第051房 2006年 フレンチオープンTV観戦記
2006年05月27日 2006全仏ドロー
フレンチオープンのドローが発表された。例によって独断と偏見による展望を見てみよう。
男子の第一シードはATPに君臨する皇帝フェデラー。グランドスラム大会7勝を誇る彼が唯一手にしていないのがこの全仏タイトル、生涯グランドスラムへの野望、そして今年全豪タイトルを取ったことに生じる年間グランドスラムへの夢を賭け、今年もフェデラーがローランギャロスに乗り込んでくる。皇帝の前に立ちはだかるのは第七シードロブレドを筆頭に、クレメン、マリッセ、マシュー、ベルディッヒ、ロペス、ボランドリー、キーファー、アンチッチ、ジネプリ、アカスソ、サントロという実力者たちである。なんともタフドローだ。この一年半、フェデラーとナダル以外でマスターズシリーズ格の優勝を取ったのはロブレドとベルディッヒだけだが、その2人がこの山にいるということがフェデラーの前途の多難さを物語る。初戦が曲者クレメンというのもタフだ。最後に勝つのがフェデラーであることに疑いはないのだが、その試合内容はSFまでとても圧勝・楽勝続きとは行くまい。
トップハーフの下半分の山、第三シードはナルバンディアン、去年年末、マスターズカップでフェデラーの3連覇を阻止したオールラウンダー、ようやくその実力に見合う結果と地位を手に入れた彼に挑む相手は、第六シードダビデンコを筆頭にガスケ、ヘンマン、ノバック、グロージャン、ラペンティ、ニーミネンである。そしてなんと過去の全仏覇者、ガウディオ、フェレーロ、モヤがそろいもそろってこの山に入った。おそらくはガウディオとダビデンコの勝者がQFでナルバンディアンに対抗することになるだろうが、そこには激しい戦いが待っていることだろう。
ボトムハーフの上半分の山、第四シードはリュビチッチである。この山には出場が危ぶまれているロディックが第五シードで控える。以下マチュー、ロクス、バグダディス、ステパネック、フェラー、ビョークマン、Tヨハンソン、チェラ、とクレーより芝の方が活躍しそうな連中がそろった。赤土の上のビックサーバー、リュビチッチとロディックがどこまでやれるか見ものである。
最後の山、第二シードはナダル、ディフェンディングチャンピオンにして、クレーコートで連勝記録更新中の赤土の上のモンスター。彼の前には第8シードブレークを先頭に、スリチャパン、アルマジロ・・・・じゃなかったアルマグロ、モンフィス、ハース、サフィン、ゴンザレス、ヒューイット、ハーバティ、マチュー、セラが立ちふさがる。ナダルにまだ負けたことがないブレークとヒューイットがいるが、クレーではさすがに難しいことだろう。サフィンが体調万全でメンタルが充実でもしない限り、ナダルは順当にクレーでの連勝記録を更新し続けることだろう。
決勝戦でのフェデラー対ナダルに世界中の注目が集まっている。特にナダルのほうに不安材料はないが、対するフェデラーの決勝までの道のりは予想されていたよりタフなものとなりそうだ。順当に行けばQFでMSハンブルグ覇者のロブレド、Sfでマスターズカップ覇者ナルバンディアンと当たる。この2人を突破することはフェデラーといえど容易ではあるまい。
もう一つ、全仏はここ十数年一つのジンクスに支配されている。「サッカーのワールドカップが開催される年はオールスペイン・ファイナルとなり、スパニッシュ・ウィナーが生まれる」というジンクスである。3回12年続いている。4回目となる今年、フェデラーの山であるトップハーフにロブレド・モヤ・フェレーロがいることが不気味だ。そして決勝で待つナダルはスペインのNo1である。フェデラーに4連勝中、過去6回の対戦で2セット以上を必ずフェデラーから取っているこの男、徐々にフェデラーはナダルとの距離を詰めつつあるが、未だ乗り越えてはいない。果たしてフェデラーはこの逆風を断ち切ってグランドスラムを達成できるか。要注目である。
女子の第一シードは現女王モーレスモ、エントリーランキングNo1になりながらグランドスラムタイトルに恵まれなった「無冠の女王」はついに今年全豪タイトルを取り、真の女王として地元のここ全フオープンに乗り込む。彼女の山であるトップハーフの上半分は、第七シードのシュニーダーを筆頭に、バルトリ、杉山、バイディソワ、V・ウィリアムズがいる。モーレスモが実力を十分発揮する限り、不安材料はないだろう。
第四シードはWTAのプリンセスシャラポワ、彼女の山であるトップハーフの下半分は第八シードクズネツォワを筆頭にモリック、サフィーナ、スキアボーネがいる。QFは順当に行けばシャラポワ対クズネツォワ、ここは激戦になるだろう。
第三シードは3週連続優勝を飾ってNo3まで上ってきたペトロワ、このボトムハーフの上半分は第5シードにディフェンディングチャンピオン、赤土の女王エナンHがいる。ミスキナ、キレリンコ、ドルゥコ、浅越、森上がいるがエナンの存在の前には霞んでしまう。さあ、その孤高の女王に挑むペトロワ、勢いに乗って前年度覇者を倒せるか。注目が集まる。
第二シードはクライシュテルス、最後のこの山は第六シードディメンティエワを筆頭にゴルビン、ヒンギス、ハンチェコワ、デシーか顔をそろえた。ヒンギスがまたキムと同じ山になった。ディメンティエワとクライシュテルスを連覇しないとSFまでいけない。これまた厳しいドローである。
さて、エナンとキムが同じ山に入った。決勝でなく、準決勝で順当に行けば当たる。そのことがこのベルギーの月と太陽にどのような影響を与えるか。またペトロワとヒンギスがここにどう絡むかが見ものである。男子のフェデラーほど注目を集めていないが、ヒンギスにはこの全仏に生涯グランドスラムがかかっていることを忘れてはならない。
ボトムハーフに比べればトップハーフのモーレスモは比較的楽なドローになった。厄介な存在であるシャラポワとクズネツォワが反対側で潰しあってくれるのはラッキーだ。この勝者にSFで突破すればその反対側でエナンとクライシュテルスがお互いに潰しあってくれて、その勝者とタイトルを争えばよい。だがエナンはSFで苦戦するほどに決勝で強くなる。さて、この微妙な組合せがどのようなドラマを生むか、注目していこう。
今年もWOWOWが初日より中継してくれる。去年岩佐アナが抜け、今年になって進行役の進藤キャスターに抜けられたWOWOWは果たしてどのような番組を作ってくるか。こちらも注目である。
今年も熱戦に期待しよう。
2006年05月28日 フェデラーのガリア戦記2006 坂の上の雲
一年前、全仏男子シングルス準決勝で予想された対戦カードは世界中の注目を集め、期待通りに実現し、その結果は偉大なる記録の達成を阻止しただけでなく、ATPにおけるトップ選手たちの力関係に大きな影響を与えた。それ以後、勢力地図は塗り替えられたが、それでもATPに君臨する皇帝の座は揺らぐことはなかった。今年のヨーロッパクレーのシーズンが始まるまでは。
ロジャー・フェデラーが生涯グランドスラムの達成と年間グランドスラムの可能性を拡大させるべく、今年もガリア(フランス)の地に乗り込んできた。しかし、ここに至る道のりも、これからの道のりも、共に去年より厳しいものとなった。フェデラーが全仏オープンのタイトルを取るための最大の障壁、ラファエル・ナダルの存在は対戦を経るごとにその大きさと重みを増しつつある。この2人がこの全仏の決勝で当たることは去年の後半からずっと予想され続け、確実視されてきた。フェデラーにポイントで圧倒的大差をつけられているとはいえ、ナダルがこの一年で稼ぎ上げたATPランキングポイントは過去の歴代No1選手たちのポイントを上回るものであり、クレーコートだけでなく、年間を通じてナダルがATPツアーNo2であることは今や歴然たる事実である。エントリーランキングのNo1とNo2がグランドスラムに出場すればシード1・2となり、決勝でしかその対戦はありえない。対戦成績6戦5勝1敗、ナダルは全ての対戦でフェデラーから2セット以上を奪っている。ヘンマンもナルバンディアンも対フェデラーの対戦成績は勝ち越しているが、それはフェデラーがNo1になる前に稼いだ勝ち星を換算してのことである。フェデラーがNo1になりATPに君臨する圧倒的強者になってから大きく勝ち越している選手は世界で唯一ナダルだけである。
去年の全仏SFでは1-3でフェデラーは負けた。雨により進行が遅れた上に直前のプエルタ対ダビデンコが白熱のフルセットマッチを行ったため、試合開始が大幅に遅れた。2005年MSマイアミ決勝での大苦戦から始まった対ナダルへの意識過剰、サウスポーからのトップスピンにまだ完全にアジャストしていないためと思われるフォアハンドの回り込みの際のミス多発、日没順延を予想して集中力を最後に切らしていたという油断もあっただろう。言い訳は多々あるだろうがフェデラーは負けた。
そして2人の再戦はその後のグランドスラムでもマスターズシリーズでも実現しなかった。
ところが今年全豪が終わり、春のアメリカハードコートシーズン突入しようかという直前のドバイ決勝で2人はいきなりぶつかった。第一セットは2-6フェデラーが取った。しかし、第二・第三セットは6-4でナダルが取った。ベストオブ3セットマッチ、ナダルがハードコートでフェデラーを破った瞬間であった。
そしてヨーロッパクレーコートシーズン突入、MSモンテカルロ決勝で2人は5度目の激突、3-1でナダルの勝利、フェデラーはナダルの前に封じ込められた。もう言い訳はない。ナダルはフェデラーに対して完全に優位に立った。挑戦者となったフェデラーはナダル対策に万全の体制を整え、MSローマの決勝に挑む。対ナダル戦略は功を奏し、フェデラー優位で試合は進む、しかし、ナダルは崩れない。フェデラーに喰らいつき、脅威の粘りとカウンターショットが奇跡を何度も生む。その反抗の前に崩れたのはフェデラーのほうだった。最後にナダルのフォアハンドの連続強打は優位にあったフェデラーを文字通り「押し戻し」、力でねじ伏せた。5時間を超える激闘を制したのはまたもやナダルだった。
ナダルとフェデラーの距離はモンテカルロの時点よりローマの時点の方が縮まっている。戦術・技術・パワー・体力面では実はクレーの上でも両者は互角なのかもしれない。しかし、勝利を重ねる度にナダルの中で大きく強くなっていくもの、同時に敗戦を重ねるごとにフェデラーの中で揺らぎ失われていくもの、それは「自信」である。
如空はATPにおいてグランドスラムタイトルホルダーにしてエントリーランキングNo1経験者を「王」と呼ぶ。如空の知る限り現役選手の中で「王」はアガシ、モヤ、サフィン、クエルテン、ヒューイット、フェレーロ、ロディックの7人である。しかし、ロディックの後を受けて現在までNo1を維持し続けるフェデラーは彼ら「王」と同列に語るにはあまりにも強すぎる。全盛期のサンプラスでさえ、これほど圧倒的ではなかった。2004年の全米オープン決勝でヒューイットに圧勝してリトルスラム(年間グランドスラム3勝)を達成したとき、如空はその圧倒的強者の出現を前にして「王」という称号は役不足と感じ、勝手に「皇帝」という称号を与えて、今日までフェデラーを皇帝と呼んできた。
その皇帝の強さを支えている基盤は何か。如空は2004年のマスターズカップ決勝で再びヒューイットに圧勝して優勝したフェデラーに対して次のように述べている。
「・・・・・・しかしいったい何なんだこの強さは。スピード・パワー・テクニック、あらゆる点でフェデラーが超一流である所は異論がないだろうが、それ以上に凄いのはメンタルだ。まったく迷いがない。悩まない。揺らがない。崩れない。攻めていても、攻められていても変わらない。持っている力がずば抜けているだけでなく、その力を常に100%発揮できている。
大学のセンター試験や自動車免許の試験でおなじみのマークシート試験、このマークシートで同じ番号が続くと、自分の回答に不安が出てきて「自分では正しいと思っているが、実は間違えているのではないか、こんなに同じ番号が続くはずがない」と考えてしまい、自分では正しいと思っている回答を違う番号に変更した経験はないだろうか。如空はそんなことは日常茶飯事だ。しかし、フェデラーなら、そんな状況でも自分の判断を信じて、決して回答を書き換えたりしないだろう。
自惚れとは「自分にない力があると思い込むこと」であり、自信とは「自分の力を信じること」という。まさに今のフェデラーを支えているのはゆるぎなき「自信」、微動だにしない「自信」である。
フェデラーにもピンチなる場面はある。しかし、彼は崩れない。あきらめない。苦しい状況が続くと「このポイントは捨てて次のポイントからがんばろう、このゲームは捨てて、次のゲームでがんばろう。このセットは捨てて、この試合は捨てて、この大会は捨てて、このシーズンは捨てて、次からがんばろう」と、いい訳を心の中で作ってあきらめてしまう。そんなことはフェデラーにはないのだろうか。リセットして仕切り直したいと誰もが思う場面で、フェデラーはその状況から逃げずに、耐えて、しのいで、チャンスを呼び込み、モノにして最後に必ず勝つ。強い。本当に強い。
追うより追われるほうが精神的に辛いものだ。特にポイントを積み重ねていくテニスという競技ではなおのことだ。リードすることも大変だが、リードを守って勝ちきることはもっと苦しい。それを黙々とやってのけるフェデラーは強い。」と
今年の全豪オープンはフェデラーにとって優勝こそすれ厳しい大会だった。4回戦対ハース戦、QF対ダビデンコ戦、SF対キーファー戦、そしてファイナルの対バクダティス戦とどれもセットを落とし、相手を圧倒することが出来ず、苦しい第二週であった。ロディック・ヒューイット・アガシ・サフィン・ナダルなどのビックネームが相手ではない。そこでこれだけ競る試合になるというところにATPツアー全体のレベルの底上げが感じられる。決勝に進む確率が100パーセントに近いフェデラーはそれだけ多くの試合に出場し、それだけ多くの選手の目に触れ、対戦し、研究される。ツアー全体がフェデラーとの距離を詰めてきているのだ。それでも勝ちきった。それはフェデラーが自らの勝利を信じて揺らがなかった「自信」があってのことだろう。だから崩れなかった。
そのフェデラーの強さを支えていたもの、皇帝の「自信」が今揺らいでいる。
少なくてもMSローマ決勝の試合内容を見る限り如空にはそう見える。攻めるべきときに攻め切れなかった。彼が築き上げ、自ら「美しい」と自画自賛するテニス、それをやりきれなかった。自分を信じることが出来なかった。自信が揺らいだのだ。
「メンタルが強い」のはプロのテニス選手としては当たり前のことだ。だが、精神的に強いか弱いかとは別に、人間の性格は大きく「楽天家」と「悲観論者」に別れる。果たしてフェデラーは楽天家だろうか。ウィンブルドンでは優勝の度に泣いている。今年は全豪でも優勝したとき泣いた。如空はフェデラーが「悲観論者」だと思っている。確かめる術はない。単なる如空の憶測である。
恐怖とは想像力だ。「悪いことが起こるのではないか」と想像してしまう。それは性格であり、もって生まれた宿命であり、外的要素で変えられるものではない。楽天家が考えもつかない悪い予想をついつい想像してしまう。それが恐怖であり、恐怖が悲観論者を支配する。しかし、悲観論者が精神的に弱いわけではない。「悲観的に計画して楽観的に行動せよ」とはよく言われることである。悲観的な予想が実現してしまわないように、危機を予測し、それを回避する術を考え、その手段を身につける。あらゆる準備をやりきって勝負に臨む。何が起こっても大丈夫、十分に準備した。その思いが心の奥底からわきあがる悪い想像、恐怖を封じ込め、最後まで自分のプランが正しいことを信じて貫き通す。それが恐怖に打ち勝つ術だから。それが「自信」なのだ。勝利のあと、悪い想像が実現しなかったことに対する安堵の涙を流すことは決して弱さを見せることでもなければ恥じることでもないのだ。
皇帝よ、どうか自らを信じて貫いて欲しい。私はあなたを「皇帝」と呼び、あなたが自らを信じる強さを尊敬し、誇らかに仰ぎ見てきた。そのことを失望させないで欲しい。あなたが強い存在であったればこそ、あなたを負かしたサフィンやナダルやナルバンディアンが光り輝くのだ。ロディックもヒューイットもあなたに勝てない悔しさに身を焦がすことがあってもけして恥じてはいないはずだ。あなたは常に自らが美しいと自画自賛するテニスをやり通して、前のみを見つめて歩き、コートの上で輝いているべきだ。消極的姿勢や相手のミスを待つことなどが皇帝のテニスになりうるか。比類なき覇気と攻めの姿勢こそが皇帝の真価なのだ。
司馬遼太郎が日露戦争を描いた大河小説の題名は「坂の上の雲」である。なぜ「坂の上の雲」という題名なのかは小説を読んだだけではわからない。それは単行本第一巻のあとがきを読んではじめて理解できる。司馬氏は明治が歴史の教科書で教えられているような暗いだけの時代ではなかったという。これほど楽天的な時代はなかったと。明治日本を作ったのは幸福な楽天家たちだったと。その楽天家たちが自ら作り上げた近代国家をもって大国ロシアとの戦争という途方もない大仕事にかかる姿をこの小説で書こうと思ったと。そして「楽天家たちはそのような時代人としての体質で、前のみを見つめながら歩く。登って行く坂の上の青い天にもし、いちだの白い雲が輝いているとすれば、それのみを見つめて坂を上ってゆくであろう。」と
けっして楽天家ではないだろう、皇帝ロジャー・フェデラー。おそらくは悲観論者であろうこの「皇帝」が自ら作り上げたテニスで生涯グランドスラム達成という大仕事に取り掛かる。彼の前途は決して平坦でなく坂道を登っていくかのように多くの困難が待ち受けるだろう。そして坂を登りつめた先に待つであろう決勝の相手ナダルはフェデラーの今までのテニスキャリアにおいて最大の障壁として立ちふさがるだろう。いま、フェデラーに必要なのは「自らを信じる」事だ。全仏タイトルという坂の上の雲を目指してフェデラーがゆく。その過程を今年も「フェデラーのガリア戦記」として書き記そうと思う。結末がどうなるかはまだわからない。
2006年05月29日 フェデラーのガリア戦記2006 第一回戦
ドローではフランスの曲者クレメンと当たる予定だったが、突如クレメンが欠場を表明。左太ももを痛めたらしい。替わりに皇帝の初戦の相手に選ばれたのはハルトフィルド。見たことも聞いたこともないない選手だ。
フェデラー 75 76 62 ハルトフィルド
ストレートだが、第一第二セットは大苦戦じゃないか。WOWOWアナログの放送は第三セット途中からの放送だったので、フェデラーが圧倒する場面しか映像で見られなかった。解説によるとバルトフィルトのストロークが当たりに当たっていたらしい。それでもセットを落とさず第三セットは堂々の横綱相撲、良い出だしではないだろうか。
ところで、今年から全仏は開会日程を全14日から全15日と一日伸ばし、日曜日開幕を実施した。フェデラーはその記念すべきグランドスラム初の日曜日開催の初日に登場したわけだが、本人はいたくご不満のようである。この日曜日は休みたかった、第一週の二日に一度の試合ペースが崩れるのはイヤだと多方面に働きかけたが、彼の願いはかなえられなかった。二回戦は二日後である。調子を崩さず言ってもらいものだ。
2006年05月30日 静かなる開幕
今年の全仏は大会日数が1日多いので,二日目が終わってもまだ一回戦が全て消化されたわけではない。だけどね・・・・・今年はシード勢が順調だ。全仏に波乱が多いのはクレーが苦手でハードが得意というランキング上位の選手がシード選手となって苦手なクレーで早い段階の敗退をするというパターンが多いからだ。毎年「シードダウン、誰々が負けた!」とか「誰々が初戦で敗退するという波乱があった」とかいう記事が一週目は舞う、第一週はシードダウンの報告が主な記事になるのだが、二日たってもその話題がない。
ナダルも勝った。これによりビラスのクレーコート53連勝の記録を突破する54連勝を達成。クレーコート連勝記録で単独トップになった。去年のMSモンテカルロから始まった記録なので、現実には2シーズンクレーでは負けなしである。ローランギャロスでは決勝まで行くと6試合することになる。記録が大幅に更新されることは間違いない。しかし、セレモニーが行われたらしいが、周囲も本人も比較的おとなしい反応だった。
何とも静かな開幕である。
2006年05月31日 もっともクレーに適した大和撫子
ペトロワダウン、ロディックダウン、サフィンも負けた。やっぱり1回戦でシードダウンが起こった。ようやくローランギャロスの第一週らしくなってきたといえるのか。でもね、ペトロワもロディックも怪我による敗退だからね、クレーコートの大会だったって事は理由になっていない。気の毒といえば気の毒だ。特にペトロワは第三シード、直前の3大会連続優勝をして全仏に乗り込んできただけに失望は大きい。彼女がようやく世界にその力を示すことのできる良い機会だったのに。今年後半の活躍に期待しよう。
ペトロワの相手は森上だった。WOWOWで放送されていたが、精悍な表情に鋭い眼光、相変わらずクレバーで強気だ。そして強い。高い打点から角度の付いたクロスを切り返すショットが冴え渡っていた。No3のペトロワとはいえ、左足に負傷を抱え十分に走れない選手がしのげる相手ではなかった。
伊達引退後、長らく日本のトップランカーは杉山・浅越の二枚看板だったが、徐々に中村と森上に引き継がれていくことだろう。偶然にも二人は左右ともに両手打ちの選手であるが、印象は結構異なる。
中村はワングリップだ。グリップチェンジをしない。日本のジュニアには男女問わずこのワングリップ両サイド両手打ちが意外と多い。ただ、中村は右も左も左手が下で右手が上、通常の右利き両手打ちバックハンドのグリップとは逆である。直線的なフットワークで打点にできるだけ早く近づき、ライジングで打つ。両足を踏ん張って、上半身をトルクフルにぶんぶん回して、速いスピードのスイングでハードヒットを繰り返す。アップテンポのラリーに相手を巻き込み、これでもかこれでもかとハードヒットを相手コートに叩き込む。駆け引きなど関係ない、打ち合いを挑み打ち勝つことこそが彼女のテニスだ。
森上は左右でグリップを変える、右で打つときは右手が上、左で打つときは左手が上、つまり森上のストロークにはバックハンドがない、右も左もフォアハンドの両手打ちだ。一つ下の世代の森田の左と右も同様である。フットワークが曲線的で、ボールのコースに対して後ろから円を描いて入り込む。そのコースに後ろから入り込む過程でグリップチェンジをしている。深いボールに対して下がりながらグリップチェンジをしている彼女の一連の動きはスムーズだ。テイクバックがコンパクトで体重移動をしっかりと使う。ゆったりとしたスイングだが体重の乗ったハードヒットは強力である。球種も多彩で、高い打点のハードヒットだけでなく、スライスにムーンボール、ロブにドロップショットと緩急をおり混ぜた攻めを見せる。
「日本人女子選手の中でもっともクレーにフィットしているのは私だ」と森上は語っているらしいが、これは当たっている。彼女のプレースタイルはクレーに適している。ペトロワの負傷が大きく作用した勝利ではあるが、「偶然を味方につける」のも強さである。このチャンスを大いに生かしてほしいものだ。
2006年06月01日 流れを生かすレザイ
雨に風、そして寒さ、今年のローランギャロスの空は大荒れであるが、ローランギャロスのシード勢はなぜか男女ともほぼ安泰である。それだけに昨日の女子No3ペトロワの初戦敗退は大きな出来事だった。そのペトロワを突破した森上にチャンスを与えた勝負の女神は杉山にもチャンスは与えたが、微笑みはしなかった。
全仏女子シングルス2R レザイ 46 64 63 杉山
WOWOWの中継では、フランス出身のダバディ氏がテニスボールのような丸顔の土肥ゆきよ氏と進行役を勤めている。そのダバディ氏が地元の新聞記事を紹介するコーナーが冒頭にある。そのコーナーで先日紹介されたのがこのレザイだった。予選上がりのこの無名選手が地元新聞になぜ大きな記事で掲載されていたかというと、彼女の家族の台所事情。つまりお金がない。父親が運転するキャンピングカーで寝泊りしてヨーロッパを転戦している。今年になってヨーロッパ以外のトーナメントに出場することになったが飛行機代もホテル代もない、父親は銀行に借金して彼女を送り出した。でも彼女は借金を返済できるだけの稼ぎを上げることが出来なかった。ヨーロッパクレーシーズンになり、この全仏の予選を突破してようやくその借金が返済できそうな状況になったという。だがその実力は地元フランスでも大いに期待されている。
その彼女が1回戦を突破して第22シードの杉山と当たった。第二セット途中までは杉山ペースだった。でもブレークポイントをつかみながらもブレークできずにいる状況が続く間に、エラーを多発させていたレザイの強打が入りだした。徐々にレザイのウィナーが増え、いつの間にか逆転され第二セットを取られた。第三セットに入ってもレザイはその良い流れをキープして、シードNo22の杉山に堂々の勝利を収め、地元観客の喝采を受けた。
打ち続ければいつかは入るはずとハードヒットを続けたレイザ、第三セットの雨の中断でも流れを変えられることなく、一度つかんだ流れを最後まで押し通した。当初流れは杉山にあったが、第二セット途中で更にギアをアップできずに勝ちきるチャンスをモノに出来なかった。地力で杉山が劣っていることはないと思うのだが、「つかんだ流れを、自分のモノにして一気に勝ちきる」という点で今回はレザイに軍配が上がってしまった。レイザはこのままトーナメントを勝ち上がる「流れ」もつかんだのだろうか。今後に注目しよう。
2006年06月02日 フェデラーのガリア戦記 第二回戦
2006全仏二回戦 フェデラー 61 64 63 ファーラ
見事な横綱相撲で押し切った。雨の中断なぞ、モノとはしない。一回戦で妙に苦戦しただけにここで圧勝が出来てよかった。三回戦の相手はマスーである。これからはなかなかのタフドローが待っている。その前に自分の勝ちパターンをいいイメージで再現することが出来た。このイメージを維持して行って欲しいものである。
2006年06月03日 フェデラーのガリア戦記2006 第三勢力侮り難し
全仏2006男子シングル3R フェデラー 61 62 57 75 マスー
フェデラーがマスーを突破した。3回戦で早くもセットを落としたが、それほど落胆はしていないだろう。クレーではもともと試合そのものが長引くのだ。
さて、皇帝の上る坂道はこのあたりから勾配がきつくなる。順当に行けば4Rベルディッヒ、QFロブレド、SFナルバンディアンである。よりにもよってこの三人がフェデラーの山にいる。しかも順番に当たるというこの因縁はなんだ。「この三人」とは、2004年最終戦TMC(マスターズカップ)から直前の2006MS(マスターズシリーズ)ハンブルグ大会までのこの約一年半、TMCを含むマスターズ格の大会でフェデラーとナダル以外に優勝した事のある選手はわずかに三人、それが2005年MSパリ大会優勝のベルディッヒと2006年MSハンブルグ大会優勝のロブレド、そして2005年TMC優勝ナルバンディアンの「この三人」なのである。フェデラーとナダルの両雄が二強状態で君臨する現ATPツアーにおいて、サフィン・ロディック・ヒューイットが失速している今、事実上両雄を追撃する「第三勢力」をあえて挙げるならこの三人だろう。特にこの三人、クレーでも強い。いや、対フェデラー戦を想定すると、クレーのほうが強い。マスーは1セットダウンですんだ。だがこの三人との対戦はたとえ勝っても、何セットもっていかれることか。まして、対ベルディッヒ戦、対ロブレド戦でフルセットマッチとなり、疲れ果てたところで対ナルバンディアン戦が長引くこととなれば最悪のシナリオだ。去年の年末TMC決勝敗退の再現となりかねない。たとえ勝ってもその先でナダルと当たるのに「万全の体制」とはとてもいえまい。ナルバンディアンの代わりにガウディオかダビデンコが来てもその厳しさには変わりない。
フェデラーが大会で優勝する確率の高さは驚異的である。それは試合に勝つ強さだけでなく、トーナメントを最後まで勝ち抜く強さを持っているからだ。その強さの一つは、勝てる相手にはで短時間に圧勝して、省エネテニスにて勝ち進む、大会後半に対して体力と気力を温存しておける強みをもっていることであろう。だが今年の全豪あたりからその強みが衰えつつある。他の選手も成長しているのだし、フェデラーも研究されているのだから当たり前といえば当たり前なのだが、やはりこの生涯グランドスラムをかけた大会で避けたかった事態ではあろう。しかし、時間はもう元に戻せない。ここからが正念場だ。フェデラーの障壁は決して決勝戦だけではない。
一方でナダルのドローが楽なものかどうかは意見の分かれるところだろう。
3Rを突破した後、4Rで待つのはヒューイットとハーバティの勝者、ヒューイットは対ナダル全勝であるが、クレーではたして連勝記録を伸ばせるかどうかは怪しい。それよりQFの相手だ。そこにハース・ブレーク・モンフィスのいずれかが来る。その先はおそらくフェラーか。この顔ぶれ、ハードコートの大会ならタフではあるが、クレーではナダルがかなり優位と見る。ただでさえ、底なしのスタミナを持つナダルである。それがセットをさほど落とさずに決勝まで進むと、全仏連覇の可能性はかなり高まることだろう。
WOWOWの放送でアルマグロ対ブレークの第一セットを見た(雨天翌日順延だった)。初めてアルマグロを見たが、とてもフェデラーに似たテニスをする。フォームも片手打ちバックハンドのスイングやフィニッシュの右肩甲骨のそり方などがフェデラーを髣髴させる。フェデラーが「今年はアルマグロがクレーでは来るだろう」と発言したらしいが、アルマグロの中に自分と同じモノを感じ取ったのかもしれない。アルマグロが勝ちあがってナダルと対戦すれば面白かったと思うのだが、実際には攻守において力量の勝るブレークが勝ちあがった。ブレークもまた、対ナダル戦負けなしである。だがクレーの上でどれだけその力を発揮できるか疑問は残る。
コートの外では様々な思惑が入り乱れるが、当人達は一戦一戦を集中して戦うだけだろう。赤土の上の男達の戦いは第二週に後半戦に突入していく。
2006年06月03日 赤土の上の女達
なかなか、白熱してきましたね、ローランギャロス。
女子の第一シードモーレスモは順当に4回戦に駒を進めた。次はバイディソワ。そしてその次はおそらくヴィーナス・ウィリアムズが待っている。ヴィーナスは徐々に調子を上げ、強さを取り戻しつつあるかのように思える。ローマの大会でヒンギスに敗れたことが彼女のモチベーションを上げているのではないだろうか。とにかくこのところの「弱いヴィーナス」のままのイメージで対戦すると痛い目に合う事だろう。シャラポワは次にサフィーナと、クズネツォワはスキアボーネと4回戦で戦う。ここを順当に突破すればQFでこの実力者二人がぶつかる。QFで予想される激戦に備えて楽に4回戦を突破したいところだがサフィーナもスキアボーネも楽な相手ではない。
さて、WOWOWの中継ではフェデラーと共に生涯グランドスラムの達成を期待され盛んに特集されているヒンギスであるが、その道程は険しい。3回戦を突破すれば、その先に待っているのは東レで優勝を阻止されたディメンティエワ、そしてその後QFでクライシュテルス、SFでエナン、最後にモーレスモ(あるいはシャラポワかクズネツォワ)である。いくら運を味方につけてもこれは厳しい。トップハーフの方に入って決勝でエナンかクライシュテルスの勝者と一発勝負、という展開なら可能性があったかのように思えるが、ベルギーの二人を連戦で連覇とはさすがにねえ・・・・でもちょっとだけ期待しよう。ヒンギスの二回戦がWOWOWで中継されていたので見た。相変わらず格下相手には余裕の展開である。オープンコートを作ることがうまいこと。あんな単調なラリーでなぜあんなにうまくいくのだと問い掛けたくなる。でも全豪の時に比べて少し切れがないような気もする。展開力もショットの鋭さも。球脚の遅いクレーでは得意の早い展開が少し遅くなるのかも知れない。ヒンギスは主にクレーで育った選手だが、だからといってクレーのほうが強いというわけではない。ここがテニスの面白いところだ。
ボトムハーフの準決勝は大方の予想とおりエナン対クライシュテルスになる公算大である。キムは2007年引退宣言を撤回していない。宣言通りなら、後一年半で7回グランドスラムタイトルに挑戦する機会があるが、怪我の絶えないキムである。この一年半も全戦フル出場とは行くまい。それだけにこの一戦にかける意気込みは並々ならぬものがあるだろう。孤高の女王エナンは磐石の体制で待ち構えている。モーレスモには悪いが、やはりこのSFは実現すれば事実上の決勝戦となろう。ベルギーの月と太陽、クライシュテルスとエナンの対決はグランドスラムであと何度見ることができるだろう。がっぷりと四つに組んだ試合を見たいものである。どちらが勝とうとも。
2006年06月03日 サーバーの安定こそ命
ゴンザレスダウン、バクダティスダウン、そしてライブドアのサーバーダウン。昨日一日、ブログに記事を投稿できなかったじゃないか。森上も負けた。女子でクレーとはいえ、やはりサーブの威力と安定はとても大切なのだねと思わせる試合内容だった。そしてネットのサーバーも容量と安定が大事なんですよライブドアさん。障害の復旧に結局3日もかけちゃって・・・・一瞬、今まで投稿した記事が全ておじゃんになったのかと冷や汗を欠いたぜ。頼むよ、堀江モンの逮捕後も、ひいきに使い続けているのだからさ。テニスもIT産業も同じ、サーバーの安定こそが命だ。
2006年06月04日 ナダルの勝ち方
さてさて、この大熱戦、ナダルが苦戦したと見るか、彼らしい試合内容だったとみるか・・・・・
2006全仏男子3R ナダル 57 64 64 64 マチュー
マチューが攻める。ナダルは何度も追い込まれた。そして第一セットは落としてしまった。だが、決めたポイントの後、連続してポイントを決めさせない。それがナダルの恐ろしいところ。第二セット以降も試合内容で押されているのはナダル、でも最後にゲームを取ってセットを奪うのはナダル。そんな展開だった。これからもこんな試合が続くだろう。それをみて「ナダル大苦戦じゃないか、これなら決勝にでフェデラーと対戦しても今度は負けるのでは」と予想してしまいそうだが、実は違う。これがナダルのペースなのだ。こうして勝つのがナダルのテニスなのだ。強さなのだ。彼はこれと同じよな展開でフェデラーを5度も退けたのだ。このまま行けば同じような展開でナダルが勝つだろう。決勝でも。策はあるのかフェデラーよ、
2006年06月05日 フェデラーのガリア戦記2006 鍛え上げられたフォア
2006全仏男子シングルス4R フェデラー 63 62 63 ベルディッヒ
フェデラー完勝である。最終セット3ゲームベルディッヒに取られた後、6ゲームを連取した。この試合、そのほとんどのポイントをフォアハンドからの連続攻撃でウィナーを取りに行き、そしてポイントを取った。あれこそが皇帝フェデラーのテニスである。
如空がフェデラーの試合を一試合丸々観戦したのは2003年のウィンブルドンSF対ロディック戦である。あのときの鳥肌が立つような衝撃は未だに体が覚えている。フェデラーが様々なアイデア駆使してそれをコートの上で表現した。それはまさに芸術だった。あれから4年近く経つ。今のフェデラーのテニスはあの頃に比べて大きく変わっている。どんどんシンプルになっている。「弱い」といわれていた片手打ちのバックハンドもサーブも徐々に強化され、今ではフェデラーのバックやサーブが弱点だと言う人はいなくなった。それどころかサーブもバックも技術的は超一流、十分世界のトップランカーに通用する強力な武器となった。だが、今のフェデラーの試合でその素晴らしいバックハンドやサーブに威力をときに垣間見ることはできてもそれを堪能するまで何度も見る事はない。あくまで打つのはフォアハンドだからである。攻撃の基点は全て高い打点のフォアハンドのハードヒットから始まる。ネットに出るのもフォアのハードヒットからだ。あれほどバックハンドスライスを得意としている選手なのに、バックハンドスライスからのアプローチなどほとんど見せない。サーブで主導権を握れるときでもそれほど打たない。あくまでもリターンが返ってきて、フォアからはじめる。サーブアンドボレーがあれほどうまいのに、たまに奇襲をかけるとき以外ではサーブアンドボレーを多用しない。昔はフォアでもコンチネンタルグリップのブロックリターンを良く使ったが、今ではフォアで打てるリターンは極力ストロークと変わらないフルスイングで打とうとする。全てはフォアハンド・ストロークのハードヒットから始まるのである。
昔はそうではなかった、いろんな場所から様々なショットを繰りだし、そこから攻めた。多種多様な攻撃オプションを全て兼ね備え、それを駆使して、どこからでも、いつからでも攻めてくる、攻守が表裏一体で、つなぐ球がそのまま攻撃に取って変わる、守りながら攻める。変幻自在、あれこそがオールラウンドプレート言うべきテニスだといえよう。
それが、どんどんフォアが強力になっていき、今やフォアハンドの連続攻撃のみで勝ってしまう。そういうテニスになった。試合で色々なアイデアを試してみようというテニスでなく、ひたすらフォアハンドのみを磨くために打ち続ける、そんなテニスになっている。まるで刀鍛冶が名刀を造るために鍛えに鍛え、何度も何度も繰り返し熱い鉄を打ちつづけるかのように、フォアハンドを鍛えつづけ、それだけでも世界最強のプレーができるようにまで鍛え上げた。それが皇帝の最大の武器である。
この4R対ベルディッヒ戦もそのフォアハンドからの連続攻撃だけで勝った。フェデラーは集中力を3セット間、維持しつづけ、鍛え上げたそのフォアハンドを打ち込みつづけた。そしてフォアだけで勝ちきった。
戦争において戦術面の目標とされるのは「相手の主戦力の非戦力化にある。」と言われる。つまりは相手の強いところは機能させるな、敵の武器を奪え、という意味である。テニスに置き換えるなら、相手に得意なことをさせるな、ということだ。テニスにおいてフォアを打たせないようバックにボールを集めるのは基本だ。それを見越して選手はバックにきたボールをフォアで打てるように「回り込みのフォアハンド」の練習をする。フェデラーの鍛え上げられたフォアハンドを非戦力化することは簡単なことではない。フェデラーのフォアを無力化することなど不可能に近いように思える。
だがナダルはそれをやってのける。左利き特有の回転のかかったヘビートップスピン、そして角度のついたカウンターショット。打点を前にして高い打点でフォアを打ちたいフェデラーの意図はそこで狂わされる。
ナダルがフェデラーのフォアを封じ込めるか、フェデラーがそれでもフォアを打ち切れるか。そこに勝敗を分かつポイントがあると如空は見る。次回の対戦でフェデラーはフォアを最初から打ち切れるだろうか。
2006年06月05日 全仏らしくなってきたぜ
一週目、ローランギャロスの天気は大荒れだった。気温は低い、風は強い、雨は降る。しかし、ペトロワ・ロディックの敗退こそあれ、上位シードは安泰だった。第二週に突入しようかというミドルサンデー。美しい青空の下に広がる森の中のレッドクレー、天気は最高に良かった。しかし、2006年全仏の4回戦、試合は荒れた。
バイディソワ 67 61 62 モーレスモ
第一シードモーレスモダウン!しかもベルギーの二人エナンとクライシュテルス以外の相手に負けた。このバイディソワ、今年の全豪の4回戦でも当たったのだが、このとき、モーレスモはシコラーとなってバイディソワにゆるいムーンボールを出しつづけた。ハードヒッターのバイディソワはそれを叩こうとしてことごとくミス、自滅した。モーレスモに自滅させられた。そのリベンジをしっかりとされてしまった形になった。
クライシュテルスもエナンもウィリアムズ姉妹もダベンポートも、決して相手が格下でミスを多発する相手でも、シコラーになってミスを待つテニスなどはしない。攻めて攻めて攻めまくって、その上で圧倒しようとする。それは試合の主導権を握っていたいからだ。シコラーになると主導権を握るのは相手じゃないか。主導権を握られると何が起こるかわからない。相手のハードヒットが突然入るようになったらどうする、そこから反撃を開始するのか、主導権を握られたまま、どう反撃する。詳しい試合内容は映像で見ていないのでなんともコメントしにくいが、あの全豪4Rで格下相手にミス待ちのつなぐだけのテニスをしたことが、そのままこの全仏4Rで同じイメージを引きづったまま試合をして、入り始めたバイディソワの攻撃に主導権を取り返せなくなってしまったのではないか。女王は格下相手にミス待ちのテニスをしてはいけない。攻めきって、その上で圧倒しなくてはならないのだ。
サフィーナ 75 26 75 シャラポワ
シャラポワダウン!クズネツォワの待つQFまで進めなかった。調子次第では決勝進出もありえただろうに。試合から遠ざかっていたことが敗因だとシャラポワは語っている。おそらくは第一セット・第三セット5-5からニゲームを連取できずに逆にサフィーナに連取された場面を言っているのだろう。ハートの強さで戦うシャラポワである。勝負のかかったあの大事な場面でギアを上げきれなかったのかもしれない。しかし、逆にいえばそこでギアを上げる事の出来たサフィーナが見事だったともいえる。さあ、ローマ大会では決勝まで進んだサフィーナ、次のクズネツォワも突破することができるか。要注目である。
ヴィーナス・ウィリアムズとクズネツォワはそれぞれフルセットの末、4Rを突破した。トップハーフはバイディソワ対Vウィリアムズ、サフィーナ対クズネツォワである。ヴィーナスもクージーも楽ではない、モーレスモやシャラポワのような波乱が待っている可能性も十分にある。
それに比べれば順当な女子ボトムハーフ、エナンはミスキナを、クライシュテルスはハンチェコワを共に一蹴してQFに駒を進めた。彼女達がSFで激突するまでに誰が止めうるのか。まだ4Rが終わっていないヒンギスに期待がかかるが、ヒンギスもいつもと同じテニスではキムは勝てないだろう。策があるだろうか。エナンの山にNo3ペトロワが万全の体制でいてくれれば面白かったのだが初戦で敗退してしまった。実際にはエナンを止めうる存在はモーレスモが敗退した今、SFでのキムしかいない。5年前、2001年の全仏SFでキムはエナンを破って初のGS決勝進出を決めた。しかし、その後GSでエナンには勝てていない。全て決勝で当たり3連敗している。そしてこの2年間、GSでの直接対決は実現していない。GSでは驚異的な集中力を発揮するエナンだ。キムはここを突破できるかどうか。前年度覇者としてエナンが阻止するか。実現すれば大一番になる。
一方の男子はシードの高いほうが勝ち残ったので安泰ともいえるのだが、如空には波乱に見えるのがこの結果だ。
フェデラー 63 62 63 ベルディッヒ
アンチッチ 64 46 26 64 75 ロブレド
ダビデンコ 63 64 36 64 ガウディオ
ベルディッヒストレートでダウン、ロブレドはシードを守れずアンチッチの前に逆転負け、ガウディもその才能を発揮することなく姿を消した。そんななかナルバンディアンは3セット連続6-4でストレート勝ちを収めた。ベルディッヒとロブレドはストップザフェデラーが可能な存在として密かに注目をしていただけに残念だ。これで男子のトップハーフQFの組み合わせはフェデラー対アンチッチ、ナルバンディアン対ナルバンディアンである。アンチッチってクレーではどれほどのテニスをするのだろう。直前のMSハンブルグSFでこの二人ロブレドとアンチッチはぶつかり、その時はストレートだったが75 64という白熱したゲームだった。そこで勝ったロブレドは決勝でステパネックを破り見事にマスターズシリーズ初制覇を遂げる。あのSF、アンチッチがもう少し粘れれば勝敗の行方はわからなかった。それを今回は見事にフルセットマッチの大逆転劇で成し遂げた。アンチッチはこの勝利で何かをつかんだかもしれない。さあ、フェデラー、ベルディッヒと同じように押し切れるか。そしてナルバンディアン対ダビデンコ、これも白熱しそうだ。
ボトムハーフの4Rは今日行われる。3Rでブレークがモンフィスに敗れた。ハースも3R敗退である。第二シードナダルはかなり楽になったように見えるが実際にはどうだろう。先日の対マチュー戦もあれほどもつれるとは予想していなかっただろう。フルセットマッチでなく4セットだったのに5時間を越えた試合というのはクレーでもそうあるものではない。足首に少し故障を抱えているナダルである。次の対ヒューイット戦あたりで波乱が起きそうな気配がないでもない。ヒューイットはクレーが苦手と言われるが、一昨年はヒューイットもクレーでいい結果を出している。2004MSハンブルグでSF、2004全仏ではベスト8でQFまで行っている。ヒューイットって結構ハードコート育ちの割にスライドステップがうまいのだよね。二人とも命綱の脚に少し故障を抱えているが、今のところプレーに支障が出るところまで行っていない。そしてナダル・ヒューイットの二人ともカウンターショットの名手。ロブもうまい。如空は初めてナダルを見たとき「赤土の上のヒューイットだ」と述べたことがある。さてさて、見た目の印象はかなり異なるが、実は共通点の多いこの二人、赤土の上でボールの追いかけっこをさせるとどういう結果になるだろう。相手が攻めて来てくれるからこそカウンターショットは武器になる。ガンガン攻めて来てくれない相手にはどういうテニスをするのだろうか。守りに固いこの二人がお互いにどう仕掛けるのか、注目である。
2006年全仏もいよいよ後半戦突入である。去年は男子SFのナダル対フェデラー以外はやや盛り上がりに欠ける大会であったが、今年はその心配はなさそうだ。熱戦を期待しよう。
2006年06月06日 崩れたサーブ、崩れたジンクス、崩れぬ壁
2006全仏4R ナダル 62 57 64 62 ヒューイット
サーブだ、サーブ、テニスはサーブだ。ディフェンスに固い、自分からはあまり攻めてこない、共にビックサーバーではないこの二人の対戦にしても、やはりサーブの重要性は変らない。終始ナダルが安定したテニスを見せたのに対して、ヒューイッには波があった。特にサーブに波があった。第一セット、ファーストの入りが悪かった。第二セット、ワイドにいいサーブが入るようになった。セカンドサーブからも攻めた。そのため、ナダルのコートカバーをもってしてもコートの外に追い出されてオープンコートに叩き込まれるシーンが増えた。そしてヒューイットは最後に競り勝った。第三セットの途中までヒューイットのサーブは好調だった。だが途中から少し甘くなった。その甘くなったところをすかさずナダルは攻めた。ディースが続く場面で最後にブレークするのはナダルだった。そして試合はナダルが結局勝った。
ヒューイットはブレークポイントを何度も握られながらサーブで切り抜けた。それでも押し切れなかった。逆にナダルはヒューイットにブレークポイントで何度か破られたが、ブレークポイントにいたるまでにキープを決めるゲームがほとんどだった。ナダルのサーブが終始安定していたからだろう。
得意なサーフェイスは異なるとはいえ、共にベースライン主体の粘り屋同士、もっと足を使ったラリーの応酬が見られるかと期待したのだが、試合はサーブを中心に早め早めの攻めをサーバー側が見せ、予想とは裏腹の早い展開の試合内容となった。あの展開ならばヒューイットにも分があったと思われるのだが、サーブが試合序盤と終盤で安定していなかったことが災いした。クレーの上で、しかもヒューイットのこのところの不調を思えばクレー巧者の第二シード相手に善戦といえるかもしれないが、もう少しサーブが入れば第二セットで見せた展開をもっと多く使えたのではないかと考えると、少し残念な結果であった。
ナダルもこれでベスト8進出である。QFの相手はゴンザレス、ハース、モンフィスを連破したジェコビッチ。反対側の山からはリュビチッチが勝ち上がっており、QFでベネトーと当たる。はっきり言ってジェコビッチもベネトーも知らん。どんな選手だ?中継で観戦するのを楽しみにしておこう。
ところで男子はこれでベスト8が出揃ったわけだが、スペイン勢はナダル一人だけ、アルゼンチン勢もナルバンディアン一人だけ、逆にクロアチアのビックサーバーが二人、勝ち残っている。非常に珍しい顔ぶれになった。ここ数年、全仏は「サッカーのワールドカップがある年はオールスペインファイナルの末、スペイン人チャンピオンが生まれる」というジンクスに支配されてきたが、今年はこのジンクスが崩れた。このジンクス、生きていればおそらくロブレドがフェデラーを止めてそのまま決勝に進むというストーリになると考えたのだが、やはり勝負の神様はフェデラーとナダルを様々な紆余曲折を経ながらも最後には決勝での対決に導くのだろうか。いよいよベスト8が激突する。
一方で女子はヒンギスがセットを落としながらもQFに進出した。さていよいよクライシュテルスと対戦である。ヒンギスがいくらベストのテニスをしても、ダベンポートやウィリアムズ姉妹やロシア勢を倒せるようになっても、グランドスラムではクライシュテルスとエナンだけには勝てない、ベルギーの二人を突き崩す所までは届かない、そんな気がするのだが、そんな野次馬の予想を見事に覆して見せることができるかヒンギス。こちらも注目しよう。
2006年06月06日 全仏女子の山場近づく
2006年全仏女子シングルスQF
クズネツォワ 76 60 サフィーナ
バイディソワ 67 61 63 Vウィリアムズ
第一セットリードしていたのにひっくり返されたサフィーナ、第一セット取ったのにひっくり返されたヴィーナス。共に流れを支配し切れなかったことが悔やまれることだろう。
さあ、女子のベスト4が出揃った。SFは
クズネツォワ対バイディソワ
クライシュテルス対エナン
である。まだ10代のバイディソワはモーレスモ・ヴィーナスを連破してのSF進出である。新たなるヒロインの誕生なるか。けど騒がれているほど美少女って感じじゃなと思うがなあ。まあこれは好みだからどうでもいいのだけど。だがクズネツォワはモーレスモやヴィーナスのようにはいくまい。ロシア人のクージーは男子のサフィンと同様にスペインにテニス留学してそこで育った。クレーは彼女の得意なサーフェイスだ。エナンにも匹敵する男性的な全身のばねと瞬発力を生かした鋭いショットで右に左に打ってくる。彼女をもしクレーの上で突破できればバイディソワの才能は本物だろう。
一方ボトムハーフではベルギーの2人が事実上の決勝戦を戦う。クージーの存在は大きいかも知れないが、やはりここが最大の山だ。もしかしたら今年のWTA最大の山になるかもしれない。
いよいよ山場が来る。更なる熱戦を期待しよう。
2006年06月07日 フェデラーのガリア戦記2006 風林火山
2006全仏男子シングルスQF フェデラー 64 63 アンチッチ
第一セット、静かなキープ合戦で試合は始まった。静かだが張り詰めた雰囲気だ。アンチッチがとてもよい。武器であるビックサーブが冴えていたことももちろんだが、ストロークがいい。タメを入れてからしっかりと振り切って深いところに威力のあるボールを入れてくる。フォアもバックも良い感じだった。だがフェデラーはあわてない。とても静かだ。じっくりと打ち合いに付き合い、自分のサーブはキープして第9ゲームにまで来た。30-30でフェデラーがポイントを取った。セットポイントが来たが、フェデラーは落ち着いたまま静かだ。だがフォアのストロークの角度が鋭く厳しくなった。耐え切れずにアンチッチがミスして64で第一セットフェデラーが取る。
第二セット、フェデラーは太陽が目に入ったのかスマッシュミスをする。ここにつけこむアンチッチは第一ゲームでブレークに成功した。だがフェデラーは動じない、そのまま再び静かなキープ合戦になるが第六ゲーム、皇帝はなにげなくアンチッチのサービスゲームをブレークし、何事もなかったかのように3-3にする。アンチッチにプレッシャーがかかり始めたのか、調子の良かったストロークもネットに出た時のボレーもミスが出始めた。すかさず攻め込むフェデラー。一気に5ゲーム連取。前半アンチッチの流れだったが、そこでじっと耐え、動かず、アンチッチに崩れる兆しが見えるや否や、攻めに転じた。実に素早い攻守の切り替えだった。
第三セット、徐々に熱を帯び始める2人、たたみかけようとするフェデラーに、アンチッチも対抗する。3-3になってアンチッチが体調不調を訴えて試合は中断するが、すぐに復帰、少し元気をなくしたが、それでもアンチッチは気迫でブレークピンチを切り抜ける。だがそこまで、どこが悪いのかわからないが完全に顔から精気が抜けてうつむいて肩を落としているアンチッチ、1ブレークを奪うと、一気にペースを上げて激しく攻め立てて最後のサービスゲームをキープした。6-4で最終セットもフェデラーが取った。
序盤、静かではあるが非常にしまった内容の好ゲームだった。それを演出したのはフェデラーに十分対抗するショットを安定して打ち続けたアンチッチの力による。彼の力量は世界のトップランカーに到達しつつあるといえるだろう。それだけに終盤、体調不良によるものとはいえ、コートの上で覇気をなくしてしまった彼の姿を見るのは忍びなかった。しかしながら、その一方でフェデラーは磐石であった。相手の安定したサービスキープに対してこちらも静かに安定させて対応、ブレークされピンチになっても動じず、相手に乱れが生じると素早く攻守を切り替えてチャンスをものにして、勝利が見えれば一気に勝負をつけるべく、激しく攻め立てる。素早きこと風の如し、静かなる事林の如し、激しきこと火の如し、動かざること山の如し。風林火山の如き見事な皇帝のテニスであった。
ところでフェデラーの試合が終わった後、WOWOWはナルバンディアン対ダビデンコの試合を途中から中継したが、その映像は驚くべきものだった。
ナルバンディアン 63 63 46 62 ダビデンコ
ナルバンディアンが早い。ショットも、スイングも、反応も、動きも、攻撃の開始も、全てが早くなっている。去年末のTMCの時よりも全豪の時よりも、全てが早くなっている。ここはクレーだぞ、球足の遅くなるこのクレーでなぜハードより早くなるんだ。第三セットでダビデンコが高い打点からのハードヒットを繰り出して反撃を開始したが、再びナルバンディアンの早い展開に巻き込まれて押し切られていった。
あのクレーとは思えない早い展開、だがそれはフェデラーも望むところだろう。だが今のナルバンディアンは予想を超える強さを身につけ始めているのではないだろうか。SFでの皇帝の相手は予想通り難敵ナルバンディアンとなった。ガリア制覇まで後二つ、グランドスラム達成まで後二勝、その後二つに今、予想しうる最も困難な相手が立ちふさがる。いよいよ準決勝である。
2006年06月07日 剛柔併せ持つキム、そしてエナン
宿命の対決がまた迫ってきた。
2006年全仏女子シングルスQF クライシュテルス 76 61 ヒンギス
第一セット第一ゲーム、クライシュテルスは4連続サービスポイントでラブゲームキープ。続くヒンギスのサービスゲームもドライブボレーを織り交ぜた猛攻で奪取、キムの気合の入りようが凄まじい。しかし、その気合が空回りしてヒンギスにブレークポイントを握られる。第三ゲームはしのいだが、第五ゲームではヒンギスにブレークを許してしまった。が、そこで目覚めるクライシュテルス、ギアを一つ上げてすぐにブレークバック、キムは集中力を上げてウィナーを量産する。
キムの5-3でサーブインフォーザセットになった。だが、なんとヒンギスがブレークポイントを握り、バックハンドリターンでエースを奪った。ブレーク。次のサービスゲームをヒンギスがキープして5-5、追いついた。次のサービスゲームをお互い苦しみながらキープ、TBにもつれ込む。ヒンギスがいい感じになってきた。キムは強打で押さず、丁寧に繋いでオープンコートにせっせと入れてポイントを稼ぐ。最後はドロップショットでヒンギスをネットに誘き出して、バックハンドのパスを入れて決める。TB7-5でクライシュテルスが第一セットを取った。
第二セット、第一セットでヒンギスはまたブレークされた。ヒンギスはファーストサーブの確率が徐々に落ち始めている。そこをキムは狙う。第五ゲームもブレークされた。今度はキムもサービスゲームを落とさない。5-1になった。最後のサービスゲームも支えきれずにキムに押し切られた。6-1でクライシュテルスがSF進出を決めた。
ヒンギスは雨天順延と日没順延が絡み結果として5日連続の試合となった。第一セットで力尽きたか、サーブは入らなくなるし、振られたときの足の踏ん張りも効かなくなっていた。だが万全の体制であったとしてもヒンギスにはやはり苦しい試合だったろう。なぜならヒンギスがその最大の武器とする戦術的展開力、それとほぼ同じものをクライシュテルスも持っているからだ。オープンコートを作ることが上手いヒンギスであるが、対するキムも戦術面で負けていない。そしてその展開力に強打を組み入れて攻める。ベースラインでなくサイドラインに抜けるショットで相手をコートの外に追い出してからダウンザラインで決める。逆クロスの角度はフォアだけでなくバックでも厳しい。角度をつけたショットは放物線上の軌道でないとネットを越えてサイドラインの内側に入ってくれないものだが。とんでもない直線的な弾道でスピードのあるアングルショットを打ってくる。打つ前にひきつけて肩をいれて打つのでコースが読めない。ボールを落として強打をした後、帰ってきたボールを今度はライジングで切り替えしてオープンコートにボールを入れる。そして中ロブで逃げようとするとドライブボレーで止めを刺す。WOWOWの実況で「柔のヒンギス対剛のクライシュテルス」と表現していたが、キムのテニスは柔と剛の両方を兼ね備えている。あれこそ女子テニスの一つの完成形といえよう。そのクライシュテルスの完璧なテニスに対し、疲労をものともせず、全知全能を駆使して第一セットTBまで持っていったヒンギスも見事であった。が、内容はクライシュテルスの完璧なテニスに打ち負かされものだった。
如空はクライシュテルスのテニスの中に「ヒンギスの柔」と「ウィリアムズ姉妹の剛」の両方を合わせ見る。あれこそが女子テニスの一つの完成形だ。そしてそのテニスでもう一つの女子テニスの完成形に挑む。もう一つの完成形、それは余人には真似できない孤高の女王のテニス、エナンのテニスだ。
女子シングルスQF エナン 75 62 グロエネフェルト
エナンもまた、自分と同じスタイルを持つハードヒッターグローエンフィールドに第一セット均衡したゲームを強いられる。だが一度流れを掴むと鋭いショットで一気に突き崩した。エナンのテニスも剛柔併せ持つが印象はかなり異なる。キムが竜巻のようなテニスで相手を吹き飛ばすなら、エナンは鋭い矢で相手を貫き倒す。
ベルギーの月と太陽、エナンとキム、この全仏で相手の輝きを打ち消すほどの更なる輝きを見せるのはどちらだ。夜明けの空で月の輝きを消し去る太陽となるのは今度もエナンかそれともキムか。神の手は赤土の上での決戦に2人を誘う。
2006年06月08日 充実の2006全仏男子ベスト4
知らなかった、ナダルのあのバンダナにノースリーブのシャツ、そしてパイレーツパンツの姿は日本の漫画「ドラゴンボール」の主人公孫悟空を意識したコスプレだったんだ。あのテニス選手にしては奇形ともいえるあの体型、あの太い二の腕、上腕二頭筋、あれは悟空が大人になってからの姿(むちゃくちゃ腕が太い)にあこがれてトレーニングに励んだ結果で、テニスには役に立っていないとWOWOWの中継冒頭にダバディ氏が報じていた。某新聞紙の独占インタビューの記事が元ネタなのだが、本当ならナダル、お前ってやっぱり何を考えているかわからないやつだ。普通するか?漫画のキャラにあこがれただけでそこまで太くするかその腕。そのうち髪の毛を金髪に染めて「スーパーサイア人」とかやりだすのではないか。ナイキはぜひこの機会に「筋斗雲」という名のナダル専用デザインのシューズを出して欲しい。バボラは当然「如意棒」という名のナダル専用デザインのラケットを売り出すべきだ。ナダルにはぜひフォアのウィナーを打つときに「かぁ〜めぇ〜はぁ〜めぇ〜」とタメを作ってから「はぁー!」と言って打って欲しい。天気の良い昼間にロブを上げるときは「太陽拳!」と叫んで欲しい。満月の夜のナイトセッションでは大猿のぬいぐるみを着てコートに現れて欲しい。彼のコーチには亀の甲羅を背負って欲しい。そしてぜひ「ドラゴンボール」発祥の地、日本に来てプレイして欲しい。
2006全仏男子シングルスQF ナダル 64 64 RET ジェコビッチ
TVの画面の中でダビデンコが若返ったと思ったたらそれがジェコビッチだった。他の選手同様、ナダルの左利きのフォアハンドトップスピンに始めは対応できずに最初のサービスゲームをブレークされる。しかし、ジェコビッチは実にいいテニスをする。はじめて見たが繋ぐ球と攻める球のメリハリがはっきりとしていて安定している。攻める球は打点が高くてコースが厳しい。鉄壁のナダルのディフェンスをもってしても防ぎきれないノータッチのウィナーが連発する。サーブもいい、リターンもいい、ネットプレーも確実だ。その後キープ合戦で第一セットは6-4、ナダルが取るがジェコビッチの全身からは十分ナダルとやれる、ナダルを倒せるという自信がみなぎっていた。
第二セットから体幹部に痛みを感じるらしく、ジェコビッチはトレーナーを呼び治療するが、どこか辛そうに試合をする。ナダルに1ブレークを許すが、それでもジェコビッチのテニスは決して崩れずキープ合戦で進む。だが結局そのブレークが生きて第二セットも6-4でナダルが取る。
第三セット、ジェコビッチのサービスゲームで始まる。そのゲームが終る前にジェコビッチは帽子を脱いで棄権を主審に告げた。
ジェコビッチ、惜しい。打倒ナダルの可能性を十分に感じさせるテニスの内容だっただけに残念だ。このクレーで、あのナダル相手に、あれだけ素晴らしいノータッチのウィナーを連発できるのである。ハードコートでも十分活躍できるだろう。今後に期待しよう。
そしてベスト4SFに進出したナダルの相手はピッコロ・・・・・・じゃなかった、リュビチッチである。
リュビチッチ 62 62 63 ベネトー
地元の声援を受けた若者の挑戦をものともせずリュビチッチが堂々のテニスでSFに進出した。ビックサーバーはクレーでは弱くなるという通説を覆す力強い勝ち上がりである。やはりストロークの展開力が大事なのだ。同じビックサーバーのロディックもここを磨かなくてはならない。
これで男子はベスト4にエントリーランキングのトップ4にしてトップシード4の四人が揃い踏みした。SFは
No1フェデラー対No3ナルバンディアン
No2ナダル対No4リュビチッチ
である。
一年半前、2004年末のマスターズカップと2005初頭の全豪で同じようにランキングトップ4がトップシード4になりベスト4に揃い踏みした。あの時はNo1フェデラーの後をロディック、ヒューイット、サフィンというエントリーランキングNo1経験者にしてグランドスラムタイトルホルダーの3人の王が追撃していた。実に豪華な顔ぶれであり、その激突にはワクワクさせられたものだ。その頃に比べて、今のトップ4はNo2のナダルは未だエントリーランキングNo1を一時的にでも経験できず、ナルとリュビはGSタイトルはおろかマスターズシリーズのタイトルすら恵まれない。トップ4揃い踏みではあるのだがやや物足りない感は否めないのである。だが、ナルバンディアンは去年末のマスターズカップを取り、リュビチッチはMSを含む数多くの大会で決勝に進んだ。今年は勢いに乗りたいところだろう。果たして打倒ナダル、打倒フェデラーを果たせるだろうか。
全仏男子シングルス充実のベスト4、いよいよ激突である。
006年06月09日 エナンの圧力、抗し難し
2006全仏女子シングルスSF クズネツォワ 57 76 62 バイディソワ
フォアの広角ハードヒットが武器の2人、緊迫した雰囲気の中で第一セットは始まった。クズネツォワの1ブレークで5-4まで進む。クズネツォワは勝負を決めようラリーのペースを上げた。しかし、そこに落とし穴があった。アップテンポの打ち合いはバイディソワの好きなペースだった。肩を入れてコースを隠してから逆クロスとクロスに打ち分ける広角のフォアが火を噴く。そこから4ゲーム連取、7-5の逆転でバイディソワが第一セットを取る。
勢いに乗るバイディソワはクズネツォワのサーブをいきなり破って先行、5-4でサーブインフォーザマッチを得る。そこから悪夢が始まった。際どい球が入らなくなった。フォアの振り抜きが甘くなってボールがラインアウトすることが多くなった。クージーはそこを見逃さない。土壇場でブレークバックすると、TBに持ち込み競り勝つ。第二セットはクズネツォワが取り返した。
第三セット、勢いを失ったバイディソワに対してクズネツォワが再びアップテンポのラリーを挑む。今度はバイディソワが対抗しきれない。あっという間に押し切られ6-2でクズネツォワが決勝への切符を手に入れた。その切符を手に入れかけていたのはバイディソワだったが、手からすり抜けていった。この経験が彼女の成長の糧になることを願う。
エナン 63 62 クライシュテルス
凄まじい打撃戦で宿命の対決は幕を上げた。直前に行われたもう一つのSFクズネツォワ対バイディソワもハイレベルの打撃戦だったが、ベルギーの2人によるラリーはそれとはレベルが違う、次元が違う、ショットの質が違う、打球音が違う。打点に入るフットワークのスピードが速い。それなのに打点に入るとピタッと止まる。そして鋭いスイングから鋭いショットが轟音と共に放たれる。自分のショットが相手コートに入るまでに、すぐにレディ状態に戻り、何事もなかったようにセンターポジションに戻る。少しでもオープンコートが出来るとそこでおしまいだ。タメを作った後、そのオープンスペースにボールを叩き込んでウィナーを取る。豪打の応酬の中でちょっとした狂いからのミスしない限り、このパターンで淡々と試合が進む。とても他の女子選手の試合と同じスポーツだとは思えない異次元の内容である。
キープ合戦で迎えた第8ゲーム、最初にきたチャンスをしっかりと生かしてエナンがブレーク、その後のサービスもキープして6-3で第一セットはエナンが取る。
第二セット1-1で迎えたキムのサービスゲーム。プレッシャーを賭け続けるエナンに押されたかキムはダブルフォールトでブレークを許す。第七ゲームもエナンはブレークに成功、5-4となってサーブインフォーザマッチ、磐石の攻めで6-2、エナンがわずか36分でクライシュテルスを降した。
第一セットのラリーを見ている分には、スコアほどに2人のテニスには差が合ったようには見えないのだが、実際の内容は30分強で締めくくられたエナンの圧勝である。この2人の対戦は、決めにかかるショットがあまりに凄まじく、ウィナーになってもエラーになっても、ラケットに当てられない。だから粘りあいという状態が発生ない。だから激しいラリーの応酬をしている割には、ポイントごとにかける時間は短い。二人とも行動のテンポが速いこともポイントが早い一因だろう。全てのショットが強力かつ安定していたエナンに比べると、今日のクライシュテルスはフォアが大事なところでラインオーバーしていた。なにより決定的に差があったのはリターンだ。セカンドだけでなくファーストでも甘ければエナンは叩いてくる。あのプレッシャーにクライシュテルスが押された。逆にクライシュテルスはリターンでプレシャーをかけられなかった。ラリーを始めて、そこから展開で勝負したいキムなのだが、そこで先にミスしてしまうことが多かった。サービス・リターンで強襲して速攻を決めるエナン。ラリーに入ってからも強打の応酬に崩れないエナン。ブレークポイントを確実にモノにしたエナンに対して、ブレークポイントまで至ることすら殆ど出来なかったクライシュテルスは第二セット途中で気持ちを挫かれかけていた。エナンの見事な横綱相撲だった。
さて決勝はエナン対クズネツォワである。クライシュテルスすら押しつぶすエナンの凄まじい圧力にクズネツォワは対抗できるだろうか。熱戦を期待したいが、エナンが再び圧倒しそうな予感をさせるSFであった。
2006年06月09日 フェデラーのガリア戦記2006 難敵を越えて
勝つにしろ負けるにしろ、大苦戦が予想された皇帝フェデラーの準決勝。しかし試合は意外な結末を迎えた。
2006全仏男子シングルスSF フェデラー 36 64 52 ret ナルバンディアン
ナルバンディアン強い。切り替えしが早い。ライジングでボールのコースを信じられない方向に変えてくる。しかも深くて重い。フェデラーは支えきれずにミスを強要される。リターンゲームでもセカンドサーブを叩いてくる。ナルバンディアンの猛攻は凄まじい。1ブレークして、最後のフェデラーのサービスゲームも破り6-3でナルバンディアンが第一セットを先取する。
第二セット、ナルのショットは威力をさらに増してきた。サービスの威力も増す。ラブゲームでキープされたフェデラーは、またしてもナルバンディアンの圧力に抗し切れずにサービスを落とす。フレームショットを連発して簡単にナルバンディアンにポイントを献上する。ベンチのペットボトルを蹴飛ばすフェデラー。普通の選手ならこのまま崩れる場面である。だがフェデラーはここでチェンジオブペースで切り返す。力を抜いてボールを打ち返すだけの繋ぐラリーに徹する。ライジングは相手のショットの威力を利用して打ち返す。フェデラーがショットの威力を落としたことにより、ナルバンディアンのライジングも威力が落ちた。ナルバンディアンが攻められなくなった。静かにフェデラーがブレークバックする。フェデラーから力みが抜けた。いつものフェデラーが戻ってきた。そしてナルバンディアンからは第一セットの凄みが消え始めた。さらにブレークしてフェデラーが逆転した。6-4でフェデラーが1セット取り返した
第三セット、力の抜けたフェデラーのショットにナルバンディアンはペースを乱され、ミスを重ねて第一ゲームをいきなりブレークされてしまう。サーブに威力がなくなった。一度、トレーナーを呼んで長く話し合っていた。それでも続行してフェデラーの5-2になったところでナルバンディアンは棄権を申し出た。サーブの威力がなくなったのは第二セットを落として気落ちしただけでなく、痛めた腹筋の状態が悪化していたのだった。
結果としてフェデラーは勝利を拾ったわけだが、注目するべきは第二セット、ナルバンディアンの3ゲーム連取のあと、力を抜いたショットでチェンジオブペースに成功したことだった。その前にナルバンディアンのサーブをわざとミスしているかのようにオーバーさせて、簡単にナルにキープをさせた。あそこでフェデラーは自分を落ち着かせたのだ。「気持ちを切り替える」とは口にするのは簡単だが
ゲームの最中にすることはなかなか実行が難しいことである。特に猛攻を仕掛けてくる相手にペースダウンを仕掛け返すことは勇気がいるし、それはそれで集中力を要する。雑、というよりおおらかなあの連続エラーでフェデラーは自分の中の熱を放出して次のチェンジオブペースに備えた。あそこにフェデラーのメンタルコントロールの素晴らしさを見る。
ナルバンディアンは無念であったろうが今日の第一セットでまた自信を一つ深めたはずだ。シーズン後半、芝の上で、そしてハードコートの上で、去年のマスターズカップ決勝の再現をやって見せるだけの自信を得て、彼は静かに赤土のコートを後にした。
予想外の展開であったが、難敵を突破して皇帝は安堵していることだろう。長い坂道を登りきり、とうとう未知の領域に足を踏込んだ。4大大会の決勝戦、そのうち皇帝が未だに経験していない唯一の舞台、それが全仏男子シングルスの決勝戦だ。そこには閉ざされた扉が待っている。去年、叩いても開かれることがなかった扉が、閉ざされたまま待っている。フェデラーは静かに扉の前で待っている。彼が来るの待っている。
22006年06月10日 約束された流れ
2006全仏女子シングルス決勝 エナン 64 64 クズネツォワ
SFのクライシュテルス戦ほどエナンは集中して試合に入ったわけでもなければ速攻で相手を圧倒したわけでもなかった。それでも2ブレークをしてクズネツォワ相手に優位にゲームを進める。クズネツォワが徐々にペースを上げ始め、1ブレークを返すが、エナンのサーブインフォーザマッチをしのぐとこまではいたらない。6-4でエナンが第一セットを先取する。
第二セット、クズネツォワのショットに切れが増してきた。第二ゲームでエナンのサービスゲームをブレークに成功、初めてクージーが先行する。が、その後クズネツォワはエナンの圧力の前にフォアのエラーを連続させられ、すぐにブレークバックさせられる。3-3の第7ゲーム、エナンはペースを上げてクズネツォワのサービスゲームに圧力をかける。支えきれずにブレーク、エナンリード。ここでエナンはさらにヒートアップ、クズネツォワも最後の抵抗を試みるが、エナンのサーブインフォーザチャンピオンシップを押し返すことは出来なかった。第二セットも6-4、見事なエナンの勝利だった。
エナンは前日の夜は良く眠れなかったと語っているが、その試合の中でグランドスラムの決勝だという気負いはまったく感じられなかった。SFでの対クライシュテルス戦はサーブとリターンからの速攻とラリーからの展開の両方で圧倒したが、今日はあそこまでの猛攻を見せることなく、といって油断することもなく、力強いストロークで相手にプレッシャーをかけつつ、要所要所で集中力を高めてきちんと欲しいポイントを取りきった。クズネツォワの実力というのはそのランキングや生涯取得タイトル数にて評価されるよりもはるかに高い位置にあると思われるのだが、その相手に十分に自分のテニスをさせながらも、なおかつ勝つ。エナンが今、ツアーで最強の存在であることを示した試合だった。
女子テニスは男子ほどにはサーフェイスの影響を受けない。全仏で優勝できる選手は全英でも全米でも優勝できる力を持つ。生涯グランドスラムを掛けてエナンがドーバー海峡を渡り、芝の聖地に乗り込む。グランドスラム決勝6戦5勝1敗。唯一GS決勝で勝てなかったウィンブルドンのタイトル奪取は現時点でかなり確率が高い。差をつけられたクライシュテルスは巻き返しがなるのか、ロシア勢は打つ手がないのか、ウィリアムズ姉妹は失速したまま座してそれを見守るだけなのか、そしてヒンギスはやはりもうGSタイトルを取ることが出来ないのか。WTAはようやく群雄割拠から圧倒的強者の出現による支配に移行しようとしている。エナンが体調維持に成功し、コンスタントに実力を発揮し続ければそうなる。その流れを止めうる者は今のところ見当たらない。男子のフェデラーほどには圧倒的にならず、小さいな大会では取りこぼしをするだろうが、大きな大会は集中力を高めて確実に取りに来る。それができる力が彼女にはある。このままではエナンが本来いるべき位置に戻るまであと数ヶ月もかからないだろう。「打倒エナン」、今年後半のWTAツアーの目標はそこに絞られることだろう。
その流れが決定的になるのか、それともまだ乱れ続けるのか。WTAが大きな転機に差し掛かったことを示す2006年全仏女子シングルスであった。
2006年06月12日 フェデラーのガリア戦記2006 閉ざされたままの扉
目の前に閉ざされた扉、その扉を叩く資格は誰にでも与えられるものではない。2003年にウィンブルドンを優勝し、2004年に連破しただけならその扉の存在を意識することはなっただろう。だが、彼はその年、全豪と全米を取り、リトルスラムを成し遂げ、ATPに君臨する圧倒的強者になったがためにその扉を叩かなければならない立場になった。去年、開くことの出来なかった扉、十分なる準備をして臨んだ今年の挑戦、しかし、扉は閉じられたままだった。
2006年全仏男子シングル決勝 ナダル 16 61 64 76 フェデラー
再び世界中の注目がローランギャロスのセンターコートに集まった。その世界中の視線のなか、第一セットが始まった。フェデラーのサービスゲーム、ミスを連発していきなり15-40にされるが、そこから持ち直した。ピンチの後にチャンスあり、今度はナダルのサービスゲームでフェデラーがブレークポイントを握る。フェデラーの圧力の前に、ナダルはフォアをネットしてしまう。次のサービスゲームをキープして3-0、フェデラーが先行する。フェデラーはナダルのバックハンドにストロークを徹底的に集めた。特にスピンを多めにかけた弾むボールと弾道の低い鋭いボールを交互にバックに集め、ミスを誘い、短くなれば一気に得意の連続攻撃に入る。中ロブはフォアのドライブボレーで粘りを断ち切る。第四ゲームでナダルのサービスゲーム、再びフェデラーがブレークポイントを握る。ナダルへのバックへの集中攻撃が効を奏している。だが、ナダルもまたフェデラーのバックにボールを集めだした。今度はフェデラーが押し戻されてディースになる。両者共にバックハンドから如何に攻めに出るかが鍵になる。そのバックハンドからの展開はフェデラーの方が一枚上手だった。フェデラーブレークで4ゲーム連取。しかし、このあたりからようやくナダルに落ち着きが戻ってきた。鋭いパスと強力なフォアでフェデラーにプレッシャーをかける。ブレークポイントを握る。だが、フェデラーもあわてない。最後にフォアの逆クロスを打ち抜いてピンチを切り抜ける。第六ゲームでナダルは苦労しながらも ようやくキープに成功、5-1としてフェデラーのサーブインフォーザセットが来た。それを見事にラブゲームでキープ。フェデラーが第一セットを完璧な出来で取った。
第二セット、第二ゲーム、ラインコールが覆り、フェデラーがラブゲームキープするべきゲームがディースにまでなった。フェデラーは果敢にネットに出る。だがアプローチショットが浅い、ナダルのパスがフェデラーを抜く。ナダルがとうとうフェデラーのサーブをこの試合はじめてブレークした。次のサービスゲームをナダルがキープしてナダルの3-0になった。フェデラーにミスが目立ち始める。互いにキープして4-1になったところで再びナダルがブレークポイントを握る。ネットに出るフェデラーにナダルのヘビートップスピンが襲う。ボレーをミスさせられフェデラーはまたブレークされた。最後のサービスゲームをキープされ今度は6-1でナダルが第二セットを取る。
第三セット、最初のフェデラーのサービスゲーム、長いラリーの末のドロップショットをフェデラーが鋭いバックハンドダウンザラインで切り替えしてウィナーを取る。これでフェデラーが波に乗る。ナダルの粘りをフェデラーの鋭いショットの連続が断ち切る。ナダルも落ち着いてネットに出てくるフェデラーをパスで抜く。ようやくゲームは落ち着きを取り戻し、キープが続く。だがフェデラーのフォアハンドの強打がナダルのコートに深く突き刺さるようになり、フォアからの連続攻撃に鋭さが戻る。2-1の第四ゲームでフェデラーがブレークポイントを握る。0-40、しかしディースに戻され、最後にナダルの連続サービスポイントでキープされる。逆に次のフェデラーのサービスゲームでフェデラーのフォアにミス、グランドスマッシュにミス、ついにブレークされてしまう。ウィナー級のボールを何度も拾うナダルの前により厳しいコースを要求されるフェデラーがミスする場面が増え始めた。攻撃してもナダルに拾われる。逆にナダルの攻めをフェデラーは拾えない。フェデラーがコートで相手より遅く見えるなど初めてのことだ。ナダルが乗ってきた、フォアのクロスに逆クロスが信じられない角度で叩き込まれる。サーブでもストロークでもスピンがより鋭くなってフェデラーがタイミングを合わせられなくなっていった。最後のサービスゲームもナダルがキープして6-4でナダルが第三セットを取った。
第四セット、いきなりフェデラーはサービスゲームをブレークされた。ここでフェデラーから覇気が完全に失われた。ナダルのスピンボールに押されてミスを連発、テニスの内容に差をつけられた。ナダルがラケットに当てたボールは相手コートに返るが、フェデラーがラケットに当てたボールは相手コートに入らない。フェデラーの足が止まった。ナダルのサーブインフォーザチャンピオンシップが来た。フェデラーが無心になってボールをヒットする。際どいボールの応酬が繰り返される。天が味方したのか、ポイントがフェデラーに入る。ナダルのフォアがラインを割った。フェデラーブレーク!土俵際でフェデラーが押し戻した。
ナダルに動揺が走る。レシーブミスに弱気のドロップショット。フェデラーのナイスサーブの前にいい形でキープを許してしまった。だがフェデラーの方も完全に自信を取り戻したわけではない。バックハンドに集められたサーブとストロークのスピンボールはミートできずにミスを重ね、ナダルもキープ。勝負の行方はTBに至った。フェデラーが先行するがナダルが逆転、TB5-4でナダルのサーブが来た。ナダルのサービスポイントでTB6-4、運命の時が近づく。ラリーの末、フェデラーのバックハンドが浮いた。ナダルはそれをドライブボレーで叩き込み勝負を決めた。3時間2分、ナダルはフェデラーの中にある何かをこのとき完全に打ち砕いた。
第一セットでナダルをプラン通りに圧倒したフェデラーは、第二セット初頭にスタートダッシュに失敗すると第二セットを無理に取りに行かず、第三セットに仕切り直しをかけた。だがそこに大きな誤算があった。フェデラーのフォアハンドが深くてネットに出て行けた第一セットであたったが、第三セットではその頼みの綱、フォアが浅くなり、ネットに出ても鋭いパスに抜き返されることが多かった。ナダルが落ち着いて自信を取り戻し、フェデラーに向かっていく気迫も取り戻したからだ。第一セットを取ったあと、あの流れを維持して押し切るべきだった。第二セットの早い段階であきらめたことが取り返しのつかない事態を招いていてしまった。
そしてバックハンド、ナダルのバックは攻撃できないまでも防御の点で完璧だった。対するフェデラーはナダルのスピンボールの前に試合後半まるでテニススクールに通い始めた初心者のようにバックハンドのミスを繰り返した。MSモンテカルロ・ローマと徐々にそのスピンボールに対応しつつあったフェデラーがなぜまたしても対応できなくなったのか。一つはナダルのフォアハンドが今年に入って試合を経るにつれ徐々に威力が増していったこと。バウンド後の変化がますます鋭くなり、そしてスピンの量を抑え威力を増したハードヒットを別の選択肢としてもつようになった。明らかにクレーだけでなくハードコートでも勝てるストロークを手に入れるための進化がそこには伺える。その威力を増して進化しつつあるナダルのストロークに再び差をつけられ、フェデラーは対応できなくなった。もう一つは第三セットでブレークポイントを取ったにもかかわらず取りきれず、逆にナダルにブレークされてしまったあの場面、あそこでフェデラーの中から覇気が消えた。心の中から牙が抜かれた。気落ちしたフェデラーは一つ一つの動作にメリハリがなくなりスイングの準備が遅れるようになった。そこに深いバウンドが複雑なナダルのスピンボールが来て対応できなくなった。
去年、全豪準決勝の対サフィン戦、マスターズカップ決勝の対ナルバンディアン戦、ここでフェデラーは壮絶なフルセットマッチを戦い、そして敗れた。しかし、その試合の過程で、一度も覇気を失うことはなかった。攻める姿勢を貫き、最後まで自分のテニスをやり通した。しかし、今日は途中で気持ちが挫かれていた。自信を失っていた。まるで2000年全米決勝でサフィンに、そして2001年全米決勝でヒューイットに敗れたサンプラスの如く、途中で自信を失った。第四セット、ナダルのサーブインフォーザチャンピオンシップスで偶然を味方にしてそのピンチを乗り切った時、その偶然を味方にして自分にもう一度勢いを呼び込もうとするだろうと期待してみていたが、その期待は裏切られた。彼は目の前にきたチャンスを見逃してTBに流れてしまった。勢いのなくなったフェデラーにTBを取りきることは出来なかった。
ナダルをクレーコートだけの選手と思うなかれ。今日の決勝で見せたフラットドライブとヘビートップスピンの威力ある二種類のフォアハンド。鉄壁のバックハンド、そして何度もサービスポイントを取ったスピンともスライスともいえない左斜めの回転がかかった、そしてなお強力なサーブ、ラケットに当てればなんといてもボールを相手コートに返す脅威のコートカバー、ネットに出てきた相手を容赦なく抜きさる鋭いパス。特筆するべきは、試合後半、決して浅くならなかったフェデラーのハードヒットを切り返し、カウンターでポイントを取り返す、あのナルバンディアンにも匹敵するライジングの技術だ。対するフェデラーは極力高い打点からのハードヒットにこだわり鋭さを増したナダルのスピンボールの変化に再び崩される格好となった。同じことはハードコートの上でも起こる。ナダルはハードコートでもフェデラーを打倒しうる存在になったのだ。
試合後半、元気をなくしたフェデラーに対して、観客はロジャーコールを繰り返した。観客は弱い方を応援する。観客の拍手は同情の拍手だ。ATPに君臨する皇帝はその圧倒的強者の地位を今まさに失いかけている。その自信、取り戻すことの出来る日はいつの日か。
2006年06月16日 王道と覇道
全仏決勝、ナダル対フェデラーをTVで見ながら、パソコンのキーボードを叩いて観戦記を記録していた。そのキーボードの傍らには宮本輝の小説「青が散る」の文庫本が置いてあった。フェデラーのガリア戦記最終章の題名はフェデラーが勝てば「開かれた扉」、フェデラーが負ければ「閉ざされた扉」にしようと考えていた。そこまで考えて「扉」という言葉に思い当たる節があった。「青が散る」のラストシーン、主人公の椎名遼平と片思いの相手夏子とのやり取りに「扉」という言葉が出てくるのだった。フェデラーが勝てば似たような文章になるな、と文庫本の最後の数ページを読み返しながらTVの中の決勝戦を見ていると、フェデラーが負けてしまった。だから「青が散る」のラストシーンを真似た勝利のシーンを書くことが出来なかった。というより「青が散る」のラストに近い結末になってしまった。来年はこのアイデアを生かしたラストシーンを書かせてほしいものだ。
その「青が散る」の文庫本をぱらぱらとめくりながら全仏決勝を見ていると、ついつい作中の人物である貝谷朝海の言葉が目に付いて、眼前のナダルとフェデラーにその言葉を重ね合わせてみてしまった。心理学者ユングの言う「偶然の一致」とはこのことかもしれないが、この全仏決勝フェデラー対ナダルの試合を見て「青が散る」の小説の中に出てくる貝谷の言葉を思い出した人は他にもいるらしい。某サイトの掲示板や某ブログのコメント欄にそのことが書いてあった。
「青が散る」の作中人物、大学のテニス部部員の貝谷朝海が語りそして自ら実践する独自のテニス理論、
それは
「二流の上は一流の下より強い」
「上手いということと強いということとは別の次元の問題だ」
「王道のテニスより覇道のテニスや」
である。
自ら「美しい」といって自画自賛するフェデラーのテニスが「王道のテニス」なら、左利きのシコラー(粘り屋)でカウンターショットの使い手であるナダルのテニスは「覇道のテニス」と言えるだろうか。
特にあのフォアハンド。フェデラーが教科書とおりに肩を逆クロスの方向に向けてコースを隠すのとは対照的に、ナダルは体を完全にネットに向けて体を開いてしまった状態から、背中に残した左手を強引に引っ張り出して打つ。あのスイングで打たれると対戦相手は腕の出所がわからなくてコースが読めないだろう。体が大きく開いているのにコースが隠れている。しかもクロスにも逆クロスにもとんでもない角度で飛んでいく。回転量の多いトップスピンはフラットドライブに比べて威力の面で劣るはずが、受けている相手がベースラインの外に押し出されてライジングではさばけないほどに強力な球威を持つトップスピンがナダルからは打たれている。漫画「ドラゴンボール」の主人公孫悟空に憧れてトレーニングした結果というあの太い腕の筋肉はテニスには役立っていないと本人は語っているらしい。だがそのテニスには不必要なまでの強い腕力が体が開いた状態でも強引にコースを変更できる、しかも回転量が多いのに威力があるショットを生み出しているではないだろうか。一見でたらめだが試合全体を見ていると理にかなっている。そして強い。それがナダルのテニスだ。
普段自信に裏付けられた力強くかつ美しいテニスをするフェデラーのテニスが「一流の上」のテニスであるならば、対ナダル戦で試合中自信を失い覇気が消えた状態のフェデラーのテニスは「一流の下」と言えるかもしれず、対するナダルのテニスが教科書にはない常識外れの変則的プレイでありながらそれでも強いテニスであるならばそれは「二流の上」と言ってよいかもしれない。ならば、あのMSローマの決勝と全仏決勝はつまりは「王道のテニス」が「覇道のテニス」に敗れた試合ともいえる。
ただ「青が散る」のなかでは「それでも一流の上は最強で、二流の上でも勝てない」事になっている。フェデラーが「一流の上」のテニスをナダルに対してできる日が来るだろうか。その日がくれば、それはナダルに対してフェデラーが勝利する日になるだろう。その日が訪れるかどうかはフェデラー次第である。そしてナダルがその「二流の上」のテニスを「一流の上」のテニスに昇華させる可能性を持っていることも忘れてはならない。
「青が散る」を読んだことのない人はぜひ一度読まれることをお薦めする。テニスにおけるメンタルの戦いが実にリアルに文章化されている。原本なんて読んでいる暇がないという方はこちらの名場面集をどうぞ。
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