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青が散る

 

 

 

青が散る テニス名場面集 その四

 

「『だいぶ前のことやけど、金子が俺に言いよった。夏子みたいな女をものにするには、大きな心で押しの一手や、て。俺は大きな心になることばっかり考えて、肝心の押しの一手を忘れた。』」

テニスの場面ではないが意義深い台詞なのであえて掲載する。
燎平の片思いの相手、夏子は婚約者のある男と恋に落ち、駆け落ちをする。夏子の親に頼まれ、親からの伝言を伝えるために、燎平は駆け落ち先を探して夏子に会う。そこでの燎平の台詞がこれ。
恋愛だけなく、仕事にも、テニスにも言える言葉。「大きな心で押しの一手」、大きな心になるための努力をし、時間をかけるが、肝心の押しの一手を出来ずにいる臆病者。練習だけしても試合に出なければ結果は来ない。なんとも意義深い言葉である。

 

「『こっちがサーブに廻ったときはなア、断じて迷うなよ。』
『何を』
『恐がらんと、練習通りに力まかせにサーブしたら、一歩でも二歩でもええから、出来る限りネットにダッシュするんや。ネットから離れてる分だけ、相手の気持ちを楽にさせるからなぁ。』 
『速い球を突いて来よるからなぁ。加島も勝山も』
『そやからゆうて、守りのボレーをしたら、もう勝負は決まりやぞ』」

4回生になり、燎平と金子のペアはインカレの出場を決めた。インカレ出場を逃した貝谷は、しかし、そこで退部せず、2人の練習相手を務め、さらにコーチのいない2人に変わり、作戦参謀の真似まで自ら買って出る。初戦の相手はいきなり第一シードの加島・勝山ペアである。
レシーブのときはセンターセオリーでボレーが比較的不安定な勝山を攻める戦法を提案。しかし、こちらのサーブでの方針を考えあぐねて、最後に貝谷が燎平に言った言葉がこれ。
作戦でもなんでもなく、ダブルスにおけるサーブ&ボレーの基本でしかない。しかし、迷えば基本をひたすら貫くのみ。迷いのまま、方針を持たないまま、試合に臨むほうと不安になる。練習してきたことを信じて、練習してきたことをするだけである。

 

「『厄介な風やぞォ。今日の作戦、棒銀で行くか、金やぐらで囲むか、思い切って中飛車とでるか迷うところやなぁ』
『貝谷は中飛車で行けと言うとった。』
『さすがに貝谷やなぁ。ミドルを突いて勝山にボレーをさせようっちゅう作戦か。』」

当日、試合会場には今では健康を取り戻している安斎も応援に来ていた。貝谷の作戦をすぐに理解する安斎。彼は対戦相手の加島・勝山をジュニア時代からよく知っている。そして、サーブの時は加島にバックにボールを集めるよう燎平にアドバイスする。加島はバックに構えるのが少し遅れ気味で時々チャンスボールをくれるらしい。「時々」でしかないが。
最近は聞かないが、一昔前は将棋の手をよく会話に入れたらしい。ちなみに「棒銀」はストレートアタックあるいはストレートロブ、「金やぐらで囲む」は並行陣で相手の一人を集中攻撃、「中飛車」はセンターセオリーで攻めることと思われる。

 

「燎平は、はっきりと自分達の勝てる相手ではないことを知った。自分達が百の力を出さねば撃てない球を、相手ペアは六十の力で打ってくる。歴然たる力の差を思い知った気がした。」

第一セット第一ゲーム、燎平のサーブで始まったこの試合は、最初の5ポイントをやりあった時点で、燎平に決定的な絶望感を与える。4年間の猛練習の末、今燎平はそのキャリアで最高のレベルに到達している。そのレベルのテニスをしても、余力を持って対応する相手ペア。結局2-6、3-6で晴れの舞台、燎平たちの夢、インカレは終わりを告げる。

 

「『今日の俺と燎平の負け試合を、よく覚えといてくれ。力の差がいかに厳しいもんかを胸の中にしっかり叩き込んでおいて欲しいんや。俺も燎平も、自分の力を全部出した。その点では悔いがない。そやけど、加島・勝山には通用せんかった。強い方が勝つ。どんなに歯向こうても、強い方が勝つ。あしたから佐々木がキャプテンになる。佐々木を中心に練習を積んで、強くなってくれ。』」

テニス部初代キャプテン金子の敗戦の弁である。
二年夏の安斎対貝谷戦や3年秋の燎平対ポンク戦のような奇跡はこの試合では起きない。努力して可能になったことというのは、元々手の届く範囲に合ったことともいえる。努力しても超えられない壁にぶつかり終わってしまうことは悲しいことだ。しかし、そこまで自分を成長させることが出来たこと、限界まで自分を高められたことは素晴しいことだ。しかし、それはもう少し時間がたたないと理解できないことでもある。

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