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第034房 サフィンの馬鹿と皇帝フェデラー (2006/01/08)

 

2005年テニス界10大ニュース その1 サフィン、打倒フェデラーなる。

2004年夏にオリンピックで負けてから2005年1月全豪SFにいたるまで26連勝、ここに至るまでの半年間、「いったい誰がフェデラーを止めるのか」という一点にATPへの注目は集められていた、残念ながらフェデラーと共にハードコート四天王とも言うべき存在であるヒューイットとロディックはフェデラーに対して圧倒されるばかりでこの半年間勝機を見出すことが出来ずにいた。2005年オーストラリア・オープン、この時点でATPに君臨する皇帝ロジャー・フェデラーに対して勝機を見出せる男は世界中でただ一人、ハードコート四天王最後の一人、ロシアの大砲マラット・サフィンだけだった。

ソビエト崩壊の混乱期のロシアに生まれたサフィンはテニスに専念するためにスペインに送り込まれる。恵まれた体格を生かした強打のビックサーブとストロークをスペインで磨き、その大器の存在は1998年にアガシを全仏一回戦で破たことで世界中に知れ渡る。そして二年後の2000年全米決勝、グランドスラムタイトル取得数最多記録をウィンブルドンで達成したばかりのサンプラスを完璧なまでのテニスで文字通り粉砕し、80年代世代男子選手の中で最初にGSタイトルを手にした。この瞬間、サンプラスの時代は終わりを告げ、ATPは群雄割拠の戦国時代に突入することになる。その次世代への扉を大きく開いたのはこのサフィンだった。「サフィンがベストの状態でプレーすれば、サフィンに勝てる奴はいない」と誰もが語った。しかし、サフィンはそのベストの状態を1大会安定して続けることの出来ない性格の持ち主だった。完璧主義者サフィン、特に全米優勝後はその決勝サンプラス戦での完璧なテニスを「自分のテニス」であるとして、あのときのようにプレーが出来なければそれを「不完全なテニス」としていたと言う。そして自分のテニスが出来なければ、自らに怒り、自身を責め、ラケットをコートに叩きつけて、自滅していく。その類稀なる才能と力を持ちながら、それに見合った結果をその後なかなか出せずにいた。その才能は偉大だ。集中しているときのサフィンは信じられないような重いストロークを信じられないような正確さで連続して打ち続けることが出来る。サーブも強力、全盛期のラフターに匹敵すると言われる恐ろしく高くキックして弾むスピンサーブをセカンドサーブに持ち、なおかつ、そのスピンサーブと同じフォームで打つフラットサーブをファーストで打つ。これがまた強力。高射砲と迫撃砲を併せ持っているかのようだ。そしてあまり話題に上らないがリターンが上手い。上手いだけでなく強い。2000年全米決勝でサンプラスのサーブ&ボレーを打ち破ったのはリターンからの強打だった。サーブもリターンもストロークも強い、どこからでも大砲を撃ってくる。そしてそれが続く。相手が圧倒されるまで。分厚い装甲で覆われた要塞をこなごなに吹き飛ばすまで大砲を打ち続ける巨艦巨砲主義の超弩級戦艦、それがサフィンである。全豪のサーフェイスは相性が良いらしく、それまでに二度決勝まで勝ち進んだ。しかし、接戦続きでSFまでで力尽きていたサフィンは、2001年はヨハンソンに、2004年はフェデラーにそれぞれなすすべもなく破れていった。

2004年全豪SFでサフィンはアガシと壮絶なフルセットマッチを戦う。この試合は2004年のベストマッチであると同時にハードコートにおける豪打のストローク戦としては過去最高の名勝負と言ってよい。ここでサフィンはベストのテニスを展開しながらもそれでも簡単に勝たせてくれないアガシに対して、恐ろしいまでの集中力を発揮して強打を正確に打ち続けた。そして、欠場をした2001年を除く3年連続優勝で4年間全豪で負けなしのアガシをついに破ったのだった。この勝利でサフィンは全米優勝後の「完璧なる自分」を探す旅を終えたような気がする。2004年全豪の優勝は逃すが、その後クレーシーズンが始まる前にサフィンはフェデラーのコーチだったピーター・ルンドブレンを自身のコーチに迎える。「全米優勝時の完璧なる自分」を目指すのをやめ、新しい自分を見つけるために変化を受け入れる、その為の心の準備ができたのだろう。
ルンドブレンは「もともとストローカーのくせにネットに出るのが好き」なサフィンのために、アプローチとネットプレーを鍛えて充実させた。そして、バックに比べてやや安定度にかけるフォアハンドストロークに意識を集中させ、バック同様正確な連続強打をフォアでも可能になるように指導したといわれる。
ルンドブレンの指導は2004年後半、その成果を上げ始める。マスターズシリーズマドリッド大会、パリ大会とインドア大会MS級を連覇し、ランキング4位まで浮上、そして最終戦マスターズカップSFでフェデラーと激突する。2004年年頭の全豪決勝で当たったときから一年、二人の力関係は大きく変わっていた。フェデラーはリトルスラムを達成し、TMC連覇を目指してばく進する超特急、その強さはまさに「皇帝」であった。そのフェデラーに対してチャレンジャーとして敢然と立ち向かうサフィン。サフィンは1ブレーク差で第一セットを落とした後も集中力を切らさずフェデラーを攻める。フェデラーはサフィンの前に苦戦を強いられる。第二セットはTBにもつれこむ。続けてポイントを取れずに互いに決着が付かない。交互にセットポイントとマッチポイントが繰り返される。ミスがでたと思えば次に来るのはスーパーショットという観客総立ちの激戦が繰り広げられた。18-18でサフィン痛恨のダブルフォルト、19-18フェデラーのマッチポイントでサフィンのフォアがラインを割り、TB20-18、サフィンはフェデラーに一歩及ばなかった。

破れたとはいえ、サフィンはここで実感したと言う、「フェデラーは手の届くところにいる」と。サフィンに必要なのは自信だった。その自信をMS大会連覇とTMCでのフェデラーとの接戦で手に入れた。機は熟した。打倒フェデラーの舞台は整えられたのである。それが2005年のベストマッチ、全豪男子シングルス準決勝サフィン対フェデラー戦だった。

第一シードのフェデラーと第四シードのサフィンがSFで激突する構図は去年年末のマスターズカップとまったく同じ展開だった。だが、試合内容はマスターズカップSFを上回り、ここ数年で最高レベルのハードコートの戦いとなる。

第一セット75でフェデラー先取。競っているように見せるがサフィンにブレークポイントはなく、逆にフェデラーは4つのブレークポイントをつかみ、そのうちの一つをものにした。フェデラーはファーストサーブを入れるとほとんどポイントを取っていた。フェデラーの方が押し気味に試合を進めている。
第二セット序盤先にブレークしたのはサフィンである。64でサフィンがとった。サフィンの強打に押され、フェデラーのミスがサフィンのミスの数を上回ったのだった。
第三セット序盤、今度は先にブレークしたのはフェデラー、しかしサフィンは第五ゲームでブレークバックする。最後は第一セットと同じくフェデラーがブレークしてセットを2-1とリードした。

この試合の前半はあまり波がなく、勝負を分る大きな山場というのもなかった。ただサフィンがいつもに比べて恐ろしいほどに集中しており、ミスが少ない上にサーブ・リターン・ストロークの威力がとにかく強い。あれほどに威力のある強打の集中砲火を浴びせられると、さすがの皇帝もさばききれない。フェデラーはサフィンの集中した豪打の前にいつもよりミスを多発させられた。しかし、いつもよりミスをさせられているとはいえ、フェデラーだからこそ、このサフィンの精密な強打を、支えて、崩れず、隙あらばすぐさま攻め掛かり、互角の勝負をなしえているのだ。サフィンがいいテニスをすればするほど引き立つフェデラーの偉大さ。恐るべき程の高いレベルの試合である。だがその印象はここまではあくまで静かで、淡々としたものだった。

第四セットまで来てフェデラーがようやくサフィンの強打に完全に対応できるようになった。フェデラーがチャンスを決めきれずにラケットを放り投げる珍しいシーンがあった。これはフェデラーの不調を意味しているのではない。攻めにかかっているのだ。フェデラーはここで決める気だ。徐々にギアを上げはじめているのだ。いつものフェデラーの勝ちパターンだ。だが、今度はサフィンの側がフェデラーの早い攻めを食い止める。サフィンは足が長く大またでドタバタ走る。その為、あまりフットワークはよくないという印象をもたれる。だが実はとてつもなく足が速く、ヒューイットやナダル並みのコートカバーを集中しているときは見せる。ギアを上げたフェデラーの攻めを防ぎきり、サフィンはTBに持ち込んだ。
TBでさらにギアを上げるフェデラーがリード、しかし、サフィンもギアを上げてきた。豪打の連続でフェデラーを押し返す。そのサフィンからドロップショットでマッチポイントをフェデラーがもぎ取る。ネットにでて勝負を決しようとするフェデラーのボレーを二度、三度と拾い上げ、最後はロブで逃げるサフィン。フェデラーはロブを追い、股抜きショットで返球するがボールはネットを越えなかった。TB6-6、フォアの連続攻撃からネットでバックボレーをアングルに決めてサフィンの7-6、最後はセカンドサーブからフォアの逆クロス二連打でTBをサフィンがものにしてセットオールになった。

ファイナルセットになり、試合はさらに白熱してきた。サフィンの豪打に対抗するフェデラーの鋭いショット。どちらもコートカバーの範囲が広く、デイフェンスが良いので、配球の妙だけではウィナーにならない。ショットの威力がなければポイントが取れない。ショットの勢いがなくなればすぐに攻め込まれる。緊迫したラリーが続く。フェデラーは疲労が蓄積しているのか、さかんにトレーナーを呼び、フィジカルの調整を図る。サフィンは第一セットからかわらぬ豪打で押し捲る。フェデラーは一度はサフィンの強打にアジャストできたかに見えたが、ここに来てまた押され気味になり、ミスでポイントを失い始めた。フェデラーはブレークを許してしまい、5-2でサフィンは決勝まで後一ゲームと迫った。その後のサービスゲームをフェデラーはキープ。53でサフィンのサーブインフォーザマッチが来た。40-30でマッチポイントになる。さすがに固くなったか、サフィンはボールをふかしてミスしてしまう。ディースになった。ここからのフェデラーが凄かった。背左右に振られてもボールを際どいところに返球してくる。中に目がついているのかと思うほどに見事な返球である。サフィンのミスも手伝ってついにブレークバック、フェデラーが土壇場で追いついた。
さらにフェデラーはネットにでてたたみかけようとするが、サフィンのパスが彼の鉄壁のネットプレーを鮮やかに抜きさる。ブレークポイント、イコール、マッチポイントが再びサフィンに来た。だが今度はフェデラーが攻めきる。5-5になった。お互い先行を許すが、サーブの力で切り抜け、サービスゲームを互いにキープしあった。ファイナルセットは6-6、全豪オープンではファイナルセットにTBはない。二ゲーム差をつけるまで勝負は続く。7-6でサフィンにまたマッチポイントが二つも来たが、フェデラーはサーブの力で切り抜ける。サーブをお互いキープして8-7になる。フェデラーは青いシャツから白いシャツに着替えた。そのフェデラーがワイドにスライスサーブを打った。サフィンはそれを信じられない角度のアングルリターンでエースを奪う。さらにネットに出てきたフェデラーを強打でミスさせる。フェデラーはもう一度ワイドに意地のスライスサーブを打ってサービスポイントを奪う。サフィンは次のサーブをバックハンドから強烈なリターンでフェデラーの足元に沈めてポイントを奪った。マッチポイントが再びサフィンに来た。フェデラーのプライドをかけたスライスサーブがエースになり30-40、ここでサフィンはフェデラーを大きく振る。フェデラーは右に振られて足を取られて転倒した。反対側にできたオープンコートにサフィンはフォアを入れて、サフィンの勝利が確定した。奇しくもサフィンの25回目の誕生日のことだった。

二日後の決勝で地元の圧倒的声援を背に受けたヒューイットを3-1で押し切り、サフィンはオーストラリア・オープンのタイトルを手に入れる。2000年USオープンの優勝より5年、全豪オープンの決勝に3度進み、2度までも阻止されたサフィンが3度目のチャレンジでついに成し遂げた生涯二つ目のグランドスラム優勝であった。ヒューイットが表彰式のスピーチでサフィンをたたえていた。「彼は誰もが勝てないと思っていた男を倒したのです。」と。その「誰もが勝てないと思っていた男」皇帝フェデラーを破ったとき、サフィンはとても静かに勝利の瞬間を迎えた。そこでサフィンが感じていたものは「強い奴をやっつけてやった」という子供じみた快感ではなく、「困難な仕事をやり遂げた」という大人の男の達成感ではなかっただろうか。

今年の全豪は充実していた去年の大会を上回る、ここ数年のグランドスラムでは、まさにベスト・オブ・グランドスラムトーナメントだった。男子だけでなく女子の試合も素晴しかった。その中でも燦然と光り輝くのがセミファイナルのフェデラー対サフィン戦だった。そこに至るまでのドラマチックなストーリー、そして何より試合内容そのものレベルの高さ、興奮度、サフィンの豪打に対するフェデラーの技とスピード、両者共に力を出し尽くした接戦、どれをとっても今年のベストオブベストの試合であった。こんな試合を目撃できたことはテニスファンとして至福の喜びであろう。

サフィンはその後、まるで全米優勝後と同じように燃え尽き症候群に陥り失速、フェデラーと夏に再戦したがあえなく敗退、さらに故障が悪化し、去年連覇したMSマドリッドとMSパリを欠場、TMCまで辞退して後半は鳴かず飛ばずで終わってしまう。あれほどの才能をもちながらそれを浪費しているようにしか思えない波の激しい人生、そのテニスを愛し、期待し、応援しながらも、ついつい「サフィンの馬鹿」と言いたくなってしまう。それがまた彼の魅力なのだと人は言う。しかし、それならばもう一度、その才能、大いに発揮してくれサフィン。期待せずに待っている。


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