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2004年 テニス界10大ニュース ベスト7

日本デ杯チーム、74年ぶりにインドに勝利

 

男子国別テニス対抗戦デビスカップ。日本チームはなんと74年間インドに勝てずにいた。17連敗していたのである。あの松岡修造を擁して臨んだチームでさえインドには勝てなかった。
その長い歴史の上で何度も好成績を挙げている女子国別テニス対抗戦フェドカップの女子日本チームに比べて、男子は長きに渡りワールドグループに進出できていない。メンバーも高齢化してきた。松岡以後の日本を引張って来たシングルス1・2の鈴木と本村も、ダブルススペシャリストのトーマス嶋田も、もうベテランと呼ばれる年齢になった。しかし、メンバーが高齢化しているのはインドも同じだ。かつては男子ダブルス世界最強を誇ったブパシ・パエスペアもよる年波には勝てない。そして若手が育っていないという意味でインドもまた日本と同じ悩みを抱えていた。倒すなら今年だ、チャンスがあるはずだ。スーパーバイザーにボブ・ブレットを迎え、日本男子テニス選抜チームは打倒インドという困難な目標に立ち向かった。そして彼らはついにやり遂げたのである。打倒インドを。

2004年デビスカップアジア・オセアニアゾーングループT二回戦、男子全日本チームはホームでインドを迎え撃つべく、大阪靭テニスセンターのセンターコートに集結した。如空は3日間とも靭公園に赴きのその試合を全てこの眼で見ることが出来た。

4月9日 初日
第一試合、本村剛一はブラカッシュ・アムリトラジに3-1で勝利した。第一セットは本村が1-6で落とした。「アムリトラジの方が強い」と如空は感じた。サーブ・ストローク・ネットプレーどれをとっても素晴しいオールラウンドプレーヤーだった。しかし、30歳を過ぎたベテラン本村は慌てない。まるでクレーコートスペシャリストのようなトップスピンストロークをベースライン深くに集めて、アムリトラジを後ろに押しやり攻撃を封じると、今度は自ら打って出て3セット連取の逆転勝利を演じた。
第二試合は両国のエース対決である。鈴木貴男対リンダー・パエス、インドの英雄パエスは普段のツアーではダブルスのスペシャリストでありシングルは戦わない。デ杯のときのみ母国のためにシングルスを戦うサーブ&ボレーヤーだ。それでもデ杯では日本人選手に9連勝している。ダブルスも含めてデ杯では3戦フル出場するインドの大黒柱である。今年は選手であると同時に監督も兼任している。そのダブルスで何度も世界を制している素晴しいネットプレーはいまだに健在だ。パエスはその才能を大阪で存分に発揮した。見事なまでのネットプレー。鈴木を応援している日本人観客からため息が何度もこぼれた。そのボレーは生き物のように縦に横に回転しながらラインの上に落ちていく。同じネットプレーヤーの鈴木は1セット奪っただけでも上出来であった。1-3で鈴木は敗北。一勝一敗のタイで初日は終えた。

初日には全日本チームOBの松岡修造が応援に駆けつけていた。如空とは席が大きく離れていたのだが、本村がアムリトラジに逆転してリードしたとき松岡氏が「本村!踏ん張れ、ここ踏ん張れ!」と突然大きな声を出して彼を叱咤していたのが聞こえてきたのでよく覚えている。
松岡氏は後日、この初日の鈴木の敗北を手厳しく非難している。彼が筆者であるテニス雑誌の記事や出演しているTV番組の放送で、ことごとくこの日の鈴木のテニスを酷評している。よほどこの敗戦に腹が立ったのだろう。如空の目には鈴木とパエスの差は大きく、セットを一つ取っただけでも善戦であったと思っている。しかし、神和住監督始めとする日本チーム首脳陣やOBの松岡氏には「鈴木ならパエスに勝てる」と思っていたようだ。ダブルスで勝ち星を計算できない以上、シングルスで3勝を上げるしかない。誰かがインドのエース・パエスをシングルスで倒さなければならない。それを現日本男子シングルスNo1鈴木に期待していたのだろう。しかし、松岡氏曰く「この日の鈴木はパエスに付き合って派手なネットプレーの応酬に付き合ってしまった」のが敗因であると言う。泥臭くて粘り強い、何が何でも勝ってやるというテニスではなかった、それでは駄目だと彼は言う。OBではあってもチーム関係者ではない松岡氏は直接選手に指導や指示は出来ない。試合終了直後、松岡氏は友人であり、日本チームのスーパーバイザーであるボブ・ブレッドに意見した。鈴木に厳しく言ってくれ、死に物狂いになってくれと言ってくれ、と言い残して、結末を見届けることなく大阪を去っていった。松岡の言葉によるものかどうか分からないが、ブレットはその夜、鈴木にかなり厳しい言葉を与えたらしい。そして「最終日のシングルスの内容と結果は貴男の今後のテニス人生を大きく左右するだろう」とまで語ったという。詳細は報道されていないが、鈴木にしてみれば相手は格上の選手なのである、反論も多々あっただろう。しかし、何も言わずに、静かに闘志をたぎらせ最終日に備えた。

4月10日 二日目
最盛期の力はないとはいえ、ブパシ・パエスのダブルスに日本チームが勝つ可能性は九分九厘ありえなかった。日本はダブルスを捨てた。日本チームのベストペアはダブルススペシャリストのトーマス嶋田とネットプレーヤーの鈴木によるペアである。しかし、神和住監督は鈴木の温存を決断、トーマス嶋田と共に寺地貴弘をダブルスに投入した。
彼らに与えられた使命は唯一つ「パエスを疲れさせろ」である。
今日ダブルスに負ければ1勝2敗、後一敗すれば負けてしまう。明日逆転するためにはシングルスを2連勝しなくてはならない。昨日鈴木がパエスに負けたことは日本が思い描いていたシナリオを大きく狂わしていた。明日、鈴木をアムリトラジに勝たせるために鈴木は温存・休息を与える。そして明日、本村をパエスに勝たせるために、今日、ダブルスでパエスを少しでも疲れさせる。それが日本の起死回生のための作戦だった。
元世界No1ダブルスペアの称号は伊達ではない。ブパシ・パエスのダブルスは異次元の世界のテニスだ。ボールが返球されるタイミングが非常に早い。観客の目がボールについていかない。背中に眼がついているのかと思わせるほどに際どいが正確なアウトボールのジャッジセンス。勝負どころで見せる多彩にして確かなコンビプレー。ネットではけして抜くことの出来ない壁になる二人。力の差は明らかで2セット連取され、第3セット1-4まで嶋田・寺地は追い込まれた。しかし、リターンのタイミングが合い始めていた二人はそこから猛チャージをかけた。5ゲームを連取して第三セット逆転奪取、第4セットも5-5までもつれさせた。最後は5-7でセットを落とし1-3で敗れたが、彼らは充分自分の役割を果たしたのだった。

4月11日 最終日

1勝2敗で後がない日本、王手をかけて後一勝と迫るインド。杉山愛も大阪へ応援に駆けつけた決戦の日。大きな鍵を握るシングルス3戦目は鈴木対アムリトラジである。
鈴木は初日とは別人だった。第一セットこそ1ブレーク許すが、それ以後は全てのサービスをキープし、6-4 6-3 6-2 で快勝した。彼の静かな闘志が伝わってくるしまった内容のいいゲームだった。
二勝二敗のタイで勝敗の行方はシングルス最終戦本村対パエスの結果に委ねられた。本村のパエスとの対戦成績は5戦全敗。一度も勝てたことのない相手に本村は挑む。パエスは疲れていた。明らかに3連投で疲労が足に来ている。昨日ダブルスが長引いたことも効いているのだろう。初日のシングルのような体のキレが今日はない。「和製ヒューイット」とまで言われる本村のフットワークはあらゆるボールを拾い捲る。パス&ロブでネットのパエスを抜く。あっという間に本村は2セット連取した。観客の大声援に後押しされ素晴しいテニスを本村は展開している。しかし、パエスも負けてはいない。第三セットは攻めてくる本村を逆にカウンターで切り崩し、競り合い、お互い1ブレークのまま6-6タイブレークにもつれ込んだ。白熱のタイブレーク、5-4でパエスのドロップショットを執念のランニングで切り替えして本村がマッチポイントを握る。パエスのセカンドサーブをフォアのリターンで本村が叩いた。真っ青な春の大阪の空に本村の二つの拳が突き上げられた。日本の見事な逆転勝利である。午後4時28分だった。

この勝利でワールドグループ入れ替え戦に日本チームは進んだが、9月下旬チリで行われた入れ替え戦では5戦全敗で敗退した。世界の壁の厚さをまたも思い知らされる結果になってしまった。
グランドスラム本戦常連選手を抱える女子に比べて人気・実力・結果共に不振が続く日本男子ではある。しかし、彼らは74年間勝てなかった17連敗中の相手に勝ったのだ。極東の小さな島国の小さな出来事かもしれない。しかし、小さくても一歩前に足を進めたのだ。今まで出来なかったことが出来るようになったのだ。彼らは困難な目標に対して知力・気力・体力の全てを駆使して挑み、そしてやり遂げたのだ。74年ぶりのこの快挙に大きな拍手を送ろうではないか。



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