第039房 ヴィーナス・ウィリアムズの中に蘇る牙 (2006/01/08)
2005年10大ニュース その6
V・ウィリアムズ、シャラポワ・ダベンポートの激戦を経てウィンブルドン優勝
世界中のテニス解説者が2005年ウィンブルドン女子シングルス決勝でダベンポートの相手をするのはシャラポワになると予想していただろう。しかし、結果は違った。
2005ウィンブルドン女子シングルスSF
ヴィーナス・ウィリアムズ 76 61 シャラポワ
プロレスでは選手が入場するときにその選手のテーマ曲を流してリングまでの道程を演出する。テニスもプロレスのようにテーマ曲を流すなら、ヴィーナス・ウィリアムズのテーマ曲は決まっている。スターウォーズのサントラにある「ダースベーダーのテーマ」だ。じゃあーん、じゃーじゃじゃん、じゃーじゃじゃん、じゃーじゃじゃんとライトセーバーの代わりにウィルソンの青いラケットを握ってコートに現れるヴィーナスはまさに悪役に最適である。「ジュコー、ジュコー」というベーダーの呼吸音まで似てきそうだ。悪役は強くなくてはいけない。弱くては悪役になれない。憎たらしいほどに強いからこそ悪役なのだ。No1になれる力、No1を木っ端微塵に粉砕できる力を持っていてこそ悪役が務まるのだ。しかし、ヴィーナスはこの二年近く、悪役になれなかった。弱くなってしまっていた。
そんなヴィーナスの心の中に眠っていた「ライオンハート」を再び目覚めさせたのはシャラポワだった。第一セットの壮絶なストローク戦は素晴らしかった。女子の試合ではここ数年で最高の打ち合いだった。信じられないようなアングル・ショットの応酬。どちらも詰めが厳しく、一気に決められそうなのに、それをさらに切り返す脅威のフットワーク。なぜそのボールがラインの中に納まるのだおどくばかりのリカバーショット。お互いに最大の武器であるバックハンドのクロスショットで真っ向打ち合う。まさに、スターウォーズのダースベーダー対ジェダイナイトの戦いのようだ。
第一ゲームから白熱した打撃戦で始まった。ビーナスのワイドへのサーブを見事なリターンで打ち返すシャラポワ、いいリターンからがんがん攻める。だがビーナスも負けていはいない。ディースまで粘られると、今度はボディーに鋭いサーブを集め、押し切った。シャラポワのサービスゲームを今度はビーナスが鋭いリターンで攻め返す。こちらもがんがん攻める。角度のついたショットを繰り出し、シャラポワをコートの外に追い出す。が、シャラポワはそれに追いつく、切り返す、0-40のブレークピンチを執念のコートカバーで切り抜けキープに成功した。二人は序盤から息もつかせぬ攻防で激しくぶつかり合うのだった。最初から両者エンジン全開の打撃戦とはなかなかお目にかかることはない。第一セットはヴィーナスが先にブレークしてリードする。サーブに強いヴィーナスがそのまま取るかと思ったがシャラポワが土壇場でブレークバック。TBでヴィーナスがさらに攻め立てシャラポワを攻めきった。
シャラポワは明らかにサービスとリターンが強化されている。サーブは所謂ビックサーブではないがコースを上手くついたスライスサーブでヴィーナスは押されまくっていた。そしてリターンが鋭い。ビーナスのビックサーブを鋭いリターンで打ち返す。強くなっているのだ。ロングラリーからの展開力が持ち味のシャラポワであるが、そこにサーブとリターンからの速攻を身につけ、早い段階からポイントを取りに行くこともラリーで粘ることも出来るようになっている。隙がなくなり、そのテニスはヴィーナスが本来の力を発揮しているにもかかわらず、その力に互角に対抗している。
ヴィーナスは苦しんだ、叩いても叩いても押し切れない。恐ろしいまでのメンタルタフネスとフットワーク、そしてそんなロングラリーの中で突然、サーブ・リターンからの速攻を見せる。そんなシャラポワに攻めきれず、ゲームはどれもディースにいたるロングマッチになる。第二セットのスコアは6-1であるが、どう見てもTBまで行っておかしくないような激戦だった。
ウィリアムズのここ数年の不調は怪我や身内の不幸によるものとされるが、実際には目標の喪失による燃えつき症候群であったと思う。女子とは思えない強力なショットを持ってWTAに颯爽と現れたアメリカの黒人姉妹、彼女達はジュニアで経験を積まずに、いきなりシニアのツアーに殴りこみをかけた。そしてその強打の前に当時の女子選手はなすすべもなく圧倒された。しかし、当時No1のヒンギスは倒せなかった。ショットは弱くても巧みな戦術の前に幼い姉妹は勝ち方を知らなかった。打倒ヒンギスを目標とし、試合経験を積み、戦術を学び、強打の生かし方を知るにつれ、いつの間にか彼女達はヒンギスを追い越し、トップに踊り出た。力だけではない、技もある姉妹にかろうじて対抗できるのは同じアメリカのカプリアティとダベンポートくらいだった。ヒンギスが自滅する形で引退し、カプリアティもダベンポートも怖くなくなり、姉妹はグランドスラムタイトルを独占した。その時点で彼女達は目標を失った。これ以上のモノは欲しても存在しないのだから。
ベルギー勢が台頭してもロシア勢が台頭しても姉妹のプライドは傷つかなかった。「私達がベストで臨めばベルギー勢もロシア勢も敵ではない」と思っていたに違いない。しかし、実際にはベストで臨んでも勝てなくなっていた。力と技は相変わらずNo1かもしれないがモチベーションが失われていた。「心技体」の心に陰りが見え始めていたのだ。
今年の全豪SFで妹セリーナが失いつつあった心の中の牙を取り戻した。そしてこの芝の上でヴィーナスも失いつつあったものを取り戻した。そのきっかけを与えたのは共にシャラポワである。彼女のひたむきな情熱、ボールへの執着心、勝利への飢え、それこそがウィリアムズ姉妹が失っていたものだ。シャラポワと対戦することで忘れていた「牙」が蘇ったのだ。シャラポワの情熱が消えかけていたウィリアムズの心に再び火をつけた。
シャラポワという選手はその容姿によるテニスの人気向上にも貢献しているが、その直向なテニスへの姿勢はもっと評価されるべきなのかもしれない。ウィリアムズが目覚める程のその情熱。相手が強ければ強いほど闘志を燃え上がらせ、そしてそのことが相手のモチベーションをさらに上げさせる。試合の中でお互いを高めあうようなラリーができる稀な存在だ。彼女はWTAをもっと高いレベルへ引き上げる起爆剤なのかもしれない。如空はシャラポワのテニスはあまり好きではないし、彼女をちやほやする報道の仕方には嫌悪感すら抱く。しかし、今回破れこそしたが、シャラポワのその素晴らしいファイトには惜しみない拍手を送りたい。
一日で決着がつかなかったトップハーフSFも激戦だった。去年はGSの決勝にすら進めなかった一年前のNo1とNo2が激突している。二セット連続TBの末のフルセットマッチ。ダベンポートとモーレスモもまた、心の中の牙をしっかりと持ちきれていないがためにGSタイトルを取り逃がしている。パワーもテクニックも十分にウィリアムズやベルギーコンビに匹敵するはずの二人。今度こそGSタイトルを掴みきるために、勝利への執着心を燃やす必要がある。
雨天により試合開始が4時間遅れた昨日のウィンブルドン。ビデオの予約録画時間を大幅に超えて放送されたため、録画で試合を見れなかった人も多いだろう。試合開始遅延のためにセンターコート第一試合の予定だったダベンポート対モーレスモが第一コートに移され、センターコート第二試合だったヴィーナス対シャラポワがセンターコート第一試合に繰り上がった。NHK解説者は「今年のセンターコート経験が不足しているシャラポワに経験値を踏ませ誰が決勝に行ってもフェアな状態にするため」と語っていたが、それは方便。誰が如何見てもシャラポワ人気がNo1・3シードの対戦をセンターから追いやったのだ。そんな扱いを受けて黙っている必要はない。「私のテニスこそがNo1よ」と吠えろダベンポート、「真の女王はこの私だ」と叫べモーレスモ、声に出さなくてもプレーでしっかりアピールしなくてはならない。そしてその通りの激戦になった。
ダベンポート 67 76 64 モーレスモ
決勝でヴィーナスと戦う相手は二日越しの試合で決まった。モーレスモ惜しい、いつもGSで負けるたびに惜しいといっているが、今度は本当に決勝進出を手に入れかけていたのに、その手から零れ落ちてしまった。クレー育ちだが果敢にネットに出るそのスタイルは芝の上で威力を発揮する。現WTAで最も芝の女王にふさわしい選手になっていたのに、実に惜しい。モーレスモには後数回チャンスがあるはずだ。あのプレースタイルは年齢を重ねるごとに円熟味を増してさらに強くなる可能性がある。来年大いに期待しよう。
一方、時間が残されていないダベンポートは決勝でヴィーナスに挑む。半年前の全豪決勝でセリーナを前半圧倒しながらも後半突然調子を崩して自滅したリンジー。彼女は波の少ないとても安定しいている選手と世間では言われているが実際はどうだろう。接戦となった試合内容を見ると、意外に試合前半と後半で調子が違っていることが多い。前半不調で後半好転するパターンのときは勝てるが、当たり前の事だが、前半好調で後半調子を落とす場合の時は逆転負けを喰らってしまう。決勝戦、ダベンポートが先行すれば一気に勝負を決めてしまう必要がある。逆にヴィーナスに先行されたときは粘りに粘って、自分の調子が上がるのを待たなければならない。勝利への執着心を強く持たなければ、ヴィーナスに押し切られてしまうだろう。リンゼイ・ダベンポート、20代最後の挑戦が始まる。その結果はフルセットマッチの激闘だった。
2005年ウィンブルドン女子シングルス決勝
ヴィーナス・ウィリアムズ 46 76 97 リンゼイ・ダベンポート
第二セット、サーブインフォーザチャンピオンシップまでたどり着きながらもダベンポートはついにタイトルを手にすることはできなかった。しかし、今日は全豪決勝の時のように後半ガス欠で自滅したわけでない。最後まで自分のテニスをやりきった。見事な試合だった。ヴィーナスはSFの対シャラポワ戦とは打って変わって、実に慎重に丁寧に着実な攻めでポイントを積み重ね、苦しい接戦を僅差で勝利した。これもまた見事。両者ともに高いレベルでのテニスを最後まで展開し続け最後の最後まで勝利の行方がわからない好ゲームであった。ここ数年のGS女子シングルス決勝のベストマッチだった。
惜しむらくはダベンポート。第二セット終盤、ミスジャッジに少しいらいらしてしまった。第二セットまでは接戦とはいえ主導権はダベンポートにあった。あそこで集中力を切らさず押し切っていれば結果は違っていたかもしれない。実に惜しかった。リンジーは後どれくらいその勇姿をコートの上で見せてくれるだろう。今回の敗戦のショックはさすがに大きいと想像するが。
第三セットはまさに死闘と呼ぶにふさわしい壮絶な打撃戦だった。ロングラリーがひたすら続く。打ち合うほどにお互いのテニスを高めあう。そんなとても長く、そして激しい攻防だった。その激戦を制して、何度目かのGSタイトルを取ったヴィーナスは自信を取り戻したことだろう。この数年GS決勝に進むたびに妹に敗れていた姉、ようやく長いトンネルを抜けた。再びWTAの人気選手たちをなぎ倒していくのか。以前のようにパワーで圧倒するテニスでなく、妹同様緩急と配球の妙を見せ始めた大人のテニスをしつつある。だが、この試合で最後に接戦を制するのは精神力を含む強力な「力」の存在そのものだと実感したはずだ。そしてそれはかつて彼女が持っていたものであり、シャラポワとダベンポートに思い出させてもらったのだった。
シャラポワが開けてしまったパンドラの箱、その箱から飛び出してきたのは失っていた「心の中の牙」を取り戻したウィリアムズ姉妹だった。ダベンポートは皮肉にもグランドスラム決勝で続けて二人の蘇った牙と戦い、姉妹の牙を研ぐ役割をしてしまった。
このめぐり合わせがWTAにどのような影響を与えていくのか、来年以降、その結果が示される。
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