テニスのお寺  電脳網庭球寺

 

山門

講堂

夢殿

僧房

経蔵

宝蔵

回廊

 

夢殿

 

 

 

第036房 鉄壁のナダルと皇帝フェデラー (2006/01/08)

 

2005年テニス界10大ニュース その3 ナダル台頭、フェデラーの生涯グランドスラムを阻止する。


第1章 フェデラーのガリア戦記

制度疲労を起こしていたローマ共和国の元老院主導政治を改革しようと立ち上がり、帝政への道のりを開いたユリウス・カエサル(英名ジュリアス・シーザー)がその頭角を現し、後にローマの内乱で一方の雄として立ち上がる為の基盤を作ったのが、ローマより西側のヨーロッパを征服するガリア戦役である。ガリアとはちょうど今のフランスに当たる。カエサルはフランスを制して帝政への道を切り開く基盤にしたのだった。

それより2000年以上過ぎた現在、男子テニス界において自らの帝政の総仕上げをするべく、ロジャー・フェデラーがかつてガリアと呼ばれたこの地、フランスに乗り込んできた。

カエサルはガリアを征服した後、その地の執政官として支配し続け、財力と軍事力を養う。やがてローマが反カエサル派によって公然とカエサルに敵対行為に出ると、カエサルは自分の指揮する第13軍団を率いてローマに向かう。ガリアからローマに向かう道のりの途中にルビコン川が横たわる。当時のローマの法では、ローマ軍団は凱旋式など元老院の許可のあったとき以外にルビコン川を渡ってローマに進んではならないとされていた。その国法を破ってカエサルはローマに進軍する。「サイは投げられた」という言葉と共に。そして独裁者への道を突き進む。

フェデラーにとっての「ルビコン越え」に当たる世界制覇のきっかけは2005年の全米オープンであったと思う。ジュニアの頃より注目され、2001年ウィンブルドンでの対サンプラス戦勝利、そしてその2年後のウィンブルドン初優勝でトッププレーヤーの一人に駆け上った。しかし、それでもその地位は多くの中の一人、王者達の中の一人でしかなかった。2004年になって全豪オープンを取り、ウィンブルドンを連覇して世界ランキングNo1になってもその感覚は変わりなかった。フェデラーが他のグランドスラムチャンピオンやNo1経験者に対して絶対的圧倒的強者として君臨することになるのは、やはり2004年全米オープン決勝、ヒューイットを一方的に下した「あの瞬間」であったと思う。あの時、「当分はもう、誰もフェデラーを倒すことは出来ないかも知れない」と直感した。それはマスターズカップの全勝優勝で確信に変わる。2005年に入って全仏までにサフィンとガスケに敗れているが、それでもフェデラーの地位は揺るがない。まさに男子テニス界の独裁者、皇帝である。

その皇帝に残された最後の覇業、それが全仏オープン制覇である。フェデラーには前皇帝サンプラスと違い、その可能性を充分に持っている。ただ、去年の全仏オープンを見た限りでは「少し、難しいかな」と思っていた。しかし、今年のマスターズシリーズハンブルグ大会の連覇を見て、期待に代わった。そして願望にもなった。フェデラー時代は来年以降も磐石というわけに行かないように思う。サンプラスの時代が長く続いたのは、サンプラスが安定した強さを持っていたことのほかに、同世代はアガシ・チャン・クーリエ・ラフターなどライバルが競い合って台頭してきたが、その下の世代では10年近く対抗勢力となるほどの強者が現れなかった点が上げられる。しかし、今、フェデラーの直下にナダル・ガスケ・モンフィスなどかつてのサフィン・ヒューイット・ロディックに匹敵する可能性のある若手がもう育っている。フェデラーもまだ若い、だからこれからもますます強くなっていくだろう。しかし、若手に差を詰められていくこともまた事実。実際、他の選手を最も大きく引き離しているのは今現在なのかもしれない。来年の全仏制覇の可能性は今年より厳しくなるだろう、再来年はもっとだ。今年のうちにとっておきたい。そして生涯グランドスラムを達成して欲しいと思っていた。

今年、フェデラーは全仏制覇に関して有力候補ではあるが圧倒的本命というわけでもない。そこがドラマ性を盛り上げてくれる。「フェデラーばかりが強くて面白くない」と言われ始めて半年、いま最高にドラマチックな舞台がクレーコートの聖地で用意されつつあった。


第2章 事実上の決勝戦

生涯グランドスラムをかけて皇帝の全仏挑戦が始まった。一回戦セラ、二回戦アルマグロを危なげなく突破、三回戦でゴンザレスの強打に押されるがそれでもセットを落とさずに勝った。四回戦、去年のクレーの上での強さではコリアと双璧といわれたモヤを完璧なテニスで圧倒する。そして、QFでハネスケもストレートで下した。最後の覇業を完結させるまで残る関門は後二つ。SFの相手はまだ決まっていない、しかし、ほぼ確定している。あの男が来る。フェデラーは彼が来るのを静かに待っていた。

世界中がこの対戦の行方に注目していた。大会のドローが発表された瞬間より、その実現がこれほど期待され、同時にこれほど確実視された試合はここ数年ではない。「事実上の決勝戦」という言葉は使い尽くされた感があるし、陳腐な感じもする。しかし、この試合を「事実上の決勝戦」と呼ばずになんとよぶのか。2005年フレンチオープン、トップハーフのセミファイナル、フェデラー対ナダル戦が迫っていた。

2004年、リトルスラムを達成した時点でフェデラーは圧倒的強者となった。その年のマスターズカップで、ランキングのトップ4がそのままトップ4シードになり、そのままベスト4に揃い踏みしたした時点で、フェデラーを追撃できる位置にいるのはサフィン・ヒューイット・ロディックしかいないと思われた。何度も繰り返すが、それがほんの数ヶ月前の状態だった。注目はされてはいてもナダルはまだフェデラーの関心の外側にいた。

始まりはマイアミの決勝戦だった。


第3章 マイアミのデジャブー

2005年、マスターズシリーズ第二戦マイアミ大会の決勝戦、その第一セットでコートの上に立っていた男はいつものフェデラーではなかった。サウスポーから繰出される弾道もバウンドも高いトップスピンに対してアジャストするのに時間がかかったことを差し引いても第一セットのフェデラーは酷かった。
ストロークが明らかにふけていた。ベースラインに放たれたボールが10個分近くラインオーバーしていた。サイドへもボールがネットを越える瞬間に「アウトだ」とわかるほどはっきりとしたエラーをしていた。いつものフェデラーだってミスはする。しかし、ボールが落ちる瞬間までインかアウトかわからない、そんなきわどいエラーがほとんどだ。しかし、この日のフェデラーは、まるでいきなりストリングのテンションを10P〜20P緩めて飛びすぎるラケットを与えられた人みたいにボールをコントロールできていなかった。
ストロークがだめだと判断した皇帝はすぐさまネットプレーに切り替える。最近ではアガシやヒューイット相手でもストローク戦だけで勝ってしまうのでめったに出なくなったサービスラインの内側へラッシュを掛けるフェデラー。しかし、ナダルのパスはそのフェデラーを嘲笑うかのように抜いていく。

ナダルはバックハンドにおいてワイドに振られたときにオープンスタンスで切り返す珍しい選手だ。バックが両手うちの選手はリターンや自分の手の届く範囲で来たバックへの強打に対してはオープンで打つが、それ以外はスクエアで踏み込むか、クローズドでワイドに取りいくかで、基本のフォームがオープンスタンスという両手打ちバックハンドは珍しい。
そのオープンスタンスから放たれるバックハンドのパスが、これまたストレートでなくショートクロスに放たれ、フェデラーの眼前を通り過ぎていく。何度も抜かれて、ネットにつくのも自信なさげな態度になり、抜かれるたびに落ち込み俯いて帰って行く後ろ姿。まるでいつかどこかで見たような光景だ・・・・・そう、サンプラスだ。2000年2001年のUSオープン決勝でのサンプラスの姿にそっくりだ。史上最強のオールラウンドプレーヤーと言われたサンプラスもこの時期になるとストローク力が衰え、台頭してきた若手のグランドストロークにベースラインから対抗できなくなっていた。そのため、サーブ&ボレー、チップ&チャージでネットラッシュを掛けるしかなくなっていた。そのネットにラッシュを掛けるサンプラスを2000年はサフィンが、2001年はヒューイットがリターン&パスで抜きまくり、サンプラスの自信を根こそぎ砕いてしまった。
デジャブー(既視感)だ。自信なさげにネットにつくあのときのサンプラスの姿にフェデラーがダブって見える。2-6などという一方的なスコアで第一セットは終えた。
第二セット以降、若干プレーは持ち直したものの、不調であることに変わりないフェデラー。先にブレイクしてリードしているにもかかわらず、5-2からナダルに追い上げを許しタイブレークに持ち込まれる。TBではナダルに先行されなすすべもなく第二セットも落とした。
第三セット、依然フェデラーは不調である。ベースラインからのストロークはようやく入るようになったが、今度はミドルコートのアプローチとネットでのボレーでネットに引っ掛けることが多くなった。ネットを越さなければ何も始まらない。今度は先にブレイクを許してしまった皇帝、2セットダウンで1-4、絶体絶命のピンチである。デジャブーそのままに、あの日のサンプラスのごとくこのまま敗れてしまうのかフェデラー。

あのクレバーなフェデラーがまるでサフィンのようにミスしてラケットをコートに叩きつける。こんな光景を見る日が来るとは予想だにしなかった。しかし、このことが少しフェデラーの雰囲気を変えた。自身を失った男でなく、上手く出来ない自分自身に怒りをぶつけている男になっている。体の底からエネルギーが湧き上がっている。サフィンならこのまま自滅だろうが、フェデラーなら持ち直すかもしれない。

そして持ち直した。

ブレイクバックに成功すると、6-6で迎えたTBも先行されながら逆転して逃げ切った。セットカウント1-2、まだまだ油断できない。フェデラーは持ち直したとはいえストロークもネットプレーも依然普段の力を発揮できていない。しかし、第4セットが始まって、再びTV中継を見ている如空にまたデジャブーが襲う。しかし、フェデラーの姿にダブって見えたのは自信を失ったサンプラスではない。アガシだ。あの1999年全仏決勝、メドベデフ相手に2セットダウンからの大逆転劇で初優勝を決め生涯グランドスラムを達成したあの日のアガシに姿が似ている。ポイントを取った後、足早に自分のポジションに戻るあの後ろ姿、それがアガシにダブる、デジャブーだ。
あの日のアガシも前半はけがをしている訳でも体調が悪い訳でもないのに絶不調でエラーを連発していた。ストロークが全然コートに入らなかった。誰もがあきらめかけた第3セットでアガシは不調ながらもひたすらストロークを打ちつづけ、我慢のラリーを繰り返し、リターン力にも助けられてセットを奪取。そのままセットを3連取し、見事な逆転劇を演じて見せた。

フェデラーが第4セットを取り、セットオールになった時点で如空はフェデラーの勝利を確信した。根拠はない。ただあの日のアガシにその姿がよく似ているというそれだけのことだ。しかし、サンプラスのデジャブーは途中で消えたが、アガシのデジャブーは最後まで消えなかった。
最終セットは6-1。ナダルが力尽きたとはいえ、見事な勝利だった。

不調でありながらも試合を捨てず、自分を見失わず、我慢をし、建て直し、自分の出来る範囲内でベストを尽くし、智謀の限りを駆使して勝利を呼び込む。強い。プレー自体はレベルがいつもより落ちているのだが、それゆえに試合内容はフェデラーの偉大さを再確認することになった。

敗れたとはいえ、ナダルはこれでかなり自信をつけたことだろう。ハードでこれだけやれるのだ、得意のクレーなら決して負けない、そう思ったに違いない。フェデラーの不調を差し引いてもだ。
去年の年末のマスターズカップSFでサフィンは同じように敗れながらも接戦を演じて「フェデラーは手の届くところにいる」と実感し、直後の全豪SFでついにフェデラーを倒した。あの日のサフィンと同じようにナダルがなるかもしれない。
全仏タイトルを狙うフェデラーとしては全仏が始まる前に一度ナダルと再戦しておきたかったことだろう。そして、そこで完膚なきまでに叩きのめして自分の中の苦手意識とナダルの中の自信を取り除いておきたかったことだろう。そうしておかないと全豪のサフィンのごとく全仏でナダルがフェデラーの覇業を阻止してしまうかもしれない。それこそデジャブーである。

数ヵ月後、そのデジャブーが本当に起こってしまった。


第4章 老獪なる戦術家

ヨーロッパクレーシーズンに入り、フェデラーはガスケに不覚を取りスタートダッシュに失敗、失速しているうちにナダルは連勝を重ね、MSモンテカルロ、ローマ大会を連覇した。マイアミでフェデラーから自信と強さを貰い受けたかのような活躍である。指を負傷しているナダルはMSハンブルグ大会をスキップした。その大会でフェデラーはクレーでの優勝を上げ、全仏への準備を終えた。二人ともマスターズシリーズの優勝への過程で去年モヤと共にクレー最強だったコリアを下している。今年のクレーの双璧はフェデラーとナダルであることを世間に知らしめた。この二人が全仏のタイトルを競い合う。それも激しく、そして強く。誰もがそう信じているはずだ。そして、その通りになった。

ナダルは5年前のロディック同様、先にメディアで注目を浴びており、話題ばかり先行していた。実際にそのプレーを見たのは今年の全豪オープンになってからである。さて、その話題のナダル、ハードヒッターかと思っていたが、実はスピンボールを主体にした組み立てでポイントを取る老獪な戦術家だった。そして、フェデラーのように攻撃的テニスでガンガン攻めてくる相手に対しては、守りに守り、最後にカウンターショットで切り返す。まるで活躍し始めた頃のヒューイットのようだ。鉄壁で守られた赤土の上の不動の要塞、それがラファエル・ナダルだ。ナダルはヒューイット同様熱い男だが、その熱さは種類が違う。けして精神的に切れることもなければさめることもない。クレバーに、静かに燃える。若々しい激しい炎ではなく、何があっても決して消えることのない炉の中の炭火のような熱さを持つ男である。

フェデラーは2003年まではヒューイットやナルバンディアンといった守りに固く、カウンターショットを得意とした相手を苦手にしていた。攻めて、攻めて、攻めきろうとしたときカウンターで切り返される。フェデラーが徐々にネットに出る機会が減ってきているのは、ストロークが強くなっただけでなく、カウンターショット対策の一環でもあるのだろう。去年は見事にヒューイットやナルバンディアンを圧倒した。しかし、クレーの上での今のナダルはヒューイットやナルバンディアンの上を行く。今年の全仏QFでの対フェラー戦はナダルのテニスをよくあらわしていた。

第一セット、攻めているのは明らかにフェラーである。しかし、ナダルの防御は崩れない。ボールを返す。これでもかとハードヒットを繰り返し押切ろうとするフェラーだが、ナダルの前に攻めきれず、先にミスをしてしまう。そして、ここぞという時にカウンターショットの餌食になる。競り合いの上、第一セットを取ったのはナダルであった。そして、フェラーはその鉄壁の防御と鋭いカウンターの前に戦意を失っていき、最後は自滅の形で試合を終えた。

SFでのフェデラーはQFでのフェラー同様、ナダルを圧倒しようと猛攻を仕掛けるだろう。マイアミでの苦戦の記憶を振り払うように。果たしてフェデラーの攻撃はナダルの防御を突き崩すことが出来るだろうか。もしも攻めきれずに試合が長引けば、それはナダルのペースである。そして、マイアミの二の舞はナダルの方も決してしまいと心に誓っているはずだ。一度リードを奪えば、今度こそそのリードを守りきる。お互いに勝利の鍵を握るのは第一セットだ。

期待と興奮が徐々に高まっていく。この試合の行方は今年の全仏男子シングルスの優勝の行方だけでなく、今後数年間のATPにおけるトップ選手達の力関係に大きく影響を与えることになるだろう。皇帝フェデラーの覇業である生涯グランドスラム、その最大の難関、それが準決勝対ナダル戦である。ナダルはいつもどおりの試合をするだけ。天に試されているのはフェデラー、挑んでいるのはフェデラー、その覇権、磐石のものに出来るか。
決戦の時は来た。赤土の上で、いよいよフェデラーはナダルとぶつかる。


第5章 運命の幕切れ

フェデラーが鋭い逆クロスからネットに出る。そこへ追いついただけでも信じられないのに、そこから更に鋭いパスを外側からコーナーに切り返し、ナダルが最初のポイントを取った。次にフェデラーはナダルをコートとの外に追い出すとセンターに戻ろうとするところの逆を突き、鮮やかなファハンド・ウィナーを決めた。素晴しいウィナーの応酬で始また。期待通りの好勝負を予感させる出だしである。しかし、その後の試合内容はあらゆる予想を裏切る内容となった。

第一セット、フェデラーは対ナダルの意識が過剰であることが明らかだった。MSハンブルグ大会決勝対ガスケ戦同様、フォアを強打しようとしすぎてエラーを連発していた。しかし、それ以上に意外だったのは、ナダルが攻めていることである。いつもよりトップスピンの弾道が低い。低く、鋭く、そして速い。ガンガン攻めるナダルに対してエラーを連発するフェデラー。フェデラーもリスクをとって攻めているのでナダルのサービスゲームをブレークするが何よりナダルが攻めてフェデラーのサーブを破りまくる。試合は荒れた。女子の選手の試合のようなブレーク合戦の末、6-3でナダルが取る。

第二セット、ナダルの攻めが甘くなった。ボールの弾道がいつものスピンボールになっていた。そしてフェデラーのプレーからはミスが減っていく。クレーの上でも地力に優るのはフェデラーだ。それを証明するかの様な内容でフェデラーが6-4で取る。
このままフェデラーのペースになるだろう。そう思った。だが、そうはならなかった。

第三セット、サービスゲームのキープ合戦になり、試合は落ち着いたかのように思われた。攻めるフェデラーに守りカウンターで切り返すナダル、ようやく予想通りの展開になる。だがフェデラーの攻めはいつもより甘い。ミスもまた増えてきた。ナダルがブレークした。そして最後第10ゲームもブレークしてフェデラーからセットを奪った。ナダルは特別なことは何もしていない。いつも通りのテニスをして、フェデラーからセットを6-4で取った。このセットが終わった瞬間、フェデラーから自信が失われた。

第4セット、赤土の上に立っている男は常勝無敗の皇帝ではなかった。先にブレークして先行するが、それはただボールをつないで相手のミスを待った結果だ。ナダルは勝利が見え初めてやや固くなったのか、フェデラーがペースを落として戸惑ったのか、鉄壁のディフェンスにミスが目立ち始めている。フェデラーの3-1になった。スコアだけ見ていればこのまま、フェデラーが第4セットを取ってセットオールとなると予想するだろう。しかし、TVの中のフェデラーの姿にはそれを確信させるだけの覇気がなかった。そして、不安は的中し、そこから5ゲームナダルが連取し、6-3、フェデラーは今年3度目の敗北を喫した。

雨天遅延による試合開始の遅れに加え、第一試合のダビデンコ対プエルタのSFがフルセットにもつれ込む大接戦だったため、第二試合の開始は大幅に遅れた。緯度が高いパリで夏至が近い6月のことだ、日没は21時45分だがフルセットになるとそれまでに終わらないだろう。日没順延だとフェデラーが息を吹き返すかも知れない。そこまで計算したかどうかはわからないがナダルはこのセット後半、集中して気落ちしたフェデラーを一気に倒した。WOWWOWは放送予定時間の追加延長枠を使い切り、この試合をLIVEで伝え切れなかった。翌日、女子の決勝が早く終わったため、この試合の結末を録画で放送したが、見てみると、その後なんら劇的な展開があったわけではない。ナダルはいつも通りのプレーを淡々として、勝ってしまった。

如空が勝手に「皇帝」という称号を与えていているロジャー・フェデラー、彼がその皇帝の座について3回目の敗北である。しかし、今回の敗北は前二回の敗北とは与える影響が違う。
全豪サフィン戦は互いにマッチポイントを取り合う白熱した接戦だった。何よりサフィンがゾーンに入っており、ゾーンに入ったサフィンは手がつけられないということは誰もがわかりきっていることである。それはモンテカルロ大会の対ガスケ戦も同じである。フェデレーといえど一年間常勝無敗というわけには行くまい。これは交通事故にあったようなものだった。
今回は違う。フェデラーの側に問題は確かにあった。対ナダルへの意識過剰、フォアハンドの回り込みの際のミス多発(これはサウスポーからのトップスピンにまだ完全にアジャストしていないためと思われる)、サービスのコースも少し甘かった。日没順延を予想して集中力を最後に切らしていたという油断もあっただろう。しかし、フェデラーはそんな状況でも今まで勝ってきたのだ。だから今の地位にいるのだ。そのフェデラーが、いつも通りのテニスをする相手に負けてしまった。ナダルの偉大さをも認めつつも、「ナダルが出来たなら俺も」と思った選手は多いはず。皇帝の権威の前にひれ伏して、戦う前から自分で作り出してしまった皇帝の圧力の前に屈していた選手達がその圧力から解放されてしまうと、さすがにスロースターターのフェデラーは苦戦してしまう。時には事故も起こるだろう。事故が多発すれば、それは結果が悪くなり、彼の持つ他者への圧倒させる迫力が薄れる。
次のウィンブルドンでフェデラーにはそのキャリアの上で大きな転換期を迎える。ここで3連覇をするだけでは駄目だ。それこそセットを一つも落とさず、7戦全てストレートで圧勝するくらいのことをしないといけない。全仏制圧どころではなくなった。磐石と思われた皇帝の覇権は早くも試練に立たされていた。


第6章 神の見えざる手

その後、ウィンブルドンでナダルは早々に敗退。フェデラーは圧倒して芝を制す。夏になり北米のハードコートシーズンが始まるが、そこでも二人の再戦はならなかった。

神の見えざる手がはたらいて、ナダルとフェデラーの直接対決を避けている。今年の春のマイアミ大会以降、そう思えてならない。フェデラーはナダルと再戦したくてたまらないだろうに、またナダルの側もそれを避ける気など毛頭なく、受けて立つつもりでいるだろうに、マイアミ以降、MSクラスの大会で両者が同じ大会に出る事はなく、全仏まで直接対決がなかった。そして決戦の全仏SF、日没順延かと思われた第4セットの終盤でナダルが1ブレイク1キープで試合を決めてしまった。翌日に順延を期待していたフェデラーにとってはナダルに勝ち逃げされた心境だろう。そして、それ以降、フェデラーはまだナダルと再戦できずにいる。北米ハードコートシーズンが幕を開けるがMSモントリオール大会ではフェデラー不在、その間にナダルは決勝でアガシを下して、ハードコートでのマスターズシリーズタイトルを獲得に成功した。そしてようやくMSシンシナティ大会のドローに二人の名前がそろったと思ったらナダルは初戦敗退してしまう。神は皇帝フェデラーの好敵手にナダルを選び、切り札として大事な場面が来るまで、その切り札を皇帝にぶつける事を控えている、そんな感じがした。次なる重要な局面はおそらく全米オープン、ここでチャンピオンズレースのランキングで二人がほぼ並ぶとき、皇帝の覇権は崩され二強時代になる。それを阻止するためには全米と最終戦のマスターズカップを取ることが必要だ。その全米とマスターズカップにナダルをぶつけてくる。神の見えざる手がそう意図しているように全米までは思えた。

しかし、その全米でも二人の再戦はかなわなかった。そして、フェデラーは足を怪我して戦線離脱、その間にナダルはMSマドリッド大会決勝でフルセットの激闘の末、リュビチッチを破りMS級インドア大会のタイトルまで取ってしまう。ここでナダルは足を負傷を悪化させ、フェデラーと共にMSパリ大会を欠場、さらにはマスターズカップに足は回復せず、結局欠場して、全仏後の二人の再戦はとうとう実現しなかった。
今年一年を振り返るとマスターズシリーズ全9戦中、今年のマスターズシリーズはインディアナウェルズ・マイアミ・ハンブルグ・シンシナティの4大会をフェデラーが、モンテカルロ・ローマ・モントリオール・マドリッドの4大会をナダルが取った。両雄が仲良くそれぞれ4つずつマスターズを分け合っている。今年のATPの状況を端的に表しているといえよう。しかもこの8大会のうち、フェデラーとナダルが直接対決したのはたったの一度、マイアミの決勝戦だけである。そしてグランドスラムでも全仏SFの一度だけだった。

ナダルは途中でランキングが二位になり、フェデラーと共に並び立つ位置にかなり近づいた。しかし、二強時代を呼ぶにはまだ早い。ナダルにはハードコートでの打倒フェデラーをなすという課題が残されており、フェデラーにはクレーでナダルを倒し、全仏を制覇して生涯グランドスラムを完成させるという大事業が残されている。ナダルがハードでフェデラーを破るのが先か、フェデラーがクレーでナダルを倒し、全仏を取るのが先か、ここに皇帝の覇権が磐石のものになるか、二強時代になるかの分かれ目があるかのように思える。
たった二度の直接対決で2005年のATPの話題をほとんど占めてしまった二人、それほどにフェデラーと、それに相対するナダルの存在感は大きかった。しかし、今年はまだ二人にとって始まりの年に過ぎない。来年、いよいよ最初の決着をつけるべく、二人はぶつかることだろう、それがどのタイミングで来るのか、神はどのようなタイミングを選ぶのか。世界の注目は今そこに集められている。


フェデラー関連記事一覧

戻る