦で妙に苦戦しただけにここで圧勝が出来てよかった。三回戦の相手はマスーである。これからはなかなかのタフドローが待っている。その前に自分の勝ちパターンをいいイメージで再現することが出来た。このイメージを維持して行って欲しいものである。

 

2006年06月03日 フェデラーのガリア戦記2006 第三勢力侮り難し

全仏2006男子シングル3R フェデラー 61 62 57 75 マスー
フェデラーがマスーを突破した。3回戦で早くもセットを落としたが、それほど落胆はしていないだろう。クレーではもともと試合そのものが長引くのだ。
さて、皇帝の上る坂道はこのあたりから勾配がきつくなる。順当に行けば4Rベルディッヒ、QFロブレド、SFナルバンディアンである。よりにもよってこの三人がフェデラーの山にいる。しかも順番に当たるというこの因縁はなんだ。「この三人」とは、2004年最終戦TMC(マスターズカップ)から直前の2006MS(マスターズシリーズ)ハンブルグ大会までのこの約一年半、TMCを含むマスターズ格の大会でフェデラーとナダル以外に優勝した事のある選手はわずかに三人、それが2005年MSパリ大会優勝のベルディッヒと2006年MSハンブルグ大会優勝のロブレド、そして2005年TMC優勝ナルバンディアンの「この三人」なのである。フェデラーとナダルの両雄が二強状態で君臨する現ATPツアーにおいて、サフィン・ロディック・ヒューイットが失速している今、事実上両雄を追撃する「第三勢力」をあえて挙げるならこの三人だろう。特にこの三人、クレーでも強い。いや、対フェデラー戦を想定すると、クレーのほうが強い。マスーは1セットダウンですんだ。だがこの三人との対戦はたとえ勝っても、何セットもっていかれることか。まして、対ベルディッヒ戦、対ロブレド戦でフルセットマッチとなり、疲れ果てたところで対ナルバンディアン戦が長引くこととなれば最悪のシナリオだ。去年の年末TMC決勝敗退の再現となりかねない。たとえ勝ってもその先でナダルと当たるのに「万全の体制」とはとてもいえまい。ナルバンディアンの代わりにガウディオかダビデンコが来てもその厳しさには変わりない。
フェデラーが大会で優勝する確率の高さは驚異的である。それは試合に勝つ強さだけでなく、トーナメントを最後まで勝ち抜く強さを持っているからだ。その強さの一つは、勝てる相手にはで短時間に圧勝して、省エネテニスにて勝ち進む、大会後半に対して体力と気力を温存しておける強みをもっていることであろう。だが今年の全豪あたりからその強みが衰えつつある。他の選手も成長しているのだし、フェデラーも研究されているのだから当たり前といえば当たり前なのだが、やはりこの生涯グランドスラムをかけた大会で避けたかった事態ではあろう。しかし、時間はもう元に戻せない。ここからが正念場だ。フェデラーの障壁は決して決勝戦だけではない。
一方でナダルのドローが楽なものかどうかは意見の分かれるところだろう。
3Rを突破した後、4Rで待つのはヒューイットとハーバティの勝者、ヒューイットは対ナダル全勝であるが、クレーではたして連勝記録を伸ばせるかどうかは怪しい。それよりQFの相手だ。そこにハース・ブレーク・モンフィスのいずれかが来る。その先はおそらくフェラーか。この顔ぶれ、ハードコートの大会ならタフではあるが、クレーではナダルがかなり優位と見る。ただでさえ、底なしのスタミナを持つナダルである。それがセットをさほど落とさずに決勝まで進むと、全仏連覇の可能性はかなり高まることだろう。
WOWOWの放送でアルマグロ対ブレークの第一セットを見た(雨天翌日順延だった)。初めてアルマグロを見たが、とてもフェデラーに似たテニスをする。フォームも片手打ちバックハンドのスイングやフィニッシュの右肩甲骨のそり方などがフェデラーを髣髴させる。フェデラーが「今年はアルマグロがクレーでは来るだろう」と発言したらしいが、アルマグロの中に自分と同じモノを感じ取ったのかもしれない。アルマグロが勝ちあがってナダルと対戦すれば面白かったと思うのだが、実際には攻守において力量の勝るブレークが勝ちあがった。ブレークもまた、対ナダル戦負けなしである。だがクレーの上でどれだけその力を発揮できるか疑問は残る。
コートの外では様々な思惑が入り乱れるが、当人達は一戦一戦を集中して戦うだけだろう。赤土の上の男達の戦いは第二週に後半戦に突入していく。

 

2006年06月05日 フェデラーのガリア戦記2006 鍛え上げられたフォア

2006全仏男子シングルス4R フェデラー 63 62 63 ベルディッヒ
フェデラー完勝である。最終セット3ゲームベルディッヒに取られた後、6ゲームを連取した。この試合、そのほとんどのポイントをフォアハンドからの連続攻撃でウィナーを取りに行き、そしてポイントを取った。あれこそが皇帝フェデラーのテニスである。
如空がフェデラーの試合を一試合丸々観戦したのは2003年のウィンブルドンSF対ロディック戦である。あのときの鳥肌が立つような衝撃は未だに体が覚えている。フェデラーが様々なアイデア駆使してそれをコートの上で表現した。それはまさに芸術だった。あれから4年近く経つ。今のフェデラーのテニスはあの頃に比べて大きく変わっている。どんどんシンプルになっている。「弱い」といわれていた片手打ちのバックハンドもサーブも徐々に強化され、今ではフェデラーのバックやサーブが弱点だと言う人はいなくなった。それどころかサーブもバックも技術的は超一流、十分世界のトップランカーに通用する強力な武器となった。だが、今のフェデラーの試合でその素晴らしいバックハンドやサーブに威力をときに垣間見ることはできてもそれを堪能するまで何度も見る事はない。あくまで打つのはフォアハンドだからである。攻撃の基点は全て高い打点のフォアハンドのハードヒットから始まる。ネットに出るのもフォアのハードヒットからだ。あれほどバックハンドスライスを得意としている選手なのに、バックハンドスライスからのアプローチなどほとんど見せない。サーブで主導権を握れるときでもそれほど打たない。あくまでもリターンが返ってきて、フォアからはじめる。サーブアンドボレーがあれほどうまいのに、たまに奇襲をかけるとき以外ではサーブアンドボレーを多用しない。昔はフォアでもコンチネンタルグリップのブロックリターンを良く使ったが、今ではフォアで打てるリターンは極力ストロークと変わらないフルスイングで打とうとする。全てはフォアハンド・ストロークのハードヒットから始まるのである。
昔はそうではなかった、いろんな場所から様々なショットを繰りだし、そこから攻めた。多種多様な攻撃オプションを全て兼ね備え、それを駆使して、どこからでも、いつからでも攻めてくる、攻守が表裏一体で、つなぐ球がそのまま攻撃に取って変わる、守りながら攻める。変幻自在、あれこそがオールラウンドプレート言うべきテニスだといえよう。
それが、どんどんフォアが強力になっていき、今やフォアハンドの連続攻撃のみで勝ってしまう。そういうテニスになった。試合で色々なアイデアを試してみようというテニスでなく、ひたすらフォアハンドのみを磨くために打ち続ける、そんなテニスになっている。まるで刀鍛冶が名刀を造るために鍛えに鍛え、何度も何度も繰り返し熱い鉄を打ちつづけるかのように、フォアハンドを鍛えつづけ、それだけでも世界最強のプレーができるようにまで鍛え上げた。それが皇帝の最大の武器である。
この4R対ベルディッヒ戦もそのフォアハンドからの連続攻撃だけで勝った。フェデラーは集中力を3セット間、維持しつづけ、鍛え上げたそのフォアハンドを打ち込みつづけた。そしてフォアだけで勝ちきった。
戦争において戦術面の目標とされるのは「相手の主戦力の非戦力化にある。」と言われる。つまりは相手の強いところは機能させるな、敵の武器を奪え、という意味である。テニスに置き換えるなら、相手に得意なことをさせるな、ということだ。テニスにおいてフォアを打たせないようバックにボールを集めるのは基本だ。それを見越して選手はバックにきたボールをフォアで打てるように「回り込みのフォアハンド」の練習をする。フェデラーの鍛え上げられたフォアハンドを非戦力化することは簡単なことではない。フェデラーのフォアを無力化することなど不可能に近いように思える。
だがナダルはそれをやってのける。左利き特有の回転のかかったヘビートップスピン、そして角度のついたカウンターショット。打点を前にして高い打点でフォアを打ちたいフェデラーの意図はそこで狂わされる。
ナダルがフェデラーのフォアを封じ込めるか、フェデラーがそれでもフォアを打ち切れるか。そこに勝敗を分かつポイントがあると如空は見る。次回の対戦でフェデラーはフォアを最初から打ち切れるだろうか。

 

2006年06月07日 フェデラーのガリア戦記2006 風林火山

2006全仏男子シングルスQF フェデラー 64 63 アンチッチ
第一セット、静かなキープ合戦で試合は始まった。静かだが張り詰めた雰囲気だ。アンチッチがとてもよい。武器であるビックサーブが冴えていたことももちろんだが、ストロークがいい。タメを入れてからしっかりと振り切って深いところに威力のあるボールを入れてくる。フォアもバックも良い感じだった。だがフェデラーはあわてない。とても静かだ。じっくりと打ち合いに付き合い、自分のサーブはキープして第9ゲームにまで来た。30-30でフェデラーがポイントを取った。セットポイントが来たが、フェデラーは落ち着いたまま静かだ。だがフォアのストロークの角度が鋭く厳しくなった。耐え切れずにアンチッチがミスして64で第一セットフェデラーが取る。
第二セット、フェデラーは太陽が目に入ったのかスマッシュミスをする。ここにつけこむアンチッチは第一ゲームでブレークに成功した。だがフェデラーは動じない、そのまま再び静かなキープ合戦になるが第六ゲーム、皇帝はなにげなくアンチッチのサービスゲームをブレークし、何事もなかったかのように3-3にする。アンチッチにプレッシャーがかかり始めたのか、調子の良かったストロークもネットに出た時のボレーもミスが出始めた。すかさず攻め込むフェデラー。一気に5ゲーム連取。前半アンチッチの流れだったが、そこでじっと耐え、動かず、アンチッチに崩れる兆しが見えるや否や、攻めに転じた。実に素早い攻守の切り替えだった。
第三セット、徐々に熱を帯び始める2人、たたみかけようとするフェデラーに、アンチッチも対抗する。3-3になってアンチッチが体調不調を訴えて試合は中断するが、すぐに復帰、少し元気をなくしたが、それでもアンチッチは気迫でブレークピンチを切り抜ける。だがそこまで、どこが悪いのかわからないが完全に顔から精気が抜けてうつむいて肩を落としているアンチッチ、1ブレークを奪うと、一気にペースを上げて激しく攻め立てて最後のサービスゲームをキープした。6-4で最終セットもフェデラーが取った。
序盤、静かではあるが非常にしまった内容の好ゲームだった。それを演出したのはフェデラーに十分対抗するショットを安定して打ち続けたアンチッチの力による。彼の力量は世界のトップランカーに到達しつつあるといえるだろう。それだけに終盤、体調不良によるものとはいえ、コートの上で覇気をなくしてしまった彼の姿を見るのは忍びなかった。しかしながら、その一方でフェデラーは磐石であった。相手の安定したサービスキープに対してこちらも静かに安定させて対応、ブレークされピンチになっても動じず、相手に乱れが生じると素早く攻守を切り替えてチャンスをものにして、勝利が見えれば一気に勝負をつけるべく、激しく攻め立てる。素早きこと風の如し、静かなる事林の如し、激しきこと火の如し、動かざること山の如し。風林火山の如き見事な皇帝のテニスであった。

ところでフェデラーの試合が終わった後、WOWOWはナルバンディアン対ダビデンコの試合を途中から中継したが、その映像は驚くべきものだった。
ナルバンディアン 63 63 46 62 ダビデンコ
ナルバンディアンが早い。ショットも、スイングも、反応も、動きも、攻撃の開始も、全てが早くなっている。去年末のTMCの時よりも全豪の時よりも、全てが早くなっている。ここはクレーだぞ、球足の遅くなるこのクレーでなぜハードより早くなるんだ。第三セットでダビデンコが高い打点からのハードヒットを繰り出して反撃を開始したが、再びナルバンディアンの早い展開に巻き込まれて押し切られていった。
あのクレーとは思えない早い展開、だがそれはフェデラーも望むところだろう。だが今のナルバンディアンは予想を超える強さを身につけ始めているのではないだろうか。SFでの皇帝の相手は予想通り難敵ナルバンディアンとなった。ガリア制覇まで後二つ、グランドスラム達成まで後二勝、その後二つに今、予想しうる最も困難な相手が立ちふさがる。いよいよ準決勝である。

 

2006年06月09日 フェデラーのガリア戦記2006 難敵を越えて

勝つにしろ負けるにしろ、大苦戦が予想された皇帝フェデラーの準決勝。しかし試合は意外な結末を迎えた。
2006全仏男子シングルスSF フェデラー 36 64 52 ret  ナルバンディアン
ナルバンディアン強い。切り替えしが早い。ライジングでボールのコースを信じられない方向に変えてくる。しかも深くて重い。フェデラーは支えきれずにミスを強要される。リターンゲームでもセカンドサーブを叩いてくる。ナルバンディアンの猛攻は凄まじい。1ブレークして、最後のフェデラーのサービスゲームも破り6-3でナルバンディアンが第一セットを先取する。
第二セット、ナルのショットは威力をさらに増してきた。サービスの威力も増す。ラブゲームでキープされたフェデラーは、またしてもナルバンディアンの圧力に抗し切れずにサービスを落とす。フレームショットを連発して簡単にナルバンディアンにポイントを献上する。ベンチのペットボトルを蹴飛ばすフェデラー。普通の選手ならこのまま崩れる場面である。だがフェデラーはここでチェンジオブペースで切り返す。力を抜いてボールを打ち返すだけの繋ぐラリーに徹する。ライジングは相手のショットの威力を利用して打ち返す。フェデラーがショットの威力を落としたことにより、ナルバンディアンのライジングも威力が落ちた。ナルバンディアンが攻められなくなった。静かにフェデラーがブレークバックする。フェデラーから力みが抜けた。いつものフェデラーが戻ってきた。そしてナルバンディアンからは第一セットの凄みが消え始めた。さらにブレークしてフェデラーが逆転した。6-4でフェデラーが1セット取り返した
第三セット、力の抜けたフェデラーのショットにナルバンディアンはペースを乱され、ミスを重ねて第一ゲームをいきなりブレークされてしまう。サーブに威力がなくなった。一度、トレーナーを呼んで長く話し合っていた。それでも続行してフェデラーの5-2になったところでナルバンディアンは棄権を申し出た。サーブの威力がなくなったのは第二セットを落として気落ちしただけでなく、痛めた腹筋の状態が悪化していたのだった。
結果としてフェデラーは勝利を拾ったわけだが、注目するべきは第二セット、ナルバンディアンの3ゲーム連取のあと、力を抜いたショットでチェンジオブペースに成功したことだった。その前にナルバンディアンのサーブをわざとミスしているかのようにオーバーさせて、簡単にナルにキープをさせた。あそこでフェデラーは自分を落ち着かせたのだ。「気持ちを切り替える」とは口にするのは簡単だが
ゲームの最中にすることはなかなか実行が難しいことである。特に猛攻を仕掛けてくる相手にペースダウンを仕掛け返すことは勇気がいるし、それはそれで集中力を要する。雑、というよりおおらかなあの連続エラーでフェデラーは自分の中の熱を放出して次のチェンジオブペースに備えた。あそこにフェデラーのメンタルコントロールの素晴らしさを見る。
ナルバンディアンは無念であったろうが今日の第一セットでまた自信を一つ深めたはずだ。シーズン後半、芝の上で、そしてハードコートの上で、去年のマスターズカップ決勝の再現をやって見せるだけの自信を得て、彼は静かに赤土のコートを後にした。
予想外の展開であったが、難敵を突破して皇帝は安堵していることだろう。長い坂道を登りきり、とうとう未知の領域に足を踏込んだ。4大大会の決勝戦、そのうち皇帝が未だに経験していない唯一の舞台、それが全仏男子シングルスの決勝戦だ。そこには閉ざされた扉が待っている。去年、叩いても開かれることがなかった扉が、閉ざされたまま待っている。フェデラーは静かに扉の前で待っている。彼が来るの待っている。

 

2006年06月12日 フェデラーのガリア戦記2006 閉ざされたままの扉

目の前に閉ざされた扉、その扉を叩く資格は誰にでも与えられるものではない。2003年にウィンブルドンを優勝し、2004年に連破しただけならその扉の存在を意識することはなっただろう。だが、彼はその年、全豪と全米を取り、リトルスラムを成し遂げ、ATPに君臨する圧倒的強者になったがためにその扉を叩かなければならない立場になった。去年、開くことの出来なかった扉、十分なる準備をして臨んだ今年の挑戦、しかし、扉は閉じられたままだった。
2006年全仏男子シングル決勝 ナダル 16 61 64 76 フェデラー
再び世界中の注目がローランギャロスのセンターコートに集まった。その世界中の視線のなか、第一セットが始まった。フェデラーのサービスゲーム、ミスを連発していきなり15-40にされるが、そこから持ち直した。ピンチの後にチャンスあり、今度はナダルのサービスゲームでフェデラーがブレークポイントを握る。フェデラーの圧力の前に、ナダルはフォアをネットしてしまう。次のサービスゲームをキープして3-0、フェデラーが先行する。フェデラーはナダルのバックハンドにストロークを徹底的に集めた。特にスピンを多めにかけた弾むボールと弾道の低い鋭いボールを交互にバックに集め、ミスを誘い、短くなれば一気に得意の連続攻撃に入る。中ロブはフォアのドライブボレーで粘りを断ち切る。第四ゲームでナダルのサービスゲーム、再びフェデラーがブレークポイントを握る。ナダルへのバックへの集中攻撃が効を奏している。だが、ナダルもまたフェデラーのバックにボールを集めだした。今度はフェデラーが押し戻されてディースになる。両者共にバックハンドから如何に攻めに出るかが鍵になる。そのバックハンドからの展開はフェデラーの方が一枚上手だった。フェデラーブレークで4ゲーム連取。しかし、このあたりからようやくナダルに落ち着きが戻ってきた。鋭いパスと強力なフォアでフェデラーにプレッシャーをかける。ブレークポイントを握る。だが、フェデラーもあわてない。最後にフォアの逆クロスを打ち抜いてピンチを切り抜ける。第六ゲームでナダルは苦労しながらも ようやくキープに成功、5-1としてフェデラーのサーブインフォーザセットが来た。それを見事にラブゲームでキープ。フェデラーが第一セットを完璧な出来で取った。
第二セット、第二ゲーム、ラインコールが覆り、フェデラーがラブゲームキープするべきゲームがディースにまでなった。フェデラーは果敢にネットに出る。だがアプローチショットが浅い、ナダルのパスがフェデラーを抜く。ナダルがとうとうフェデラーのサーブをこの試合はじめてブレークした。次のサービスゲームをナダルがキープしてナダルの3-0になった。フェデラーにミスが目立ち始める。互いにキープして4-1になったところで再びナダルがブレークポイントを握る。ネットに出るフェデラーにナダルのヘビートップスピンが襲う。ボレーをミスさせられフェデラーはまたブレークされた。最後のサービスゲームをキープされ今度は6-1でナダルが第二セットを取る。
第三セット、最初のフェデラーのサービスゲーム、長いラリーの末のドロップショットをフェデラーが鋭いバックハンドダウンザラインで切り替えしてウィナーを取る。これでフェデラーが波に乗る。ナダルの粘りをフェデラーの鋭いショットの連続が断ち切る。ナダルも落ち着いてネットに出てくるフェデラーをパスで抜く。ようやくゲームは落ち着きを取り戻し、キープが続く。だがフェデラーのフォアハンドの強打がナダルのコートに深く突き刺さるようになり、フォアからの連続攻撃に鋭さが戻る。2-1の第四ゲームでフェデラーがブレークポイントを握る。0-40、しかしディースに戻され、最後にナダルの連続サービスポイントでキープされる。逆に次のフェデラーのサービスゲームでフェデラーのフォアにミス、グランドスマッシュにミス、ついにブレークされてしまう。ウィナー級のボールを何度も拾うナダルの前により厳しいコースを要求されるフェデラーがミスする場面が増え始めた。攻撃してもナダルに拾われる。逆にナダルの攻めをフェデラーは拾えない。フェデラーがコートで相手より遅く見えるなど初めてのことだ。ナダルが乗ってきた、フォアのクロスに逆クロスが信じられない角度で叩き込まれる。サーブでもストロークでもスピンがより鋭くなってフェデラーがタイミングを合わせられなくなっていった。最後のサービスゲームもナダルがキープして6-4でナダルが第三セットを取った。
第四セット、いきなりフェデラーはサービスゲームをブレークされた。ここでフェデラーから覇気が完全に失われた。ナダルのスピンボールに押されてミスを連発、テニスの内容に差をつけられた。ナダルがラケットに当てたボールは相手コートに返るが、フェデラーがラケットに当てたボールは相手コートに入らない。フェデラーの足が止まった。ナダルのサーブインフォーザチャンピオンシップが来た。フェデラーが無心になってボールをヒットする。際どいボールの応酬が繰り返される。天が味方したのか、ポイントがフェデラーに入る。ナダルのフォアがラインを割った。フェデラーブレーク!土俵際でフェデラーが押し戻した。
ナダルに動揺が走る。レシーブミスに弱気のドロップショット。フェデラーのナイスサーブの前にいい形でキープを許してしまった。だがフェデラーの方も完全に自信を取り戻したわけではない。バックハンドに集められたサーブとストロークのスピンボールはミートできずにミスを重ね、ナダルもキープ。勝負の行方はTBに至った。フェデラーが先行するがナダルが逆転、TB5-4でナダルのサーブが来た。ナダルのサービスポイントでTB6-4、運命の時が近づく。ラリーの末、フェデラーのバックハンドが浮いた。ナダルはそれをドライブボレーで叩き込み勝負を決めた。3時間2分、ナダルはフェデラーの中にある何かをこのとき完全に打ち砕いた。
第一セットでナダルをプラン通りに圧倒したフェデラーは、第二セット初頭にスタートダッシュに失敗すると第二セットを無理に取りに行かず、第三セットに仕切り直しをかけた。だがそこに大きな誤算があった。フェデラーのフォアハンドが深くてネットに出て行けた第一セットであたったが、第三セットではその頼みの綱、フォアが浅くなり、ネットに出ても鋭いパスに抜き返されることが多かった。ナダルが落ち着いて自信を取り戻し、フェデラーに向かっていく気迫も取り戻したからだ。第一セットを取ったあと、あの流れを維持して押し切るべきだった。第二セットの早い段階であきらめたことが取り返しのつかない事態を招いていてしまった。
そしてバックハンド、ナダルのバックは攻撃できないまでも防御の点で完璧だった。対するフェデラーはナダルのスピンボールの前に試合後半まるでテニススクールに通い始めた初心者のようにバックハンドのミスを繰り返した。MSモンテカルロ・ローマと徐々にそのスピンボールに対応しつつあったフェデラーがなぜまたしても対応できなくなったのか。一つはナダルのフォアハンドが今年に入って試合を経るにつれ徐々に威力が増していったこと。バウンド後の変化がますます鋭くなり、そしてスピンの量を抑え威力を増したハードヒットを別の選択肢としてもつようになった。明らかにクレーだけでなくハードコートでも勝てるストロークを手に入れるための進化がそこには伺える。その威力を増して進化しつつあるナダルのストロークに再び差をつけられ、フェデラーは対応できなくなった。もう一つは第三セットでブレークポイントを取ったにもかかわらず取りきれず、逆にナダルにブレークされてしまったあの場面、あそこでフェデラーの中から覇気が消えた。心の中から牙が抜かれた。気落ちしたフェデラーは一つ一つの動作にメリハリがなくなりスイングの準備が遅れるようになった。そこに深いバウンドが複雑なナダルのスピンボールが来て対応できなくなった。
去年、全豪準決勝の対サフィン戦、マスターズカップ決勝の対ナルバンディアン戦、ここでフェデラーは壮絶なフルセットマッチを戦い、そして敗れた。しかし、その試合の過程で、一度も覇気を失うことはなかった。攻める姿勢を貫き、最後まで自分のテニスをやり通した。しかし、今日は途中で気持ちが挫かれていた。自信を失っていた。まるで2000年全米決勝でサフィンに、そして2001年全米決勝でヒューイットに敗れたサンプラスの如く、途中で自信を失った。第四セット、ナダルのサーブインフォーザチャンピオンシップスで偶然を味方にしてそのピンチを乗り切った時、その偶然を味方にして自分にもう一度勢いを呼び込もうとするだろうと期待してみていたが、その期待は裏切られた。彼は目の前にきたチャンスを見逃してTBに流れてしまった。勢いのなくなったフェデラーにTBを取りきることは出来なかった。
ナダルをクレーコートだけの選手と思うなかれ。今日の決勝で見せたフラットドライブとヘビートップスピンの威力ある二種類のフォアハンド。鉄壁のバックハンド、そして何度もサービスポイントを取ったスピンともスライスともいえない左斜めの回転がかかった、そしてなお強力なサーブ、ラケットに当てればなんといてもボールを相手コートに返す脅威のコートカバー、ネットに出てきた相手を容赦なく抜きさる鋭いパス。特筆するべきは、試合後半、決して浅くならなかったフェデラーのハードヒットを切り返し、カウンターでポイントを取り返す、あのナルバンディアンにも匹敵するライジングの技術だ。対するフェデラーは極力高い打点からのハードヒットにこだわり鋭さを増したナダルのスピンボールの変化に再び崩される格好となった。同じことはハードコートの上でも起こる。ナダルはハードコートでもフェデラーを打倒しうる存在になったのだ。
試合後半、元気をなくしたフェデラーに対して、観客はロジャーコールを繰り返した。観客は弱い方を応援する。観客の拍手は同情の拍手だ。ATPに君臨する皇帝はその圧倒的強者の地位を今まさに失いかけている。その自信、取り戻すことの出来る日はいつの日か。

 

2006年06月16日 王道と覇道

全仏決勝、ナダル対フェデラーをTVで見ながら、パソコンのキーボードを叩いて観戦記を記録していた。そのキーボードの傍らには宮本輝の小説「青が散る」の文庫本が置いてあった。フェデラーのガリア戦記最終章の題名はフェデラーが勝てば「開かれた扉」、フェデラーが負ければ「閉ざされた扉」にしようと考えていた。そこまで考えて「扉」という言葉に思い当たる節があった。「青が散る」のラストシーン、主人公の椎名遼平と片思いの相手夏子とのやり取りに「扉」という言葉が出てくるのだった。フェデラーが勝てば似たような文章になるな、と文庫本の最後の数ページを読み返しながらTVの中の決勝戦を見ていると、フェデラーが負けてしまった。だから「青が散る」のラストシーンを真似た勝利のシーンを書くことが出来なかった。というより「青が散る」のラストに近い結末になってしまった。来年はこのアイデアを生かしたラストシーンを書かせてほしいものだ。
その「青が散る」の文庫本をぱらぱらとめくりながら全仏決勝を見ていると、ついつい作中の人物である貝谷朝海の言葉が目に付いて、眼前のナダルとフェデラーにその言葉を重ね合わせてみてしまった。心理学者ユングの言う「偶然の一致」とはこのことかもしれないが、この全仏決勝フェデラー対ナダルの試合を見て「青が散る」の小説の中に出てくる貝谷の言葉を思い出した人は他にもいるらしい。某サイトの掲示板や某ブログのコメント欄にそのことが書いてあった。
「青が散る」の作中人物、大学のテニス部部員の貝谷朝海が語りそして自ら実践する独自のテニス理論、
それは
「二流の上は一流の下より強い」
「上手いということと強いということとは別の次元の問題だ」
「王道のテニスより覇道のテニスや」
である。
自ら「美しい」といって自画自賛するフェデラーのテニスが「王道のテニス」なら、左利きのシコラー(粘り屋)でカウンターショットの使い手であるナダルのテニスは「覇道のテニス」と言えるだろうか。
特にあのフォアハンド。フェデラーが教科書とおりに肩を逆クロスの方向に向けてコースを隠すのとは対照的に、ナダルは体を完全にネットに向けて体を開いてしまった状態から、背中に残した左手を強引に引っ張り出して打つ。あのスイングで打たれると対戦相手は腕の出所がわからなくてコースが読めないだろう。体が大きく開いているのにコースが隠れている。しかもクロスにも逆クロスにもとんでもない角度で飛んでいく。回転量の多いトップスピンはフラットドライブに比べて威力の面で劣るはずが、受けている相手がベースラインの外に押し出されてライジングではさばけないほどに強力な球威を持つトップスピンがナダルからは打たれている。漫画「ドラゴンボール」の主人公孫悟空に憧れてトレーニングした結果というあの太い腕の筋肉はテニスには役立っていないと本人は語っているらしい。だがそのテニスには不必要なまでの強い腕力が体が開いた状態でも強引にコースを変更できる、しかも回転量が多いのに威力があるショットを生み出しているではないだろうか。一見でたらめだが試合全体を見ていると理にかなっている。そして強い。それがナダルのテニスだ。
普段自信に裏付けられた力強くかつ美しいテニスをするフェデラーのテニスが「一流の上」のテニスであるならば、対ナダル戦で試合中自信を失い覇気が消えた状態のフェデラーのテニスは「一流の下」と言えるかもしれず、対するナダルのテニスが教科書にはない常識外れの変則的プレイでありながらそれでも強いテニスであるならばそれは「二流の上」と言ってよいかもしれない。ならば、あのMSローマの決勝と全仏決勝はつまりは「王道のテニス」が「覇道のテニス」に敗れた試合ともいえる。
ただ「青が散る」のなかでは「それでも一流の上は最強で、二流の上でも勝てない」事になっている。フェデラーが「一流の上」のテニスをナダルに対してできる日が来るだろうか。その日がくれば、それはナダルに対してフェデラーが勝利する日になるだろう。その日が訪れるかどうかはフェデラー次第である。そしてナダルがその「二流の上」のテニスを「一流の上」のテニスに昇華させる可能性を持っていることも忘れてはならない。
「青が散る」を読んだことのない人はぜひ一度読まれることをお薦めする。テニスにおけるメンタルの戦いが実にリアルに文章化されている。原本なんて読んでいる暇がないという方はこちらの名場面集をどうぞ。


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