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第042房 皇帝フェデラーと野武士たち (2006/01/08)

 

2005年 テニス界10大ニュース その9 大波乱のTMCにてフェデラー3連覇ならず。

皇帝ロジャー・フェデラーにとってウィンブルドンと並んで重要な大会、それがATPツアー最終戦テニスマスターズカップ(TMC)であろう。2004年のリトルスラム達成を含む快進撃はその前年2003年のTMCの全勝優勝から始まった。そして今年2005年の快進撃もまた去年2004年末のTMC全勝優勝がその牽引役をなしたといってよい。TMCはツアー最終戦であると同時に来年へとつながる重要な大会になるのである。当然フェデラーは今年もそして来年も圧倒的強者としてATPに君臨するべく、この大会を制覇しようと考えていたに違いない。しかし、今年ATP最大の波乱が最後の最後に待っていた。

TMC直前、フェデラーは足の怪我で松葉杖をついている状況だった。マスターズシリーズ(MS)の室内大会であるマドリッドとパリを欠場し、何とかTMCには回復させ会場である上海に乗り込もうと苦心していた。フェデラー不在のMSマドリッドを制したのはチャンピオンズレースNo2のナダルであった。決勝戦、ハードコートの上でリュビチッチ相手に2セットダウンからの逆転勝利で優勝した。ハードコートの上でも負けないクレーの若き王者、ラファエル・ナダル。これでナダルは今年MS取得タイトル4つとフェデラーに並んだのである。実はMSタイトルを年間4つ取った選手はATP史上今年のフェデラーが初めてだったのだが、ナダルがすぐにそれに並ぶ記録を成し遂げたのである。やはり皇帝のライバルとして選ばれた男はナダルだ。TMCの決勝で雌雄を決する大一番が待っている。世界中が再びナダルとフェデラーの最終決戦に注目を浴びせ始めた。しかし、このMSマドリッド大会に出場したことがナダルにあだとなった。もともと故障を抱えていたにもかかわらず、「地元スペインの大会だから」ということで無理して出場、さらに決勝戦でリュビチッチとのフルセットの激闘がその故障を悪化させてしまった。上海に乗り込み、直前まで出場の可能性を模索したが、直前でドクターストップが確定、コートを前にしてランキングNo2 ナダルは戦線から離脱した。

フェデラーとナダル不在のMS第9戦パリ大会、サフィンもヒューイットもいないインドアハードコートの大会、当然優勝しなくてはならないのはランキングNo3アンディ・ロディックである。だが準決勝のコートに立ったロディックの姿は明らかに故障を抱えてしまっていることを示していた。リュビチッチの前にボールを追えずに敗れ、そのまま戦線離脱、TMC欠場を表明した。

同じ頃、No4レイトン・ヒューイットも故障を抱えていた。故障を抱えていただけでなく、奥さんのおなかの中に子供まで抱えていた。クライシュテルスの破局から一年、その間に結婚しただけでなく子供まで作るとは、転んでもただでは起きない不屈ヒューイット、妻の出産に立ち会うために彼もまたTMC欠場を表明した。

ハードコート四天王最後の一人にして全豪覇者、マラット・サフィンは全豪後燃え尽き症候群のスランプに加え、今年後半から膝に故障を抱え、こちらは予想通りにTMC欠場を表明した。

No1の責務を感じたのだろうか。トップ選手の欠場が相次ぐ上海でフィジカルが万全でない状態ではあるがフェデラーはTMCに出場を強行する。初戦ナルバンディアン戦をフルセットにもつれる接戦にされてしまうがそれでも勝つ。不完全でも強くて最後に必ず勝つ、それが皇帝フェデラーだ。

フェデラーの初戦突破に安堵の空気が流れる中、最後のサプライズが最大の衝撃を持って上海を襲う。

二日目になってナダルがTMC欠場を表明、動揺でゆれる上海でアンドレ・アガシがランドロビン初戦を落とした。ダビデンコに64 62 で敗れた。敗戦直後、アガシは故障による以後の全試合棄権を表明した。

ナダル・ロディック・ヒューイット・サフィン、そしてアガシまで、トップランカーであるエリート8の内5人までもが欠場するという前代未聞の事態に陥った2005年TMC、そして不動のNo1皇帝フェデラーもまた足に爆弾を抱えた状態で戦いに挑んでいる。しかも皇帝の前に立ちはだかる欠場者たちの代理人たちは不完全なフェデラーを楽に勝たせてくれるほど甘い相手ではなかった。

ツアー最終戦TMCはエリート8人を4人ずつの予選リーグに分けて、上位2名ずつで決勝トーナメントを行うラウンドロビン方式である。2005年は最終的に下記の組合せとなった。

レッド・グループ(赤組)
 フェデラー
 コリア(サフィンの代理)
 リュビチッチ
 ナルバンディアン(ロディックの代理)

ゴールド・グループ(金組)
 プエルタ(ナダルの代理)
 ゴンザレス(アガシの代理)
 ダビデンコ
 ガウディオ(ヒューイットの代理)

ほとんどクレーコーターで占められてしまった感のある8人の顔ぶれである。アルゼンチン勢が8人中4人と半数を占め、さらにチリのゴンザレスを含めると過半数の5人が南半球南米の選手となる。そしてロシアのダビデンコとクロアチアのリュビチッチは東欧勢。この大会にアメリカ人は一人もおらず、西欧人も一人もいない。スペイン人とアメリカ人のいないエリート8など誰が想像しえただろう。

イワン・リュビチッチは最初からエリート8に入っていた。誰の代理でもない。その実力でTMCの出場権を手に入れた今年の注目株である。イバニセビッチ・アンチッチ・カルロビッチなどビックサーバーの産地として知られるクロアチアのエースで、デビスカップでもクロアチアを牽引し優勝に導いた。2005年は8大会で決勝に進出する大活躍だった。だが8回の決勝進出うち6回は敗退し優勝を逃した悲劇の一年でもあった。今年の年頭、皇帝フェデラーにドーハ・ロッテルダム・ドバイと3度決勝で挑み3度阻まれた。ミスター・ファイナリストと揶揄されるがその実力は本物である。彼の好調ぶりにあやかろうとしてツアーの同僚ロドラがリュビチッチのロッカーに全裸でもぐりこんだほどの勢いであった。
秋のインドアハードに入ってさらに勢いは加速、ウェツ、ウィーンと連続優勝、万全を期してMSマドリッドに乗り込むがナダルに2セットアップから逆転を許してしまう。さらにMS最終戦のパリでも決勝に進む。新鋭ベルディッヒに2セットダウンからセットオールに持ち込む接戦をまたもや落としてしまい、ミスター・ファイナリストの肩書きを不動のものにしてしまった。
TMC初戦でコリアをストレートで下したリュビチッチは二戦目で宿敵フェデラーに挑む。試合はフルセットにもつれた。フェデラーは完調ではない。だがファイナルセットでマッチポイントを先に何度も握ったのはフェデラーのほうだった。しかし、リュビはしのいだ。そしてTBに持ち込んだ。TBはサーブの威力がモノをいう。リュビチッチ有利かと思った。しかし、必殺のバックハンドダウンザラインがきわどくラインをそれた。その瞬間リュビの勢いが消えた。コートはフェデラーに完全に支配され、74でフェデラーは勝利をモノにした。

3年連続でTMCに出場したギジェルモ・コリアも今年マスターズシリーズの決勝で手痛い敗退を連続で喫している。コリアの相手はフェデラーではなくナダルである。MSモンテカルロ決勝で二人はぶつかり、コリアが敗退。続くMSローマ大会の決勝でも二人は合間見える。今度はコリアも簡単には引き下がらない。5時間14分に及ぶフルセットの死闘が赤土の上で繰り広げられた。そして最後に勝利したのは鉄壁のナダルであった。この試合はとても大きな意味合いを持つ。全仏タイトルこそまだ取れていないが事実上のクレー最強の存在はコリアだった。それが今年ナダルに移譲された。それを示す大きなターニングポイントであったように思う。
このTMCでコリアは少し元気がなかった。代役の上に得意でないハードコートである。少々腐るのもわかる気がする。フェデラーはラウンドロビンの最後にこのコリアと当たる。このときフェデラーはとても不思議な試合をする。第一セットを60で圧倒すると第二セットは1-6でコリアに譲ってしまう。何をいらいらしていたのか第二セットはミスを連発する。第三セットで人が変わったようにもとのフェデラーに戻りそしてファイナルセット6-2のしまった内容の試合を最後にして締めくくった。

3戦全てフルセットになったがそれでも全勝でフェデラーは決勝トーナメント進出を決めた。二位通過はリュビチッチを下したナルバンディアンである。一方の金組はプエルタとゴンザレスが敗退、ダビデンコが一位、ガウディオが二位で決勝トーナメントにすすむ。

マリアーノ・プエルタは今年全仏決勝にいきなり進出し注目を浴びた。左利きのバックハンド片手打のクレーコートスペシャリストである。数年前に同じアルゼンチンにいたフランコ・スクーラリという選手にプレーがよく似ている。ためのあるフォームから鋭いスピンショットを放ち相手を動かしてからオープンコートにウィナーを叩き込む。全仏決勝でナダルも結構しとめるに手こずる実力者であった。この大会は3戦全敗でいいところなく終っていったが、この大会後彼には大きな問題が待っていた。ドーピング検査に半年前引っかかっていた彼にその処罰が言い渡されたのだ。それは8年の公式戦出場停止処分。事実上の追放とも引退勧告とも言える厳しい処分だった。また一つ、貴重な才能が野に下った。

フェルナンド・ゴンザレスはその強打により世界中に名が知られている有名人である。この大会、一勝一敗でガウディオと二位通過をかけた3戦目でフルセットの名勝負を戦った。素晴らしいウィナーを連発するゴンザレスに対してガウディオも素晴らしいショットで応酬。強打で第一セットはゴンザレスが圧倒し、第二セットも先行マッチポイントを握るところまで来るが、そこからガウディオのやわらかいショットと鋭いショットの緩急織り交ぜた組み立てに翻弄され逆転を許しセットオール。第三セットも波どちらにも傾くシーソーゲームになったが最後に決勝トーナメントへの切符を握ったのはガウディオだった。

美しいシングルバックハンドのフォームで知られるガストン・ガウディオは去年の全仏覇者であり、去年もこのTMCに出場したがそのときは3戦全敗で終盤は少しふてくされていた。今年は全仏こそ連覇できていないがシーズン通じてクレーだけで5勝を上げている。今年のツアーはフェデラーとナダルが11勝で勝ち星トップなのだがその次はなんとロディックと共に5勝を上げているガウディオなのである。ナダルさえいなければ今年のクレーの覇者はガウディオだった。ガウディオは明らかに去年よりもその強さを増している。そしてハードでも勝てるようになっている。フォアハンドの角度のつけ方が幅広くなったし締めのネットプレーの詰めも上手くなった。しかしそのガウディオをフェデラーは決勝トーナメントSFで 6-0 6-0 のダブルベーグルで完封する。明らかに狙ってやった圧勝だった。トーナメント終盤になるほどに調子を上げていくのがフェデラーだ。最後の決勝戦に狙いを定めてエンジンのギアをトップに入れた結果だった。ガウディオは台風か地震に襲われた被害者のようなものだった。

そのフェデラーを決勝で待っているのはダビデンコを破ったナルバンディアンである。

ニコライ・ダビデンコは以前よりその存在は注目されていたが、プエルタ同様全仏の準決勝進出で脚光を浴びた。とてもオーソドックスで堅実なテニスをする。そのダビデンコ相手にナルバンディアンはこちらも第一セットを完封した。そして第二セットは一転クロスゲームできわどい1ブレーク差を終盤につかんで勝ちきった。

ダビッド・ナルバンディアンはジュニア時代には世界的に注目されていたらしい。フェデラーなんか目じゃない存在だった。彼はテニスを始めた頃、コンクリートで作ったコートで練習をしていたと言う。その為に速いコートでもライジングからボールのコースを変えることがとても上手い。クレー育ちのアルゼンチン勢の中では高速サーフェイスでも強い異色の存在だ。2001年にはウィンブルドンでいきなりヒューイットの待つ決勝に進出したし、その後、その一発で終わるかと思ったが、2003年にはUSオープンでSFまで進出、優勝するロディックの最大の難関としてフルセットマッチの激闘を戦った。2004年にはクレーのフレンチオープンで本領を発揮、SF対ガウディオ戦まで進んだ。速いサーフェイスでも強いクレーコーターの筆頭だ。初戦でブランク明けだったとはいえフェデラーからセットを奪い、そして今回は同様にハードでも強いクレーコーター、コリアをストレートで降し、しまった内容の試合をしてその力を大いに見せつけた。かつてはフェデラーの天敵としても知られたサーフェイスを選ばない実力者、ナルバンディアンは残念ながらビックタイトルに恵まれていない。今回はひそかにチャンスを伺っているはずだ。その野心をうかがわせる内容の試合だった。

そしてATP2005年最後の試合が始まった。

フェデラーはいつもどおりのフェデラーだ。ナルバンディアンが凄い。この高速サーフェイスで後ろに下がらずライジングでフェデラーのストロークを裁く。フォアのアングルショットの角度がフェデラーのそれよりもさらに鋭い。バックハンドのダウンザラインも冴え渡る。だがフェデラーも負けじとやり返す。両者共に仕掛けが早い。鋭いショットの応酬が展開される。素晴らしいストローク戦である。流れの中から出て行くネットへの展開も素晴らしければ、それを抜き去るパスも素晴らしい。ドロップショットのタッチも絶妙。近年まれに見るハイレベルの好勝負である。
フェデラーはビックサーバーではないが要所でサービスエースを含むサービスポイントを取ることでサービスキープを確実なものにする選手だ。しかし、今日のナルバンディアンはフェデラーにサービスから攻めさせなかった。堅実なレシーブでフェデラーのサーブからの展開を無効にしてストローク戦に持ち込むことに成功していた。サーブの力が劣るナルバンディアンがフェデラー相手に第一セット2ブレークずつ取り合うというブレーク合戦に持ち込んだのはナルバンディアンのペースであったといってよい。しかし、TBを取ったのはフェデラーである。第一セットはフェデラーのリターンがネットインして際どいセットポイントをものにした。だがナルバンディアンがこれで「今日はやれる」と思ったことだろう。

第二セットも先にフェデラーがブレークするがナルバンディアンはあわてない。静かにブレークバックし、再びTBに持ち込む。今度はリードしたのはナルバンディアンである。しかし、静かに追いついたのはフェデラー。手に汗握る一進一退の攻防が続く。13-11で連取したのはフェデラーであった。

ラケットだけでなくウェアも全身ヨネックスで固めている今季のナルバンディアンはここでシャツを黒から赤に着替えて第三セットに臨む。今日のナルバンディアンはサーブをフェデラーのボディに集めて、フェデラーのリターンからの攻撃もさせていない。サーブを入れてからとにかくストローク戦に持ち込む。フェデラーは少し集中力が落ちたのか26でナルバンディアンにセットを譲る。

問題は第四セットにあった。いつもならここで集中力を高めてギアをトップに入れて畳み掛けるのが皇帝フェデラーのテニスだが、このセット先にギアをトップに入れたのはナルバンディアンのほうだった。入れるだけのリターンから攻めのリターンへ、サーブがそれほど強くないナルはアガシやヒューイットのごとくリターンからの攻撃で主導権を握ろうと画策した。フィジカルが万全ではないフェデラーは調子を上げきれない。メディアカルタイムアウトで足をマッサージするが効果なし。足に故障を抱えているフェデラーはそれをかばって反対の足に疲労を蓄積させていた。それがこの最後最後で文字通り皇帝の足を引っ張ることになってしまった。ナルバンディアンは61でセットを取りセットオールに持ち込む。

ナルバンディアンの勢いは止まらない。ファイナルで一気に4-1まで持ち込む。際どいジャッジがフェデラー優位に判定されてもぐっと我慢して攻める。コースを肩で隠して予想だにしない角度にショットを放つ。フェデラーは完全にお株を奪われていた。フェデラーがようやく調子を上げることが出来たのはファイナルも中盤になってからである。
しかし、そこからはさすが皇帝、万事休すの場面がいつの間にかブレーク数で上回りサーブインフォーザチャンピオンシップスを握る。ところがここで決められなかった。土壇場でまたナルバンディアンにブレークを許してしまう。
運命のTB、4-3でフェデラーの集中力散漫になる。ナルバンディアンの圧力に抗し切れない。フェデラーのバックがネットにかかりTBは7-3でナルバンディアンが取った。その瞬間ナルバンディアンは仰向けに大の字になってコートに倒れこんだ。

半年振りの皇帝の敗北がこんな形になるとは誰が予想しえただろう。今シーズン最後の最後に全豪SF対サフィン戦、全仏SF対ナダル戦に匹敵する名勝負が実現した。フェデラーはフィジカルが万全でなく。ナルバンディアンは際どい判定が味方をしてくれなかった。お互いハンディを背負いつつも、コート上のプレーと試合内容は今年のベストマッチの一つであることに異論はないだろ。ナルバンディアンはこれが生涯4個目のタイトルである。これほどの実力者がわずかに4つめ。いかに今のATPのレベルが高いかを示しているといえよう。2セットダウンになってもあきらめず、逆にファイナルでリードしてから追い上げられても揺るがず、TBになっても終始自分のテニスを貫き、ついにつかんだビックタイトルである。その姿、そして今日の試合内容そのものも実に感動的なものであった。

TMCはトップランカーの相次ぐ欠場により盛り上がりに欠ける大会になりつつあったが、代役たちの試合はそれなりに好試合があり、何より最後に生まれたこの名勝負が全てのネガティブな要素を帳消しにしてくれた。
エントリーランキングNo1経験者およびグランドスラムタイトルホルダーをツアーの中の王者・覇者と呼ぶならその上に君臨するフェデラーは皇帝の称号こそふさわしい。そして未だにビックタイトルに恵まれない実力者たちは戦国時代の野武士のごとく、隙あらば皇帝や王者たちの寝首をかこうと刃を研いでチャンスをうかがっている。弱みを見せれば一気に攻めにかかる野武士たちがひしめくATPでフェデラーはいつまで圧倒的強者、皇帝の地位を維持し続けられるだろうか。来年以降も興味が尽きないATPである。

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