第027房 「私のペアは左利き」(2005/05/07)
春はお別れの季節である。
私のテニス仲間も二人が東京に、もう二人が名古屋に、一人が台湾にそれぞれ転勤していった。過去に転勤していった仲間で大阪に戻ってきたものはいない。やはり大阪は経済的にどん底なのだろうか。それならばなぜ大阪で働く如空は毎日こんなに忙しいのだろう・・・・・。
急な転勤で困るのはダブルスの組み合わせである。女子とは違い、男子はそれほどパートナーを固定せず、その都度上手いものから順番にペアを作っていくチームが多い。相性ももちろん考慮するが、多くの場合実力順だ。それでも優勝するようなペアはペア暦の長いところではあるが。
ちなみに女子はまるで結婚相手を探すかのように固定ペアを探して、その人とペアリングを続けることが多い。二人の間に実力差ができてきてペアを代えたほうがお互いのためにもよいのにと思うような場合でも二人でその障害を乗り越えようとする。障害が二人の愛をますます燃え上がらせる。まるで親に反対されている中で結婚を強行する夫婦のようだ。よそで違う人と組んだら「浮気」したかのように問題になるらしい。最初女子がテニスの会話の中で「ペアを作りこむ」とか「作りこまれたペアは強い」とか言っているの聞いて、如空は何の話をしているのかわからなかった。女ダブの世界ではペアとの相性・人間関係・信頼関係・心の交流が何よりも重要らしい。もちろん男子のようにドライな考えの女子もいるし、10年間ペアを変えていない男子の存在も知っている。あくまで如空の周りにいる男女の多数派の話である。
で男ダブの話である。新たに仲間を増やしつつもチームメイトが変動し、ダブルスの組み合わせも大きく変わった。如空も今回新しい人と組むことになった。その彼が実は左利きなのである。如空は今まで左利きと組んで試合に出たことがない。新しい相棒とダブルスでの分担を話し合いながら頭の中で考えた。「右利きと左利きの組み合わせならどういう分担が有効だろう」と。
以下の推論はお互いにボレーもストロークもバックハンドよりフォアハンドの方が強くて得意な者同士の初中級レベル男子ダブルスを前提にしている。技術レベルも両者差はなく同等。混乱を避けるために、俗にフォアサイドと呼ばれる、ベースラインからネットに向かって右側をデュースサイド(最初にサーバーがディースをカウントするサイドだから)、バックサイドと呼ばれる左側をアドサイド(最初にアドバンテージ・レシーバーあるいはサーバーをコールするサイドだから)として推論を進めよう。
ダブルスはサーブをセンターに集める。リターンのコースに角度を付けさないことが目的で、前衛がポーチに出やすいし、サービスダッシュした場合でもサーバーはセンター側でファーストボレーをするので予測しやすい。ワイドにサーブを入れると、前衛はストレート・パスをケアしなくてはならないし、クロスに角度の付いたボールも来る、それらをケアしてペアが左右に分かれればセンターがあく。リターンの角度が広くて予測しにくい。レシーバーをコートの外に追い出せてもセンターをペアがケアしていると大きな穴にはなりにくい。だからセンターにサーブを入れるのが基本で、ワイドへは奇襲、あるいはフォアが得意で(というかバックが苦手なくせに)アドサイドに入ったレシーバーを狙うときに使う。特にデュースサイドからサーブは極力センターだ。これはコーチから耳にたこができるくらいに言い聞かされている。デューサイドからセンターにサーブを入れれば、レシーブはバックハンドで打たなければならない。前衛につかまるのを避けるためには逆クロスを打たなくてはならない。上級者なら簡単に打てるこのバックハンドの逆クロスリターンは如空たちのレベルではかなり高度な技である。ダブルスのサーバーはシングルスの時よりも外側に位置して打ってくるのでセンター狙いといっても結構角度がある。レシーバーに食い込んでくる。外から内側に入り込んでくるスライスサーブなどをセンターに打たれるとディースサイドのレシーバーはそれを無理に逆クロスに打とうとしてミスする。打ち負けまいと打点を前に取るとコースがセンターにそれて開いて前衛のポーチにつかまる。片手打ちより両手うちのほうがバックの逆クロスは難しい。
バックに比べればフォアのほうがまだ逆クロスに良い球を打てる。そういうことならば左利きはデュースサイドに入ったほうがよい。ワイドに入ったサーブはバックハンドでクロスにリターンできれば良い(もちろんストレート・パスを打てればなお良いが)。しかし、雁行陣後衛対雁行陣後衛のクロスのラリーや並行陣のネット二人に対してボレー対ストロークをする場合、ワイド側にボールを集められるので逆に外側がフォアの方がよい。
サーブを打つとき前衛はボールに触れないのでセンターにボールを入れることができる。ストロークではネットに前衛がついているのでセンターにストロークを打つと相手前衛につかまる。だからラリーはクロスに角度をつけて行われる。そうなると外側のサイドでストロークしなくてはならない。ならばワイドをフォアで打てるアドサイドに左利きを配置したほうがよい。
ネットにがんがん出るペアならリターン重視のセンターにフォアを固める布陣、つまり左利きをディースサイドに入れる。雁行陣で戦うペアならクロスラリー重視でワイドをフォアで固める。つまり左利きをアドサイドに入れるのが良いと如空は考えた。
ちなみにテニス暦が浅い場合は左利きをアドサイドに配してワイドにフォアハンドストロークが来るようにしたほうがよい。初心者のダブルスはサイドにかかわりなくサーブがワイドに行きやすい。コートの角から反対のコートの角に向かって無意識に打っているからだ。センターへはかなり意識しないとボールが行かない。ネットのセンターベルトの外側からセンターT(サービスラインとセンターラインの交点)の内側を狙うことは難しい。最初は意外と勇気がいる。センターにサーブを集めだすと先輩やコーチから「テニスがわかってきたじゃないか」などと言われたりしたものだった。
並行陣で二人ともネットについたときはどうだろう。センターをフォアで固めたほうが強いだろうか。ボレーでも逆クロスはフォアの方が打ちやすいだろう。厚い当りのバックボレーを逆クロスへ打つのは意外と難しい。上手い人は苦もなくやるのだが、如空たちのレベルでは高等技術の一つだ。ストレート・パスをボレーで止めるにはクロスへ打てればよいからワイドはバックでも十分ということになる。
ただ相手がショートクロスやストレートロブを使う相手の場合、ワイドサイドがバックだと苦しくなる。ストレートロブをスマッシュで叩けないのは痛い。余裕があれば回りこめるだろうが、バックのハイボレーを打たされるとこのレベルでは厳しいものがある。ストレートロブはチェンジしてしまうと決めていもいいかもしれない。その代わりセンターへ上がるロブを確実にしとめなければならない。
並行陣でなく雁行陣であっても前衛はセンターにフォアを持ってきた方が良い。ポーチに出やすいからだ。初中級レベルはもとより上級者レベルやオープンの草トーでもバックボレーでポーチに飛び出す人は少ない。(というより上級者ほどすぐにネットに出てくるのでポーチに出ること自体が少なくなるようだが・・・・)。雁行陣では前衛が如何にポーチでポイントを取るかにかかっているといってよい。前衛に仕事させるためには前衛のセンター側にフォアがあったほうが良い。並行陣だろうが雁行陣だろうがネットではセンターにフォアがあった方が良いと考える。
しかし、左利きと組むということはとスロングサイド(通常フォア)とウィークサイド(この場合バック)を重ねることになるのだが、これは混乱のもとにならないだろうか。センターに上がったロブは可能ならスマッシュで打つ。だから並行陣だとアドサイド側がスマッシュして、ディースサイドが無理してバックのハイボレーを打つことは遠慮するのがセオリーだ。しかし、左利きと右利きのペアだとセンターが共にフォアかバックになる。お見合いの可能性大だな。片方がスマッシュあるいはバックのハイボレーが得意で片方が苦手というなら迷わないだろうが、実践ではいつでもそう上手くいくとは限るまい。
如空はネットよりはベースラインのほうが居心地がよいタイプなのでシングルではストローカーに徹している。しかしダブルスでは前に出ないと勝てないので、無理してネットに出るようにしている。それにシングルスになれているので相手の前衛を気にしながらストロークを打つのはあまり好きでない。サウスポーの相棒も如空と同じことを言う。そういう訳で左利きをディースサイド配するリターン・ネットプレー重視の布陣でいくことにした。背が高いのは如空のほうなのでセンターの高い球は如空の分担となった。カマキリスマッシュよ、試合では上手くいってくれ。シングルスではベースライナー同士の二人が、居心地の悪いネットに突進するダブルスである。仲間達は「左右のポジション逆にして雁行陣で戦った方が勝てるのじゃないか。」なんて逆の主張をする。仲間達の言うことももっともだが、とりあえず次の試合はこれで試してみよう。さあ、どうなることやら、請うご期待。
数日後の日曜日の夜はGAORAでナスダック100オープンの女子決勝の録画中継を見た後、Jスポーツで生中継されているフェドカップ日本戦を見た。藤原のシングルス2を途中から見たがそれはすぐに終わり、森上・小畑ペアのダブルスをみた。相手のチェコペアも、日本ペアもテニスはまったく同じだった。サーブ&ボレーもチップ&チャージもしない、サーバーもレシーバーもまずはストロークからはいる。打ち合いの中から短い球をアプローチしてネットに出ることはあるが、それはラリーの中での自然な流れの中でのこと、先にネットを取るのだという姿勢ではない。守りのロブはあっても、サイドチェンジをさせたり、自らアプローチするためのロブはほとんど使わない。サーブもワイドに入れて、レシーバーをコートの外に追い出す戦法が主体で、センターセオリーなど関係ないといった攻め方である。ポーチが唯一のチームプレイで後は完全な横割ペアのダブルスであった。
このダブルス対決は奇しくも右利きと左利きのペア同士の対決であった。サウスポーである小畑もチェコのサウスポーもディースサイド(所謂フォアサイド)に入っていた。センターをフォアハンドで固める布陣である。ネットにがんがん出る訳ではない雁行陣主体のテニスでもセンターをフォアで固めたほうが有利のだろうか。その場合、前衛がどちらサイドでもフォアボレーでポーチに出られるので良いのかもしれない。サーブもワイドにワイドに集めていたのは、レシーバーをワイドに追い出すということが目的でなく、ただ単に相手のバックを狙っていただけなのかもしれない。
ちなみに今をときめくアメリカ最強のダブルスペア、ブライアン兄弟は兄の側か弟の側かは知らないが、片方が左利きで、サウスポーがディースサイドに入りセンターをフォアで固める布陣を取る。一方でかつて栄光に満ち溢れていた史上最強のダブルスペア、ウッディーズの二人ウッドフォードとウッドブリッジのペアも片方がサウスポーであったが、こちらはサウスポーをアドサイド(所謂バックサイド)に入れ、ワイドをフォアハンドにする布陣であった。サーブは当然センターに集められるが二人ともバックハンドの逆クロスリターンがとても上手く逆ショートクロスリターンでボールを沈めるのが上手かった。ネットに突進してきたサーバーはワイドに寄せられてファーストボレーさせられ、そのままサーバーを囲うようにネットに詰めるウッディーズの一人攻撃の餌食なる場面が良くあったと言われる。
サウスポーを左右のどちらでリターンさせるかはお互いの得手不得手により適性が変わるので一般論はあまり意味がないのかもしれないが、戦術を考える上ではなかなか想像していて楽しい作業ではある。サウスポーのダブルスの名手といえばあとナブラチロワがいるが彼女は左右どちらのサイドに入っていただろうか。彼女のダブルスを何度も見たのに良く思い出せない。ペアを変え、ミックスダブルスでも強かった彼女のことだから、ペアによって左右を使い分けて入っているのかもしれない。
如空の左利きの相棒は「やはりサウスポーはアドコートがいい」と言い出した。先日練習してみて、確かにワイドにフォアを持ってきたほうが上手くいっていたように思う。如空たちのレベルではセンターにボールが集まってこないのだ。相手にもよるのだが、少し考える必要がありそうだ。
で更に数日後、如空ペアはデビュー戦を迎えた。初戦は4-6で敗退。
次の試合まで間がある。同じチームのペアの試合を応援しながら観戦していると突然左利きの相棒が如空に問い掛けた「やっぱり、前に出て行くならセンターを厚くした方がいいですね。並行陣のときセンターにフォアが集まるよう、リターンのポジションを左右変更しましょうか」と。そうでしょう、そうでしょう、そう思うでしょう、やっぱり。だから最初からそういっていたんじゃないですか。ぜひともそうしましょう。ディースサイドのリターンでミスを連発して凹んでいた如空はそのペアの提案に飛びついた。
二回戦も3-6で敗退したが、ペアを話し合って右利きがアドコートに入るほうが良いという結論が出た。当分この布陣で試していこう。
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